第30話 宴

探索者組合の酒場。

戦場から帰ってきた探索者達が今日の戦いを肴にして飲めや歌えやの大騒ぎをしていた。

その中の一つテーブルに俺達は居た。

席は四つ。

その席を陣取るのは俺とメト、ヨルガとキャミコの計四人。それとリンネの一匹だ。

リンネはテーブルの上にいて口の周りをソースでベトベトにしながら甘辛く味付けされた肉に齧り付いていた。

その肉はメトに貰ったものだ。

リンネは今日の戦いの前はメトに餌を貰うのも嫌がっていたのに戦場で少しは仲良くなったようだ。

一緒に戦うと心の距離は縮まるものだからそれは理解できた。


ちなみにファニがいないのはネットの所に看病に行っているからだ。ネットは無事ではあるが怪我を負ったらしい。

だが重傷ではなく心配する必要はないようだ。数日で探索者として元に戻れるとのことだった。


おそらく看病というよりは監視に近い。

ネットなら怪我をしてても酒を飲みそうだ。

ファニに酒を奢りたかったが本人がいないのなら仕方はない。

またネットが元気になったら快気祝いとして二人に酒を奢ってやろう。


テーブルの上には豪華な料理と酒が並ぶ。


厚く切った炙り肉に野菜の素揚げ、甘辛肉煮。重ねられ盛られたパン。チーズを乗せた蒸し芋。香辛料と野草入りの三種のソーセージ。それと極め付けは木製のジョッキに入った果汁入りの炭酸の酒だ。


酒をメトに冷やして貰おうと思ったが、今は魔術が使えないらしい。

魔術切れの所為だろう。


所狭しと乗せられた料理は食欲を増進させた。勿論酒は店で頼んだものでヨルガが出したものではない。

こういう時ぐらいは店に金を落とすべきだからな。


「じゃあいただくか」

「そうね」

「済まないが今日は酔わせてもらう」

「いっぱい食べるのです」


俺達は生きている喜びを噛み締めるように三代欲求の一つである食欲を満たすことにした。


「リンネ、これ美味いぞ。食べてみろ」


炙り肉は口の中で蕩けた。

味付けは少しの塩のみ、噛むと肉汁が溢れた。

あまりに美味しかったので誰かと共有したくなり、もう一切れフォークに刺してリンネの口元に持っていった。

リンネはそれにガブリと食い付きむしゃむしゃと口を動かした後に嚥下した。

どうだ?美味かろう?


