第26話 魔術切れ
考えられた作戦とモダンの指示。
そしてなにより多くの探索者の奮闘によりバヴヴの大群に著しい被害を与えられた。
それに引き換え探索者側に被害はない。
数人の怪我人はいるかもしれないが、死人はいなかった。
あちらの被害は甚大。
こちらの被害はゼロ。
結果を見れば考えるまでもなく、かなり上手くいったと言えるだろう。
だがそれだけ上手くいってもまだバヴヴの群れの数はまだ半分を残していた。
バヴヴを全て討伐するまでは戦闘は終わらない。
魔術による陣地の形成と大規模爆破が起きた後、こちらの本陣にいる砲術系魔術師達に指示が出され間髪入れず再び魔術砲撃が始まった。
魔術砲撃が少しばかり止まっていたのは隠れている探索者とバヴヴの距離が近かったからだったのだと今ならわかる。
魔弾の軌跡は放物線を描きバヴヴの群れへと着弾する。だが残念ながら魔弾による鏖殺は行われなかった。
いや、行う事が出来なかった。
それは本陣にいる探索者達が放つ魔弾が最初の魔術砲撃の時よりも確実に威力を落としていっているからだ。
やはりこの攻撃はいつまでも続けられるものではない。いつかは終わる。
これはある意味では当たり前のことだった。
なぜなら魔術の連続使用には限界があるからだ。
魔術の数、威力、使用回数にはその者に宿っている精霊の成長度が大きく関わっていて、これは勿論五級よりも一級の方が、魔術師よりも魔導師の方が優れた能力を発揮する。
今回の砲撃班は遠距離魔術の行使が可能な者を中心に集められており、術師としての優劣を度外視して選ばれた者も多くいた。
緊急依頼だったのでそれは仕方がないことではあるが、術師として成長度が低い者ほど限界値も低いのは当たり前だった。
その術師達が限界を迎えつつあるのだろう。だから魔術砲撃の威力が徐々に落ちていっているという事だ。
魔術の使用回数が限界に達すると術師は全員漏れなく気絶し強制的に休息状態に入る。
しばらくして目覚めはするが、その後は一日が経過するまで魔術自体が使用が出来なくなってしまう。そして更にもう一つ副作用があり魔術を使用可能になった後に必ず精霊揺れの暴発が起きる。
だからこそ術師は限界値を見極めて魔術を行使しなければならない。
しかしこの戦場ではその限界が来ると分かっていても魔術の行使は止められない。
今も襲い掛かってくる魔物がいるからだ。
もしこの場で魔術使用回数が限界を迎えれば戦場で倒れてそのまま運命に任せるか、他の誰かに助けてもらって離脱するしかなくなるだろう。
もしかしたらモダンはその事を考えたから治療班に多めの人数を割り振ったのかもしれなかった。
「そろそろかもな」
「何がです?」
「魔術切れ」
「威力を上げての魔術の連続行使は大変だろうからね」
「どんな感じなのです?」
「何がだ?」
「魔術切れが起こる時はどんな感じなのかと思ったのです」
どんな感じ?どういう意味だ?
術師ならば魔術切れのことは承知の筈なんだが、まさかこいつは・・・、
「もしかしてキャミコは一回も魔術切れを起こした事ないのか?」
「ないのです」
「ーーーそれは珍しいな」
「そんな人いるんだね。術師ってのは一回ぐらいは自分の限界を試してみるものだと思ってた」
俺もだ。子供の頃はみんながバカなことするものだと思っていた。
「私は自分の魔術があまり好きではないのです」
「秘密って言ってた魔術か?」
「そうなのです」
「マオさんも知らないの?」
「だな。知り合ってまだあんまり日も経ってないからな。自分から話したくないのに聞くものでもないだろ」
「でもここにいるってことは遠距離魔術でも防御系魔術でもないんだよね」
「それは・・・」
「はい、詮索しない」
ファニはキャミコの魔術がどんなものか気になるようで悪意なく推察しようとしていたが、俺はそれを止めた。
「ごめんごめん。許してキャミコさん」
「いいのです」
「それで何だっけ?」
ファニは空気を読んで話題を元に戻した。
「魔術切れの話だろ?キャミコはしたことないって」
「う〜ん魔術切れか〜。私は溜まってる水が抜けてって最後の方は渇いていく感じ?もうすぐで枯れちゃうみたいな」
「それはマオも同じなのですか?」
「俺は両手で糸を引っ張っていく感じだ。最初は緩んでるものが徐々に緊張していって、もう直ぐで切れそうだなと思って引っ張ったら千切れる。そうしたら魔力切れだ」
「人によって違うのですか?」
「そうじゃないか?魔術も他の人に寄って違うだろ?心の中でイメージしてみればキャミコもわかるんじゃないのか?」
「イメージなのですか・・・」
キャミコは目を瞑って考えていた。
【・・・・・】
そして小声でおそらく起動句を唱えた。
声は聞こえなかった。
