第25話 来襲
それは一瞬、陽光を反射させて光を放ち宙に浮かぶ多彩な自然現象に見えた。
形は常に変化し一定の姿はない。
だがそれが近づくに連れて、不快な翅音とギチギチとした個々の体を見えた。
それらは美しい自然現象などではなく、街を今まさに襲おうとこちらに向かってくる千匹程の虫型の魔物の大群であることがわかるようになった。
不快感は人それぞれだ。
しかし少なくとも俺にとってそれは身の毛がよだつ光景だった。
その大量発生した魔物、バヴヴに追いかけられておそらく探索者であろう者がこちらに向かって馬に乗り駆けて来ていた。
「ーーーなるほど」
彼らがこの戦場にバヴヴを誘導をしてきた有志なのだろう。
リズベルにバヴヴが向かって来るのは確定していたとしても、どの方向から来るのかは決まっていない。
少しの気まぐれでそれがズレてしまえば迎え撃つのが困難になる。
その修正を担ったのが彼らだ。
そのためにあの虫の魔物の大群を背にして馬と共に追いかけっこに興じたのだから、その胆力には頭が下がる。
「放て!!」
モダンの指示で上空を支配するバヴヴに向かって魔術や弓矢が放たれた。
馬に乗っている探索者は必死でこちらに向かって走り抜けることだけを考えているのか、後ろを振り向きもしなかった。
俺がここ最近に身近で見た砲術系魔術はメトのものだ。
彼女の魔術は普段の怒りっぷりからは想像出来ないぐらいの美しい氷の魔術だ。
俺に放たれた時の氷弾は拳大。
馬車での旅や討伐依頼を受けた際には魔物に対して頭部程の大きさの氷弾を彼女は魔術を行使し使用していた。
そして今回、探索者組合によって集められた砲撃班の術師達による最大の砲術系魔術は人間大の魔弾が何十と並ぶ代物だった。
砲撃班の魔術が空を駆ける。
鉄球に水弾、そして氷の杭。
あれはメトのものだろうか?
小さいが鎖や石礫の魔弾も飛んでいる。
こちらは俺と同等くらいの魔術師が行使したものかもしれない。
そしてその中でも異彩を放っているのは巨大な炎槍だった。
巨大な槍に纏う炎。その炎槍の魔弾はバヴヴの群れを焼き尽くさんが如く一直線に進んでいった。
こうして様々な砲術系魔術が一斉にバヴヴの大群へと放たれ、そしてそこに弓矢が加わり虫の魔物達に直撃した。こうして最初の砲撃は百匹以上のバヴヴの巻き込み、その体を射抜き墜落させた。
一つの塊の様だったバヴヴの群れは一斉砲撃により崩れた。
衝撃は直撃したバヴヴだけではなく他のものにまで派生する。
放たれた矢は硬い甲殻に阻まれはしたものの何発も受ければ確実にダメージにはなっていた。
魔術砲撃はそれよりも強力で、バヴヴの翅やら脚やらが飛び散らせ他の群れの仲間にその弾けた体の一部が刺さったりしていた。
青い血を出しながら落下する姿は見た目は気持ち悪かったが、正直なところ可哀想にも感じた。
相手は魔物。
今はそんな状況ではないと俺は心を新たにする。
モダンの説明では来襲しているのは一種類のバヴヴという魔物とのことだったが、色や形の違いなどが個体により多種多様で説明を受けていなければそれが一種類の魔物には到底見えなかった。
硬い外骨格の色、体躯、脚の本数、翅の生え方まで少しずつ個々に違い、細かく見れば全ての個体が別種に思えてくる。
大群でこちらに押し寄せてきた時に最初に彩りを感じたのは個体により外骨格の色がそれぞれで異なっていてカラフルだというのが理由だろう。
砲撃を受けたバヴヴの大群は大量に仲間達を虐殺されたというのに、その後も躊躇する様子もなくこちらへと飛行を続けた。
しかし現れた時と違って街を狙ってというよりも喫緊に現れた敵、つまりここにいる探索者にヘイトが向かい狙いを変えた様に見えた。
特に砲撃を放った術師達の集団に向かって飛んできているような気がする。
それは仲間をやられた怒りなのか、本能的に危険を察知してなのかは、人間である俺達にとっては埒外の話だった。
俺達探索者に先制を許したバヴヴはより一層速度を上げてこちらに向かい侵犯を続ける。
このまま何もせずに立ってれば、数十秒後には俺達がいる場所まで達そうな勢いだった。
だがそれは何もしなければだ。
「やれ!!」
その言葉でこちらに向かって走っている馬の上の探索者が動きを変えた。
それはちょうど魔物が高度を下げれば彼らに追いつき、その爪や歯で襲い掛かりそうな瞬間だった。
なぜか馬に乗った探索者は駆けるのをやめて地面に降り、馬だけを避難させる。
犠牲になる気か?
