第29話 百発百中の男
荷車の石をキャミコから受け取り、狙いをつけて振りかぶり投げて魔物に当てる。
そしてまた受け取り投げて当てる。
それを何十回か繰り返し俺は結局、十五匹のバヴヴを地上に落とした。
探索者組合に入りたての四級魔術師としては大戦果と言えるだろう。
しかしその時間ももう終わりそうだった。
探索者が形成した前方の簡易陣地からバヴヴが離れようとしているからだ。
おそらくもう中の探索者は息絶えたのだろう。犠牲者の声は最後の最後までこちらには届かなかった。
そして身近な獲物を失った魔物達は次の獲物である俺達がいる本陣へと来襲してくる。
バヴヴは石を投げれば届く距離にいる。
飛べば一瞬だ。
数個体ずつ今も簡易陣地から本陣へとバヴヴが飛んできているが、それは投擲となにより砲撃魔術師のお陰で攻め込まれることはなかった。
だがその魔術師達も八割が魔術切れに陥っている。治療班も攻勢に回っているので倒れた探索者達は地面に寝かされている。
今簡易陣地を襲っていたバヴヴの集団がこちらに狙いを付けて襲ってきたらどうなるのか?
そうなれば悠長に石を構えて投げられる時間はもうない。
残りは魔物の数は最初の数の二割ほどに減っている。
これ以上接近されれば、砲撃魔術による遠距離攻撃などの安全策はもうとれない。
犠牲も覚悟で近接戦となるだろう。
そして多分それが最後の総力戦となる。
「リズベルに着いて探索者になったと思ったら数日で命懸けか、全くツイてないな」
俺は直ぐに必ず訪れる戦いを前に短剣を抜き、この弱々しい武器ではバヴヴには通用しないだろうな、と思いながら刃先がこぼれてないかを見ていた。
「マオは死なないのです」
俺の弱気な言葉をキャミコは強く否定する。
「なんでそう思うんだ?」
「私のお婆ちゃんに少し似ているからなのです」
【・・・・・・】
話しながらキャミコは起動句を誰にも聞こえないように呟き魔術を行使した。するといつのまにかキャミコの手元には武器が握られていた。それは先半分に棘のついた銀色の金砕棒だった。
俺とファニがそれを見て目を見合わせる。
キャミコに魔術についての質問はしないと決めたが気にはなる。
一体どういう魔術なんだ?
このままではその事について聞きたくなりそうだったので、その前に俺は口を動かした。
「キャミコの婆さんはどんな人なんだ?」
「我が道を行って他人にどう思われても気にしないような人なのです」
キャミコは俺のことを他人に無関心な人間だと思っているらしい。
「俺だって少しは気にするぞ」
「それって嘘だよね。この前も探索者組合で俺って弱いからな、とか言って笑ってたじゃん。普通の探索者はあんな事言わないよ」
「そんな事もあったな」
「そういう所なのです。お婆ちゃんやマオみたいな人は中々死なないのですよ」
「根拠にはならないけど励ましの言葉として受け取っておく」
「そうすると良いのです」
「大丈夫、大丈夫。まだみんなもいるし。無事に戻れるって」
ファニは武器は持っていないようだ。
代わりに変わった形の厚い手袋のようなもの取り出した。こいつは武器を振るうのではなくて、直接ぶん殴る系の人間だったのだろうか?