「キュイキュイ」


リンネからは喜びの鳴き声が漏れた。


「私があげようとしてたのに、仲良くなるの邪魔しないでくれる?」

「してないわ。リンネ、メトの所にあるものは好きにしろ。全部食べていいらしいぞ」

「全部とは言ってないわ」

「キュイ?」

「少しなら食べてもいいわ」


リンネが首を傾けるのを見てメトは態度は軟化した。


メトのやつはいきなりリンネに構えるようになったものだから食べ物を与えるのにハマっているようだ。


受け取って喜ぶ姿が見たいのは理解できるので、その楽しみを奪うのはやめておいた。

今日のリンネの食事についてはメトに一任しよう。


「ヨルガはお酒は飲まないのです?」

「まだ料理を味わって食べたいからな。酒を飲み出したらそれどころじゃなくなる」

「そうなのですか、お酒も美味しいのですよ」

「それは知っている」

ヨルガが酔った時の姿を知らないキャミコは彼女に酒を勧めていた。

止めねばっ。


「キャミコ、まだヨルガに酒を与えるな。俺はあと少しでいいから平和でいたい」

「どういう意味だ?マオ」

「どういう意味なのです?」

ヨルガとキャミコは同時に俺に質問してきた。

「わかってるだろ?脱ぎ女」

「?」

俺はヨルガに禁句で返した。

それを聞いたキャミコは顔に疑問符を浮かべていた。


「あの事は忘れろ」

「次は襲われても知らんぞ」

「お前が私を襲うと?ふっ。面白い冗談だ」


俺の言葉を勘違いしてヨルガは笑う。


「いや、俺がお前に襲われるんだ」

「そんなことはしないっ!」

「その言葉忘れるなよ」


旅の時にヨルガが俺の体を弄ったのをこっちは覚えてるんだぞ。結果骨が折れたんだからな。俺はそれを忘れていない。


「またヨルガを揶揄って、私達ちゃんと宿屋で話し合ったの。変なことになりそうになったらお互いがお互いを止めてみせるってね」

「じゃあ脱ぎ女の世話は脱がされ女が。脱がされ女の世話は脱ぎ女に任せるからな」

「アンタの頭を酒浸しにしてから氷漬けにするわよ」

「マオ、さっきも忘れろと言っただろ」


俺が挑発とも取れる言葉を使うと、二人がギロッと睨んで来た。

よし撤退だ。でもこれで言質は取れた。


「兎に角、世話をしないからな。酒を飲むなとは言わない、でも俺は絶対に逃げる」


また二人が酔っ払ったらここに置いていこう。そう決めて俺はビシッと宣言をした。

折角あの戦場を大した怪我もなく生き残ったのに、酔っ払い二人にまた腕でも折られたら堪らない。


「マオは何を恐れているのですか?」

「明日に、いやもう少し経てばわかる」

「ん?ならいいのです」


キャミコは一緒に連れていってやろう。

戦友だからな。

そうして俺達は食べて話して、食べて話してを繰り返しながらテーブルの上の料理を平らげていった。


「で、戦場はどうだった?」


テーブルの上の料理が半分以下になった頃、腹も大分膨れて良い具合に酒が入り完全に酔ってしまう前に俺はメトとヨルガに話しかけた。

俺とキャミコは一緒にいたので緊急依頼中に何があったのかを互いに知ってはいたが、メトとヨルガは別々の場所にいたので何をしていたのかは全く知らなかったからだ。


「私は魔術切れさえなければ余裕だったわね。合図の度に空に向けて氷弾を放つだけだったし」

「魔術切れになった後は大丈夫だったのか?」

「そうなったのは終わりかけだったのよ、気絶してからは近くにいた娘とリンネが護ってくれたみたい」

「リンネ、頑張ったな」

「キュイキュイ」


俺がリンネの汚れた口を拭いてから頭を撫でると嬉しそうに鳴き声を上げた。


「私も頑張ったわよ」

「お前は俺にヨシヨシされたいのか?」

「お断りよっ!」


メトはリンネを撫でている俺の手を汚いものかのように払った。

失礼なやつめ。


「ヨルガは?」

「私は一度死を覚悟したな」

「何がふぁったのよ」


メトが口にパンを詰めながらヨルガに尋ねた。全部食べてから話せよ、汚ねぇな。


「私は魔術で建てられた陣地で戦ってたんだ」

「は?あの中に居たのか?」

俺はヨルガの爆弾発言を聞いて驚いた。


「そうだ。あれは正直怖かったな」

「よく生き残れたわね」 


メトの言う通りだ。

てっきり中にいる探索者は全員やられてしまったのかと俺は思っていた。


「負傷者はいたが、全員無事だったぞ」

「そうか。それは朗報だが、どうやって生き残ったんだ?」

「魔物が攻め入ってくる前に陣地の下に魔術で穴を掘ってな。そこに入ってひたすら奥に進んだんだ」


俺が陣地が落ちた、と判断した頃には全員が地中に避難していたということだろう。


「魔術ならそれも可能なのか・・・」

「咄嗟の思いつきではなく、最初からそうする予定だったと後から聞いたぞ」


作戦前に途中で陣地が落とされるのは決まっていたってことだな。

だから穴を掘る術師を配置出来たのだろうし。リズベルに攻め込まれないように時間稼ぎが必要だったとはいえ説明ぐらい事前にして欲しかった。

勿論そんな時間がなかったのもわかっている。これは心の中ではそうして欲しかったという只の俺の我儘だ。


「でも良かった。ヨルガがあそこにいるってのを知らなくて」

「なんでだ?」

「そんなの知ってたら助けに行ってたからに決まってるだろ」


あの時、俺は葛藤していた。

恐怖で動けなかったが多分知り合いが居たらそれが助ける方へと傾き、突っ込んでいた。

そうしたら多分俺はここにはいない。


「命懸けで助けてくれたというのか?」

「当たり前だろ?」

「そうか・・・」


俺が素直にヨルガの質問へと返すと周りがしんと静まった。

なんだ?この雰囲気。


「アンタ何口説いてんの?」


メトは何故がとんでもない誤解をしていた。

俺がヨルガをか?そんな事あるわけないだろ。


「口説いてないわ。仲間として当然だろ」

「じゃあ私もピンチになったら助けてくれたのかしら」

「お前にはリンネがいただろ?」

「そうね、アンタよりも余程頼りになるし。ねぇ〜」

「キュイ?」


一緒に戦ったリンネにメトは信頼を寄せているようだ。俺の仲間を思う純粋な気持ちを邪推しないで欲しい。リンネの百分の一でいいから信頼してくれないかね?


