第27話 一般探索者

俺達は魔術切れによって倒れた探索者の元へと急ぎ走って行く。

右方に目を向けると俺達と同じように本陣の中へと入ろうとしている探索者達がいた。十中八九治療班の人間だ。

一瞬俺達が助けようとしている魔術切れを起こした探索者を彼らも助けようとしているのかと思ったが、それは違うことが直ぐにわかった。

右方にいる治療班の走る向きが俺達の行こうとしている場所とは若干違ったからだ。

同じ場所に行くなら片方は要らないので無駄にならなくて良かった。と思いかけたが、それは自分の考えが浅いだけだったことに次の瞬間には気がつく。他の場所でも魔術切れにより探索者がは倒れている。

彼らの存在は現在の状況が刻一刻と悪化している事を示していた。


「大丈夫ですか?後は俺達に任せて下さい」

「お願いします」


倒れた術師は細身の少年の探索者だった。それを支えていたのはその少年よりも少し年上に見える少女の探索者だ。

その少女の探索者に代わりに気絶している少年を支えながら、俺達はゆっくり急ぎ本陣から人の少ない場所に移動した。


一度少年を地面に寝かせて体を見る。

少女が直ぐに少年を支えたので怪我はしていない。やはり魔術切れで倒れただけだ。

回復薬の出番はなさそうだった。

これ以上のことは俺達にはわからなかった。


「これからどうするのです?」

「安全な場所に運んで治療する以外の指示は受けてないからな」

「今のところ私達の出番はないからここにいてもいいんだけどね」


少年には治療も要らない。

ここで三人が雁首揃えて突っ立ってるのはあまりに意味がなかった。

せめて少年を地面ではなく寝台にでも寝かせてやりたいが、ここにそんな贅沢なもなのはない。


「治療班は負傷者や魔術切れの者を街の正門付近まで運んでくれ。その後の事は門兵に任せて戦場に戻れ」


俺達が悩んでいると見計らったように本陣にいるモダンから指示が飛んできた。


「だってよ」

「では言われた通りに運びますか」

「ならあそこに置いてある空の荷車を使うのですよ」


俺達はキャミコが発見した荷車に少年を乗せて指示通りに街の正門に向かった。


「怪我は無し、魔術切れです」

「後は私達が預かる」

「お願いします」

「ああ」


正門で俺は門兵と短いやり取りをして荷車ごと少年を正門前で引き渡した。

本陣付近へと戻ろうとしている時、俺達と同じように正門に向かう治療班六組が横を通り過ぎていく。


「全部で七人か」

「このまま最後までとはいかなそうなのです」

「私達もアレと戦うってこと?こっちの攻撃は届かないのに」

「いざとなればそうなるだろうな、そういえば二人は何級なんだ?」

「私は三級」

「私も三級なのです」

二人とも俺より上か。

「じゃあ四級の俺は二人に守ってもらうか」

「やだよ。自分の身は自分で守ってよ」

「わかったのです。守ってあげるのです」

「いや、冗談だからなキャミコ」

「そうなのです?」

「そうだ。まず自分の事を優先してくれ。ファニもだぞ」

「言われなくてもそうする」

「わかったのです」


魔術切れで減っていく砲撃班を見て少しの不安を抱きながら俺達三人はまた戦場へと戻っていった。


少年を運び、現場へと戻った時に見たのはついさっき形成された簡易陣地に魔物の群れが群がっている所だった。壁のそこかしこにバヴヴがとりついている。

俺の目にはもう陥落しているように見えた。


「中の探索者達は無事なのか・・・?」

「・・・わかりませんです」


俺とキャミコは言葉を失っていた。

「でも全員やられているならあいつらはもうこっちに来てないとおかしいんじゃない?」

だがファニは俺が想像した事とは違う事を思ったようだ。


確かにバヴヴがあそこに居座る理由はないのでもしかしたらまだ生きて抵抗しているのかもしれない。だがこちらからはそれを確認のしようがなかった


「生きてるなら助けてやりたいけど」

「私達だけが行っても餌になって終わりなのですよ」

「それは、間違いなくそうだな」

「それを判断するのがあそこに居る人達でしょ?」

ファニは本陣を指差して言った。

    