「それ何だ?」
「あぁ、これ?人を運ぶにも石を投げる時にもやり難いからつけてなかったんだ。ちょっとゴツゴツしてるけど握れるし、思いっきり殴っても拳が痛まないからね。重宝してるよ」
やはり魔物を直に殴るタイプ探索者だったようだ。ファニは黒い革手袋に手を入れた後、何度か握ったり手を振ったりして装着具合を試していた。
荷車の回復薬はまだ殆ど残ったままだ、こいつを自分に使う機会が来ないことを祈りつつ空を見上げる。
そこにはバヴヴの残った群が直ぐ近くまで迫っている光景が広がっていた。
「じゃあいくか」
最後はモダンの指示もなく俺達探索者は個々の判断でしかし同時にバヴヴ達との戦闘に突入した。
砲撃班や守護班、そして治療班が入り混じって戦闘が開始する。
場は混沌としていて秩序もなにもない。
飛んでやってくる魔物を剣で斬り、槍で貫き、魔術で燃やし、棍で潰し、弓で落とし、指先で翅を引き千切る。
バヴヴをお返しとばかりに数に任せて突っ込んできて、鋭いギザギザの歯で噛みつき肉を削いだり、脚についた棘のような部分で探索者の皮膚を裂いたりしていた。
互いに暴力をぶつけ合った結果。
探索者側の怪我人は多数、バヴヴの被害もそれなりに大きい。こちらは戦いながらも持っていた回復薬で治した分、重傷者は少ないが守勢に回っているのは否めなかった。
そんな中で俺とキャミコとファミも戦っていた。
「いったよ。キャミコさん」
「わかったのです」
意外にも近接戦で一番活躍したのはキャミコだった。彼女は両手で持った金砕棒を振り回し桃色の髪を乱しながらバヴヴを叩き潰していた。
キャミコさん強いんですけど・・・。
「二人のお陰でなんとか生きてられる」
「マオさんも少しは役に立ってるよ」
「・・・少し」
「凹んでも仕方がないのですよ。だから私が守ってやると言ったのです」
やだ、このキャミコさん格好いい。
「借りはいつか返す、だから今日は貸してくれ」
「高く貸してやるのです」
「私は今日のご飯奢ってほしいな」
「生きてたらなっ」
俺だって何もしていないわけではない。
二人が協力して魔物と戦っている時に横や後ろから飛んで攻め入ってくるバヴヴに対して短剣を振り回して牽制していたりする。
本格的に魔物と戦うのは初めてだがそれが避けられないものならば俺の体はちゃんと動くものだと戦いの中で知ることができた。
だが経験が全く足りないので突っ込んできたバヴヴを短剣で受け止める時に両腕を脚で引っ掻かれて軽い裂傷が多数刻まれていた。
回復薬は近くにあるが取りに行く時間はない。次にこういう事が起きる時までにはファニのように革の籠手ぐらいは用意しておこうと痛みを我慢しながら思った。
俺とは違い二人はほとんど怪我を負っていない。しかし服が所々破れるぐらいには苦戦を強いられていた。
皮膚の裂けた部分から血が滲み両腕のあちらこちらには赤いシミが出来ていた。
短剣を振り回す度に腕が重くなっていき、意思と体の動きが連動せずに微妙にズレて、辺りの空気が水のように感じるくらいに動きが徐々に鈍くなっていく。
飛び散る汗と張り付く髪が鬱陶しい。
空気を吸っても吸っても呼吸は苦しいままで一向に改善しない。
戦闘開始からまだほんの少しの時間しか経過していない。
それなのに俺の体は限界に近づいていた。
「ーーっ、はぁはぁはぁ、情け、無いな」
ただ走るだけならこんなにも疲れない。
体力と精神力。
極度の緊張と恐怖に戦闘という慣れない動きが加わり、さらに初陣の高揚感が冷めてきて一気に体を蝕んでいた。
「マオは限界なら寝ててもいいのですよ」
「後は私達に任せてよ」
「そういうわけにはいかないだろっ!」
まだ戦っていられるのはこの二人がしっかりと立っているからだ。しかも俺が倒れそうになるとそれをを見計らって発破を掛けてくれる。全く、良い探索者仲間を持ったものだ。
「まだまだいけるぞ俺は!」
「ご立派、立派」
「中々根性があるのです」
「そんな事初めて言われたな」
「これまでマオと会った人は見る目がなかったのですよ」
「じゃあもっと頑張らないとなっ・・・」
そうやって気合いを入れた瞬間だった。
足に鋭い痛みが走った。
視線を下に落とすと何処かからか吹き飛んで来たバヴヴの破片が太ももに刺さっていた。同時に力が抜け動きが止まる。
そして膝から崩れ落ち、俺は地面にへたり込んでしまった。
「大丈夫なのですか?!」
「とりあえず背中に隠れて!」
「大丈夫だ、俺のことは放っておけ」
「そんなことできるわけないのですっ!」
「そうだよ!」
一瞬の判断で二人は俺を中心にしてお互いに背中を向けて依頼人を護衛する時のような配置をとった。
そうして足の動きを止め武器を振るう。
しかし躱すことの出来ない二人に魔物は容赦をしない。まるでこうなるのを待っていたかのように一気に数匹のバヴヴが飛んで向かってきた。
キャミコとファニはなんとかそれを捌こうとするが、護りながら戦うというのはあまりに難しいようで、これまで殆ど怪我をしなかった二人に少しずつ傷が刻まれていく。
このままじゃ俺の所為で二人が嬲られ続ける。なんとか早く立たないと・・.。
意志の力で立とうとするが、片足に力が入らない。
そうやって俺が立ち上がろうと奮闘している間に状況は劣勢になっていき、恐れていた事が目の前で起きようとしていた。
俺を護って不利な状況に陥っているキャミコはバヴヴの攻撃を捌けなくなっていき、それが破綻し、彼女の喉元にバヴヴのあけた口から伸びる鋭い歯が今にも刺さりそうになっていた。それを目にした瞬間に時間がゆっくりになった。
さっさと立て。早くしないとキャミコが。
俺は止まりかけた時間の中でキャミコを助けようと手を伸ばした。
俺は護って貰ってばかりだ、少しは返せ!
間に合わないと何の意味もないぞ!
そうしなければ瞬く間にキャミコはやられてしまう。
キャミコを護らないと、
ならこの魔物は、邪魔だ。
ダァガァン!
そう思った次の瞬間にキャミコの喉元に噛みつこうとしていたバヴヴの体を撥ね飛ばす人間大の何かが飛んできた。
それが何だったのかは最初わからなかった。
しかしそれを見てみると俺がよく知っている
ものだった。
キャミコを襲おうとしていたバヴヴの凶刃から彼女を救ったのはいつも俺の後ろについてくる白銀の箱だった。
箱はキャミコを襲ったバヴヴを跳ね飛ばした後に地面に押し付けそのまま圧殺した。
箱は浮いて素早く俺の元まで戻ってきて同じようにキャミコとファニを襲っていたバヴヴの全てを片付けた。
地面には潰されたバヴヴの死骸。
箱には傷はなく俺の元で宙に浮かんでいる。
「マオ?」
「マオさん?」
何が起きたのか理解できない二人は箱の持ち主である俺に目を向けて答えを待っている様子だった。
俺はその時二人のことは見ていたものの全く違う感覚に襲われていた。
術師が一瞬で生まれ変わる感覚。
それは精霊の成長によって起こるものだ。
俺はたった今、四級魔術師から三級魔術師に成長した。
タイミングがあまりに良すぎる。
英雄候補か・・・こういう運の良さも選ばれてた理由になるのかね。
成長して手に入れたのは自在に動く箱に新しい魔術。そしてこの高揚感だ。
勘違いなのはわかっている。
でも俺は今だけそれに没入することにした。
それは少年時代によくある万能感だ。
俺はそれに敢えて支配された。
「キャミコとファニ、ちょっと荷車取ってきてくれないか?このままじゃ動けないんだ」
俺は傷を指して言った。
「でもまだ魔物がいるのです」
「一人には出来ないよ」
二人は俺を心配してくれている。
それを感謝をしながら頬を上げて応えた。
「大丈夫。後は俺がやる」
「やるって何をです?!」
「こいつら全部片付ける」
「え?何?誰?マオさん大丈夫?」
俺のいきなりの変わりようにファニは戸惑っていた。
「新しい魔術を手に入れた。たぶん今の状況なら後は荷車のさえあればこの周辺のバヴヴは地面に落とせる。飛べなくなれば後は簡単だろ?」
「それはそうだけど・・・」
ファニは疑いの目でこちらを見ている。
さっきまでおんぶに抱っこだった奴の言葉を直ぐに信じる方がおかしいのかもしれない。
命を預けるのだから当然だ。
「荷車を持ってこればいいのですね?」
「おう、頼んだ」
だがキャミコは何の疑いもなく、問いもせずに信じ動いてくれた。
「私も行くよ」
ファニはキャミコの後ろについていく。
荷車までは十歩程の距離だ。遠くはない。
だが戦闘中心に別のことが出来るほどの余裕はない。
「やらせねぇよ」
俺は箱を動かして今度は二人のフォローをする。
自分を守りつつ荷車を運んでいる二人に近づくバヴヴを牽制する。
撥ね飛ばしてもとどめは刺さない。
それをやってる間に俺か二人の元にバヴヴの悪意が届けば意味はない。
俺は荷車が来るまで二人を守り続けた。
「持ってきたのです」
「とりあえずは二人とも回復薬使ってくれ。痛っ。俺にも二つ取ってくれると助かる」
俺は太ももに刺さっていたバヴヴの死骸の一部を足から抜き回復薬をもらって一つを上から掛けた。もう一つは素早く飲み込み傷の回復を図る。一瞬では治らないが血は止まった。そこまで深い傷ではない、数日もあれば癒され完治するだろう。
俺が回復中もバヴヴを箱で牽制しているので二人も回復薬を自分達に使えたようだ。
これで一安心か。
後は始末をつけるだけ。
俺が荷車ごと回復薬を持ってきてもらったのはもう一つの荷車の荷物が欲しかったからだ。それは積まれた大量の石。
投擲な際に使った石はまだ残っている。
俺の新しい魔術にはこいつが必要だった。
「それでどうするのです?」
「今からあの箱が使えなくなるから俺と自分達を守ってくれるか?ほんの少しの時間でいい」
「そうすれば生き残れるの?」
「ああ、絶対だ」
「信じるのです」
「わかった。私もあと少し頑張るよ」
俺は防御を二人に任せて回復薬が入っている木箱を下ろし、荷車の片方側を一気に持ち上げてそこに乗っていた石を全て箱に放り込んでいった。
【ネライウチ】
そして起動句を唱えた。
それは箱に入った石に作用する。
これで準備は整った。
「もういいぞ」
「もうなのです?」
「まだ何もしてないよ?」
「だから言ったろ?ほんの少しだけ守って欲しいって」
「本当に一瞬だったのです」
「なんか気合い入れた私が馬鹿みたいじゃん」
「早いに越したことはないだろ」
「これで決着が着くのですか?」
「そうだ。じゃあやるぞ。後は俺に任せて見てていてくれ」
俺は石を入れたまま箱を宙に浮かせる。
箱は自由に浮かせられるが範囲は無限というわけではない。一人が手を広げた距離の十倍強と言ったところか。
それでもつい以前よりは範囲はかなり拡大されていた。
俺は箱を操作しここらに飛んでいるバヴヴの中心に到着したところで箱の蓋を外して中身を外に出した。
箱から石が溢れる。
そしてその石には魔術が掛けてあった。
新しく目覚めた魔術はネライウチ。
それは俺が自身で投擲するように投擲物を移動させる代物だった。
俺の魔術はいつも願いにより身に宿る。
ニャモスを獲得した時も餓死しかけていた時に目の前の猫の餌を食べたいと思ったら芽生えたものだ。
今回はキャミコとファニを守るためにバヴヴを倒したいという願いに、石を投げてバヴヴを倒した時の俺のイメージが作用してこの魔術は与えられたのかもしれない。
「いけ」
魔術をかけた落ちる石に俺は命令する。
すると石の動きが変わった。
俺の言葉に感応し百を超える拳大の石塊は宙で軌道を変えて速度を増し、バヴヴの元へと飛んでいきその翅を見事に撃ち抜いていく。
「今の俺、ちょっと格好いいな」
「それを言わなきゃ格好良かったのです」
「最後の最後が残念だね」
石に撃たれて落ちていくバヴヴを見ながら俺達は話す。
この辺りの戦いはこれで終わった。
他の所でも同じようにバヴヴは討たれているようだった。
しばらくして遠くで勝鬨を上げる声が聞こえた。すると徐々に戦場の熱が冷め、この戦いが終結するのを俺は感じていたのだった。
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