「マオも頼りになるのですよ。私は助けて貰ったのです」


メトの言葉に反論する形でキャミコは口を開いた。その発言を聞いて、キャミコに助けて貰ったのはこちらの方だった気がするんだがな。と俺は思っていた。


「こいつが頼りにねぇ」


庇い立てするようなキャミコの言葉を聞き、メトは疑いの目を俺に向けてきた。


「なるのです」

「私はそうは思わないけど」


それを見たキャミコはメトを静かに見る。

メトもキャミコに視線を返した。

両者の間に火花が散ったように見えた。


「メトが信じられないのも無理はないが今回の戦いの途中で三級魔術師になったからな。少しは戦えるようになったんだよ」


キャミコの言い分を補強する為に俺は真実を口にする。


「嘘でしょ?」

「本当だ」

「やったではないか、マオ」

「当然なのです」


ほら見たことかと言いたげな目をしてキャミコはメトを見た。


「じゃあ何匹魔物を倒したのよ?」

「そんなのどうでもいいだろ」

「いいえ、良くないわ。全員発表しましょう」


引っ込みがつかなくなったのかメトは余計なことを提案してきた。

酔っ払っているな、こいつ。

・・・面倒臭い。


「みんなで頑張ったで良いだろ?」

「この子を助けたんでしょ?それが本当なら一匹ぐらいは倒したんでしょうよ」


ふふんっ。とメトはキャミコを指差す。


「じゃあ一番数が少ないアンタから発表しなさい」

「それなら私からだと思うのです」

「零ってこと?」

「違うのです。私の討伐数は八匹なのです」

「はぁ?じゃあこいつは八匹以上倒したってことになるじゃない」

「だからそう言っているのです」

「嘘よ」

「嘘ではないのですよ。私は見ていたのです」


メトは俺を見て、この子に何したの?洗脳?

みたいな顔を向けてきた。


「じゃあ次こそアンタね」

「マオは最後なのですよ」

「そんなわけないでしょ。こいつが私より討伐数が上なんて有り得ないわ」

「ならマオからでもいいのです。たぶんマオの方が上だと思うのですが・・・」

「なら私から言おう。私の討伐数は十一匹だな」


メトとキャミコが不毛な争いをしているのを見て、俺と同じくどうでも良さそうなヨルガはさっさと自分の討伐数を明かした。

バヴヴは遠距離魔術に弱く、剣のような近距離では倒すのは難しい。

あの乱戦でもちゃんとトドメを刺して十匹以上の成果を上げたのは正直に凄いと俺は思った。


「なら次は俺でいいのか?」

「早く言いなさいよ」

「何匹かはちゃんと数えてないんだよな」

「やっぱり大したことないんでしょ」


俺が誤魔化そうとしたと思ったのかメトは嬉しそうだった。

こいつは本当に顔面の出来と性格の悪さが反比例している女だな。

 

「う〜ん。十五匹〜二十匹くらいか」

「マオ違いますです」

「討伐数だろ?箱で潰した数ならそのぐらいじゃないか?」

「地上に落とした数はもっと多いのです」

「メト、落とした数を含めるのか?」


俺は討伐数についてのルールはどうするのか?と尋ねたが「二十匹、あり得ないわ」などといってメトは話を聞いてなかった。


「落とした数なら何匹になるんだ?」

「五十匹以上じゃないか?」

メトの代わりにヨルガが聞いてきたので答えた。


「そんなにか?どうやったんだ」


数を聞いたヨルガは目を見開いていた。


「新しく覚えた三つ目の魔術と今回の魔物は相性が良くてな」

「それでメトさんは何匹だったです?」

「・・・二十匹よ」


キャミコが質問するとメトは小さな声で嫌そうに言った。


「それはちゃんとトドメを刺した数なのですか?」

「・・・・・」

「なのですか?」

「落とした数よ」

「もう一度言って欲しいのです」

「落とした数よ!」

「ならやっぱりマオの勝ちなのですね」


キャミコは勝ち誇った顔をして宣言した。

逆にメトは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「あり得ない。絶対に有り得ないわ。こいつは弱いのっ。それが魔術切れを起こした私より上?絶対にない!」


指を差すな、行儀が悪いぞ。


「真実は変えられないのです」

「むきぃぃぃぃぃ」


メトとキャミコはあまり相性が良さそうではなかった。


「私アレだけ頑張ったのにこいつに負けるとか有り得ないわ」

「別にそれが意味がなかったという話ではないだろう。落ち込む必要はないと思うが」

「負けたのが悔しいの」

「倒れるまで頑張ったんだから誇りに思え」

「こいつに負けたのに?」


俺に討伐数で負けたのが余程悔しかったのか、メトは愚痴をこぼしまくりその都度ヨルガに慰められていた。

折角の勝ち戦だったというのにだ。

それにしてもこいつはどれだけ俺を舐め腐っていたのだろうか?