そうして俺達が救出の指示が出るのを待っていると少しばかり違う指示が本陣から聞こえてきた。


「ここからは火力を上げる為に守護班や治療班にも攻撃を行なって貰う。お前達の近くにに置いてある荷車には石が大量に積んである筈だ。それをバヴヴの群に向かって投擲してくれ。今の距離なら届かせられるだろう。後少しだ。全員であの魔物を討伐するぞ!!」


「・・・助けにはいかないみたいだな」

「耐えられると信じたのか、助からないと判断したのか、どっちかだね」

「前者だと思いたいのです」

「そうだな・・・」


俺はそこでほんの少しだけ頭によぎったことがあった。間違いなく王城での出来事に起因しているものだ。


英雄になりたいなら偉業を為せ。


それは昔見た幼稚な本の中の英雄に憧れる少年が抱くような言葉だった。


ここで走って彼らを助けにいく。

俺が英雄ならそうしたかもしれない。


「・・・・・やっぱり無理だな」


だけどそれは出来なかった。

考えるだけで、足は一歩も踏み出せなかった。


本陣で決めた意向に逆らい作戦を台無しにしてはいけないだとか、俺が一人で行っても助けることなんて出来ないだとか、そんな事はほんの少ししか頭にはなかった。

ただただ俺はあの場に行くのが怖かった。


やっぱり間違いだ。

俺は英雄候補じゃない。

最初からそれはわかってた。

落ち込むようなことではない。


「・・・俺はダメなやつだ。わかってただろ?」自分に言い聞かせるように俺は呟く


「なら、せめて・・・」


ただの一般の探索者として役に立とう。

自分が今できることをする。


「石を取りに行くぞ」

「そうね」

「いっぱいぶつけてやるのです」


俺達は石の積まれた荷車へと走った。


もしあの前方に作られた陣地でまだ戦って抵抗している探索者がいるのなら一匹でも多くバヴヴを撃ち落とせば少しは助かる見込みも出てくる筈だ。


「やれるだけやってやる」


英雄としてではなくただの探索者の一人として俺は自分ができる範囲の中でバヴヴと戦う為に行動をすると決めた。


バヴヴの位置はもうそこまで遠くない。

確かにあの位置なら俺でも石を投げれば届きそうだ。

最初からモダンはあの場所にバヴヴを誘導して最初から全員で攻撃するのを決めていたのだろうか?

だとしたらああいうやつこそ英雄候補に相応しいのかもしれない。

俺なんかじゃなくてな・・・。


荷車から拳大の石を掴み取り、俺はバヴヴの群れへと向き直る。

空を覆うバヴヴの大群は元の数の三分の一程度。だがまだ軽く見積もっても三百匹強の魔物がそこに存在していた。


「あれだけ攻撃されたってのにまだまだ元気だな」

「でもあれなら狙わなくても当たるかもよ」

「それは有難い」

「やるのですよ」


俺達三人は石を持ち構える。


俺は石を持ちながら、そういえば投石というか、思い切り物を投げるのは初めてだな。とこの場に似合わないことを頭に浮かべていた。


俺達の準備が終わると直ぐ本陣からまた指示が出る。それはたった一言だった。


「放て!!」


その言葉と共に俺は一匹のバヴヴに狙いをつけ、右足から左足へと体重を移動させる。

足と腰を連動させ、そして腕をしならせ指先に力を込めた。

その渾身の力は滞りなく自然と石に伝わり、指から石は放たれた。


その石は縦回転しながら真っ直ぐと進み、狙い通りにバヴヴの一匹の翅を貫く。


「よし、まずは一匹」


俺は小さく呟いた。

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