俺はそんなことを考えた。
探索者は魔物に向き合い武器を構えるなどではなく突飛な行動をし始めた。
それは草原の地面を掴み、それを引っ張るというよくわからないものだった。
しかしそれが理解できなかったのは一瞬。
探索者が掴んだ地面は、彼らが手を上げると同時に捲られて、そこにはこの戦いが始まって以来隠れ続けていたのか十数人ほどの探索者達と沢山の荷車が隠されていた。
隠れていた方法は魔術なのか視覚を利用した擬態なのかはわからない。
彼らは草原を隠れ蓑にし、ずっとその時を狙っていたのだろう。
自分達の上空に魔物が到達するこの時を。
そうして探索者達は現れると同時に魔物の真下から魔術を放った。
砲撃魔術は魔物達を捉えて十程数を減らした。これにより魔物達が失速する。
狙い通りなのかはわからないが勢いは止まった。しかし当然の如く魔物は直下にいる探索者を狙い一斉に高度を落とした。
遠くの敵よりも近くにいる敵。
魔物も人と同じようで一番近くにいた地上の探索者へと向かい急降下する。
あんな少人数であの大群とその場に残って戦うのだろうか?と思って見ていると、何らの魔術を使ったのか隠れていた探索者は一撃魔術を放った後にすごい速度で離脱してこちらへと逃げてきていた。
地面を滑るように移動して来る探索者達。
無事逃げられたのは良かった。
しかし俺の頭の中には、あんな一瞬だけ足止めをする為に彼らはずっと隠れていたんだろうか?
と疑問が浮かんだ。
そうして見ていると不思議なことが起こった。隠れていた探索者を追う魔物はいる。
だがなぜか探索者が隠れていた場所に大量の魔物が残ってバヴヴの塊が出来上がっていた。
積み重なる虫の魔物達というのは気持ち悪い光景だった。
だがなぜ探索者を追う魔物は減り、あんなところで集まっているのだろうか?