「まぁ、負けたものは仕方ない。精進したまえメト君」

「ムカつく」

「マオ、大人気ないぞ」


こうやって煽れば少しは元気になるだろう。と思っての言葉だ。

俺が悪役になれば事も収まりそうだしな。


「メトちゃん、今度魔術で勝負してあげましょうか?」

「アンタ、覚えてなさいよ」

「今でも良かったんだけど魔術切れですもんね。精霊揺れの暴発は大丈夫なのかな?」

「五月蝿いわね」

「そういえば聞いてなかったけどメトの精霊揺れの暴発はどんなものなのかな?五十匹以上魔物を倒した俺に頼ってくれてもいいんだよ?」

「絶対に言わない。そしてアンタは必ず氷漬けにする」

「マオ、やめないか。メトが可哀想だろ」


たまにはいい薬だろ。と思いながら俺はメトを煽り続けた。


煽り続けた結果、俺はメトに一発ビンタを貰った。

それからスッキリとした顔でメトは酒を飲んでいる。殴らないと発散されないなんて面倒な女である。

ヨルガも少しずつ酒を飲みだし、これからの時間は混沌としたものとなることが決定している。

だからその時が来る前に顔の片方が赤くした俺は手を上げて、

「ああ、そうだ。一つ聞いて欲しいことがあるんだ。俺はこのキャミコをパーティーに入れたいと思っている」と宣言した。

「私、聞いてないのです」

そしてキャミコに出鼻を挫かれた。


「ちゃんと許可とってからにしなさいよ。馬鹿なの?」

「流れで入ってくれるかなと」

「本当にいい加減ね」


メトは呆れた顔をしていた。

勧誘なんてした事がなかったから小っ恥ずかしかったというのが本音だ。

メトもヨルガもそれぞれ事情があってメンバーになっただけだ。

俺のパーティーに入る必要もないのに入って貰おうとしたのはキャミコが初めてだ。

だからなんと言っていいのかわからなかった。


「マオはそういうところがあるのです」


この反応は了承してくれるのか?してくれないのか微妙だ。

キャミコは感情があまり顔に出ないからな。


「マオの判断なら私は構わないぞ」

「私はこいつこ判断だと聞いたら逆に不安になるんだけど」

「反対か?」

「そうじゃないわよ。偉業を為すのにも人数は多い方が都合は良いし、私もいいわ」


メトもヨルガも反対ではないらしい。

良かった。

メトとは相性が良さそうではなかったから少し心配をしていた。

だから俺に悪感情が向くように煽っていたというのもある。

それが成功していたならビンタされた甲斐もあるってもんだ。


「それでキャミコは入ってくれるか?」


後は本人の了承だけ。

俺は断られたらどうしようと、不安を抱えながらキャミコに尋ねた。


「・・・仕方ないですね。マオが心配なので入ってやるのです」


ほんの少しだが嬉しそうな表情をしながらキャミコは返事をしてくれた。


「それは良かった。背中を任せられる奴が入ってくれて頼もしいよ」

「また護ってやるのです」

「その時は頼んだ」


俺はキャミコと固く握手を交わした。


「何?アンタら出来てんの?」

「お前は口説くとか出来てるとか頭の中はピンク一色だな。エロ修道女め」


全く、友情というものがわからんのかね?この娘には。


「誰がエロ修道女よっ!取り消しなさい」

「はいはい、取り消す取り消す、ごめんね」

「いつもこんな感じなのですか?」

「この二人は大体そうだな」

「騒がしいパーティーに入ってしまったのです」


俺とメトのやり取りを見てキャミコはヨルガと共に苦笑をしていた。


「じゃあ新しい仲間に、乾杯といきますか、メトもジョッキを持て」

「わかってるわよ」


俺はメトに絡まれながらジョッキを掲げる。

それに三人が合わせたところで


「「「「乾杯」」」」と声を四人で同時に上げた。


俺達はこうしてパーティーに新しい仲間、キャミコを加えた。

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