だが確かに魔術を行使した筈だ、それでも特に変化はなく何も起こらなかった。
キャミコの魔術がどんなものなのか俺もファニも目の前で見ていたのにわからなかった。
「あぁ、なるほどこれの事ですか。わかりましたです。私の場合は魔術を使うと明るい空が暗くなってくるのです。たぶん連続で魔術を使用すると暗くなって完全に陽が落ちると魔術切れになると思うのです」
目を瞑りながらキャミコは自分の魔術切れについて考察していた。
俺はそれよりキャミコの魔術について気になっていたが、なんとか顔には出さずに「良かったな」と返事をした。
「ありがとうなのです。あんまり魔術は使わないのですが、魔術切れが起きて精霊揺れが起きると困るので助かったのです」
「キャミコさんは精霊揺れについても秘密なんですか?」
「なのです」
キャミコはきっぱりと言い切った。
「マオさんは?」
「俺は別に隠してないぞ。でもここで言ったらキャミコに言わなきゃいけないみたいなプレッシャーを与えることにもなりかねないだろ?」
「そう?だって私達が勝手に言うんだから大丈夫だよね?」
「大丈夫なのですよ。私はどちらにしても今は言う気はないのです」
「なら今じゃなくてまた今度でもいいんじゃないか?キャミコも話せるようになった時とかで」
「でもやる事なくてさ、黙ってると怖いし息も詰まるから別の事を話したいんだよね」
「それはわかるのです」
「俺もだ」
ファニの言うことにも一理あった。
黙ってるここにずっといるのは不安が溜まり心体どちらにとっても良くはない。
なら他のことでも話していた方が良いかもしれない。
それに彼女達も俺と同じで口は動いていても目は常に戦場を見ていた。
いつ誰かが倒れてもいいように心の中で準備はしているのは間違いない。
「まぁ少しならいいだろ、何かあったらどうせ動かないといけないし」
「わかりましたです」
「そうこなくちゃ」
「俺の精霊揺れは悪戯者だ。精霊揺れが起こると悪戯をしたくなる衝動がたまに襲ってくる、それで暴発が起きたら俺の意思とは関係なく誰かに強制的に悪戯を仕掛ける。だから先に二人にも謝っておく。暴発が起きたら二人にも何かするかもしれない。すまないな」
俺は二人に自分の精霊揺れについて説明した。
「悪戯ってえっちなやつ?」
そしてファニはとんでもないことを口にした。
おいおいこの娘は頭の中がピンクなのか?
「っ!」
ファニの発言を聞いたキャミコがビクッとして気持ち俺から少し離れた気がしたが、直ぐに距離を元に戻してこちらを見てきた。
「そうなのですか?」
「いんや違う。顔に落書きするとか、そっち方面だな」
「悪ガキの悪戯だね」
「そうなのですか」
「我ながら困ったもんだよ」
「マオさんの精霊揺れは結構大変そうだね。私の精霊揺れの暴発も大変な部類だと思ってたけど、他人を巻き込むならマオさんのよりはマシかもしれないね」
次はファニが話し始めた。
「私の精霊揺れの暴発は五感の一部の喪失なの。でも一定期間だけ、一日とか長くても三日とか。目とかが一番困るんだよねアレは」
「それは怖いな」
「部屋に篭ってないといけなくなりそうです」
「慣れちゃえば備えられるけどね」
俺よりも大変ではないとファニは言っていたがそんな事はない。例えば一日おきに街に帰って来られる依頼であればその日は街に居ればいいが、この前のように旅の中で起きたら随分窮屈な思いをする事になるだろう。
そんな時にもしも戦闘でも起きたら何が起きるかはわからない。
「お互い魔術切れは起こさないようにしないとな」
「そうだね」
「もし魔術切れが起きて二人が困ったら私が力になるのです」
キャミコが自分の事を話さない代わりなのかそんな事を言った。
違うな。キャミコ元々こういうやつだ。
「じゃあ頼んだ」
「私も」
俺達はキャミコの気遣いにサムズアップで応えた。
「マオ、エッチなのはダメなのですよ」
「それを引っ張るな」
「ダメだよマオさん」
「お前らな」
バカ話をしていると異変が起きた。
本陣の所でたった今砲術系魔術師の一人が倒れたのが見えた。
その子は隣にいた魔術師に抱えられていた。
アレが連鎖で起これば砲撃班が崩壊する。
「術師が倒れた。俺達の出番だ」
二人との会話は一旦これで終わりだ。
機会はまたやってくる。
俺達は話を止め、直ぐに頭を切り替え準備していたものを持った。
魔物にやられたわけではないので怪我はしていないだろうが、倒れた時に何処かを打ったりしているかもしれないので一応回復薬は持っていく。
「行くぞ」
「はいなのです」
「了解っ」
そうして俺達三人は急いで本陣へと向かった。
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