「なんで追わないんだ?」
俺は自分で気づかずに声に出していた。
その答えを教えてくれたのは俺の隣にいたファニだった。
「それは餌に飛びついたんじゃないのかな?」
「餌?」
「ほら、あの人達が隠れていた場所に荷車が置いてあったでしょ?そこに一杯お肉が積まれてたから」
俺にも荷車があったのは見えたが中身は見えなかった。状況が状況で冷静には見られていない。あとここからは普通に距離的に遠くてはっきりとは見えなかった。
「ファニには見えたのか?」
「うん。私、目はいいからね」
そうか。ファニの魔術。
ファニの魔術は五感の上昇。
それで視力を上げて観察していたわけだ。
「砲撃魔術が飛び交うこんな状況でもあいつらは餌に食い付くのか、随分食い気が凄いんだな」
「違うと思いますです」
俺の意見を否定したのはキャミコだった。
「違うって?何がだ?」
俺は問いかけた。
「ファニさん。さっき餌と言ってましたですが、具体的には何が見えましたですか?」
「お肉?」
「それはどんなです?」
「ん〜わかんない。そんなに詳しくも無いし。普通のお肉だったよ」
「ではそのお肉はどんな色をしてましたですか?」
「赤?」
「他には何かなかったですか?例えば何かそのお肉に掛かっていたとかです」
「あぁ!そういえば変な黒い粉が掛かってたよ。香辛料かな?」
「やっぱりです」
キャミコは確信したような顔で納得していた。
「やっぱり?」
「それは多分誘引香です」
「誘引香って何だ?」
「簡単に言うと魔物を引きつける粉です」
そんなものがあるのか・・・。
その話を聞いて俺はふと頭に浮かんだ疑問をキャミコにぶつけてみることにした。
「そんな便利なものがあるんだったら其れを大量に用意すればもっと簡単にバヴヴも討伐出来たんじゃないのか?」
「それは難しいのです」
「なんでだ?」
「誘引香は魔物を惹きつけますが魔物によって別々に調合しなければならないのでそんなに大量に用意するのが難しいのです。中には貴重な材料が必要になったりするですし、それに今回のバヴヴは雲の森から来た魔物です。誘引香もそこの場所の魔物の一部や植物から作られる筈です。それを踏まえて考えると現実的ではないのです。バヴヴ用の誘引香が少しでもあった事が運が良いと思いますです。おそらく探索者組合が万が一に備えて色々と用意していたモノの一つだと思うのです」
貴重品だからそう易々と集められないのか。
キャミコは本当に色々とこの街の事を知っている。伊達にリズベルに長らく住んでいるわけではなかった。
「その奥の手を使わなければならないくらいに今回の緊急依頼は面倒なものだってことか」
「実際私もこんなのは初めてだよ。二年くらいしかいないけどね」
「私はずっとリズベルにいるので何度かは経験しているのですよ」
「キャミコさんは先輩探索者だったんですか?」
「私が戦ったわけではないのですよ。この街でということなのです」
「ならもう一つキャミコさんに聞きたいんだけどなんであの探索者達は襲われないの?その誘引香の匂いはついてないの?」
確かにそれは俺も気になる。
「それは魔術を使ってお肉をちょうど良い温度に保ちながらその匂いが外に漏れないように調整していたからだと思うのです」
「匂いを漏らさないってのは意味がわかるけど、温度とかは関係あるの?」
「誘引香はデリケートなのです。だからあの隠れていた探索者達の中に調合士がいる筈なのですよ。あの人達はあそこで隠れながらずっと誘引香がお肉と合わさって最大の威力を発揮するように調合していたと思うのです」
だから魔物が上空に来るのを待ってずっと耐えていたのか。キャミコの説明では彼らの行動の意味が理解出来た気がした。
「キャミコは色々なことを知っているな」
「全部お婆ちゃんの入れ知恵なのです」
俺達三人が話している間も戦いは続いていた。
馬から降りた探索者と隠れていた探索者は一仕事終えて一緒にこちらに移動して来る。
それを迎えるように本陣からも既に探索者が十人ほど向かっていた。
全員がマントのようなものを被っていたので姿まではわからなかった。
誘引香に群がっているバヴヴと探索者本陣との真ん中ぐらいの場所で二つの探索者のグループは集合した。
そして新たにできた探索者の集団はそこに魔術で簡易陣地を築いていった。
土塊で城壁を作り、様々な盾でその城壁を覆い強化する。その上空には大きな水球が配置され、城壁の周りを這うように炎でできた巨大な蛇が徘徊して獲物を待ち構える。
その城壁の上に探索者達が登り、それで草原に陣地が出来上がった。
それを待っていたのかその作業と同時に誘引香と肉が乗っていた荷車に最初の大規模砲撃でも見た炎槍が飛んでいったのが見えた。
もしかして誘引香と肉以外にも荷車には何か積まれていたのかもしれない。
炎槍が荷車を穿った直後、そこで大爆発が起きた。
それは最初の砲撃の時の炎槍よりも遥かに威力のあるものだった。
これによりバヴヴの大群は半壊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます