第22話 キャミコ

「リンネ覚えたか?探すのはこの猫だ」

「キュイッ」


俺が受けたのは猫探しの依頼だった。

依頼書には猫の絵と特徴が書かれている。

首に名前入りの首輪をしているから見つけたら分かるはずだ。

受付員は俺の二つの目の魔術の事も知っているのでこの依頼を回してくれたのであろう。

この依頼は俺と相性が良い。

上手くいけば一日で見つかるかもしれない。

俺は希望を胸に依頼書の絵を確認しながら猫探しを始めた。


猫はこの国の国獣である。

だから住人にも猫を飼っている者も多い。

王都にもリズベルにも野良は居るが、街にいる猫の半分以上は飼われている猫だった。

逆に言えば半分は野良だということだ。


この国は猫に非常に優しい国なのだ。

飼われていなくとも誰かが餌をやる。

来世があるなら是非とも猫に生まれたいものである。


何が言いたいのか?というと、王都と同じくこの街にも猫が多いということだ。


絵と似たような猫を見つけても近づいてみると違うな、という印象を抱く猫しかいない。

これだと思っても首輪はしていなかったりした。俺は猫が集まりそうな場所を巡っては魔術を使って依頼書の猫の絵を見せながらこんな猫は知らないかと猫に尋ねて回った。


「見つからないな、一度休憩しよう。なんか食べるか?リンネ」

「キュイッ」

「じゃあ露店で買ってくるか」


探し猫は簡単には見つからなかった。

俺達はこの後もう一度頑張るために街の通りに置かれているベンチに座って少しの休息を取る事にした。


木のベンチに腰掛けて、露店で買った豆に塩を振っただけのものリンネと分け合って食べる。


もぐもぐもぐもぐ。

淡白な味が逆に手をすすませる。

何も考えず口に塩味の豆を運ぶだけの阿呆になった俺は街にいる猫を見ながらぼうっとしていた。

猫はいるのに依頼猫はいない・・・。

どうしたものだろうか?


そうしてどれくらいの時間が経過したのか?ぼんやり猫を見ていると不意に怪しい真っ黒のローブと桃色髪の髪の少女が俺の視界に入った。


猫から視線が外れて、妙に気になるそれに焦点が合っていく。

そして桃色髪の少女はこちらの視線に気付くとこちらへ歩いてきて俺の目の前で立ち止まった。

そして銀色の瞳をこちらに向けてきて、

「やっぱりあの時の器の魔物なのです」

リンネを見ながらそんなことを言った。


器?


少女の声で目の焦点とぼうっとしていた頭が正常に活動し始める。

そうして俺は目の前の少女をこの時初めてちゃんと目で捉えた。


ん?この娘というか服にどこか見覚えがある・・・どこだっけ?

あと器?

あっ・・・そうだ。

この前にメトとヨルガに怒られたアレか。

あの雑貨屋の婆さんの服に似ているんだ。

器ってのはあの銀の器か。


俺はリンネにねだられて購入した現在も箱の中に入っている器ことを同時に思い出した。


でもなんでこの娘が?もしかしてあの婆さんの娘、いや年齢的には孫か?

俺は頭の中で思考を巡らせて答えに辿り着いた気がしたので少女に疑問をぶつけてみるこたにした。


「あの雑貨屋の婆さんの孫か?」

「違うのです」


違ったか。俺の質問は即座に否定された。

でもあの雑貨屋と言ってこの娘が違うと答えるってことは俺が頭に浮かべている雑貨屋をこの娘も知っているということになる。

もしも知らないなら俺の質問に違う。ではなく何のこと?と聞き返す筈だ。

雑貨屋の関係者なのは多分間違いない。


「じゃあ娘さんか?」

「違うのです」


また外した。どういうことだ?

じゃあひ孫か?

俺が頭の中でそんなことを考えているとその答えは目の前の少女が自ら口にした。


「私なのです」

「ん?」

「あの時に銀の器を売ったのは私なのです」


それを聞いて俺の頭は混乱した。

私なのです?どういうことだ?

私?あの婆さんが私ってことか?

俺の記憶が間違っていたのか?

そんなことが頭の中でグルグル回った。


「ちょっと待つのです」


そう言いながら一回転すると少女の姿が変わった。


「これでどうだわさ?」


そして目の前にはあの時の店に居た老婆が現れた。




「魔術か?」

目の前で理解不能なことが起これば一番最初に思いつくのはそれだった。


「そうとも言えるし、違うとも言えるんだわさ」

「どういうことだ?」

「秘密ってことだわさ」

俺の質問に婆さん姿の少女は唇に人差し指を当てることで応えた。

その姿で可愛い身振りはやめてくれ。


探索者組合では受付員に願われるままに魔術を披露したが、それは自分の力を示して探索者になる為だった。

何の得もない時に魔術師が他人に魔術を隠すというのは別段不思議なことでもなかった。

俺も王都では面倒に巻き込まれない為に猫と話せるのを隠していたりしてたから理解出来た。


「話したくないなら大丈夫だ」

「説明が面倒なんだわさ」


つまりは話したくないということなのだろうと推測し、容姿について俺はこれ以上の質問をしないと決めた。


「そうか。それで口調が変わるのも魔術なのか?」

「これは役に入りきる為だわさ」

「役?」

「折角姿を変えるんだから、色々と変えた方が面白いってお婆様に言われんだわさ」

「だから役か?」

「そうだわさ」

婆さんの姿になった少女は笑顔を浮かべた。


「それで正体を明かしてまで何をしに来たんだ?」

「別に隠してるわけではないから正体を明かしたと言われてもピンと来ないんだわさ」

「そうなのか?」

「そうだわさ」

婆さん少女は一度だけ軽く頷いた。

「でも目的はちゃんとあるんだわさ」

「目的?」

「この魔物を、撫でてみたいんだわさ」

なんだ、そんなことか。

「リンネが良いって言ったらな」

「いいんだわさ?」

「キュイ」

リンネは彼女に許可を与えた。

婆さんの姿をした少女まで惹きつけるとは、リンネは今日も大人気だった。



「それで何をしていたのです?」

変わった自己紹介を終えると少女は口調と共に姿を婆さんから元に戻した。

そしてリンネを撫でながら今度は俺に尋ねてきた。

「この子を探しているんだ」

俺は少女に依頼書を見せる。

「猫探しです?」

「あぁ、そうだ」

依頼書を受け取った少女は上から下まで目を通すと俺にそれを返してきた。

そして

「暇だから手伝ってあげるのですよ」

などと言い始めた。


「いやいいよ」


俺はその申し出を断った。

そんな義理はないからだ。

これは俺が受けた依頼だ。

パーティーメンバーならまだしも、今日出会っただけの少女に頼る理由がなかった。


「当てはあるのです?」

「ないけど」

「じゃあ手伝うのです」


見た目から受ける印象とは違い少女は結構強引な性格をしていた。


「本当に大丈夫だから」

「私が手伝いたいのです」

「そうか?まぁそれなら・・・」


そこまで言うならと俺は渋々彼女の同行を認めることにした。

この街に店を構えているなら俺よりも遥かに道などに詳しいのは間違いない。

どうしても少女と一緒に居たくない理由も特にない。力になって貰うか。

「私にも利益のある話なので遠慮は無用なのです」

俺は少女と一時的に臨時パーティーを組む事になった。




「この猫の一部、うんと・・・抜け毛とか持ってないですか?」

「ないな」

「なのですか・・・じゃあ取りに行くのです」

「何処に?」

「依頼書に飼い主の事が書いてあるのです。運が良いのですね」


少女はやはり街に詳しかった。

依頼書を頼りに依頼者の家まで行き、猫を探しのために抜け毛が必要なので貰えないかと交渉し、あっという間に目的のものを手に入れた。


「それでこれをどうするんだ?」

「これを使いますです」

「うわっ」

「人形なのですよ」


少女は腰に付けた小型鞄から本物と見紛う程の精巧に作られた鼠の人形を取り出した。

少女は驚いた俺をふふふと笑いながら、鼠人形の口を開けて猫の抜け毛を入れていく。

呪いの人形かよ。


「何をするつもりだ?」

「いいから見ているのです」


俺の疑問に少女は答えず、ただ鼠人形を見ているように指示してきた。

俺が少女に言われた通りに見ていると、鼠人形はひとりでに動き出した。

少女は鼠人形を地面に置く、すると何処かを目指して走り出した。


「じゃあ後を追うのです」

「了解」


鼠人形は結構な速度で進んでいった。

小さいので見失わないように俺は必死でそれを追った。


少女は余裕な姿で鼠人形に付いて行く。

身体能力は俺と同等かそれ以上だ。

やはり彼女も術師なのだろう。


通りを右へ左へ曲がり、時には直進し、街を縦横無尽に駆けていく。

少しして鼠人形の動きがゆっくりになった。

そのタイミングで俺は目ではちゃんと鼠人形を捉えつつ少女に話しかけた。

「あの鼠は何なんだ?」

「簡易魔宝具なのです」

少女は端的に答えた。

説明が足りなくて俺には全く理解出来なかった。


「簡易魔宝具ってなんだ?」

「使い捨ての魔宝具なのですよ」

「そんなものがあるのか?」

「あそこにあるのです」

「それはそうだが・・・」


王都でも簡易魔宝具など噂話でも聞いたことがなかった。

何でそんなものがここにあるのか?

なんか嘘っぽい。

鼠人形に対する俺の疑問は解決されなかった。

「簡易魔宝具なんて俺は聞いたことがないんだが?」

続けて俺は質問を少女にぶつけてみた。

「お客さんはこの世界の全てのことを知っているのですか?」

お客さん?あぁ俺のことか、

確かに俺のこの子の関係性は雑貨屋の客と店員になるのか、そんなことを考えながら俺は返事をする。

「それはーーー」

知っているわけがない。

俺が知っているのは王都の路上での生き方くらいのものである。

「そういうことなのです」

魔術といい魔物といいこの世は不思議なことだらけということか。

それは質問への答えではなかったが、少女はこれ以上答える気はなさそうだった。

簡易魔宝具ね、覚えておくとするか。


「ほらそろそろなのですよ」

「猫を見つけたのか」

「たぶん?なのです」


少女の言葉通りに鼠人形は止まり、その側には猫が居た。

その猫は依頼書と同じ首輪をしていた。

どうやら少女の簡易魔宝具のお陰で依頼は達成したようだった。




「ありがとな。助かったよ」

「別に良いのです」


猫を確保して抱えながら俺は少女に礼を言う。猫を抱えて歩くと何故かリンネの機嫌が悪くなった。今は不貞腐れて箱の上で眠った振りをしていた。

「可愛いのです」

「わかる」

少女はリンネを見て頬を緩ませていた。

俺も彼女の意見に同意だ。


やはり依頼完了の後は気分が良かった。

猫探しでも何かやり遂げた気持ちになるからだ。

「依頼報酬はちゃんと分けるから」

「いらないのです」

「そういうわけにはいかないだろ」

「いいのです」

「いや、やっぱり貰ってくれ。じゃないと気持ち悪い」

俺は少女と依頼報酬をどうやって分け合うのかの話がしたいと思っていたが、彼女は要らないと言う。

さてどうやって渡したものか。


「じゃあ一つお願いを聞いて欲しいのです」


俺が少女に報酬を渡す方法を考えていると彼女は一つ提案してきた。


「なんだ?」

「名前を教えてほしいのです」


それは何とも小さな願いだった。


「そんなのことでいいのか?」

「はいです」


その時のこちらを見た少女の笑顔は凄く綺麗に輝いて見えた。


「俺はマオだ」


俺は少女に自分の名前を教える。


「マオさんですか」

「さんはいらない」

「マオです」


よく出来ました。

少女は確認するように俺の名前を呼んだ。

名前を聞かれたらこっちも尋ねるのが礼儀だろう、と思い俺は目の前の少女に聞く。


「で、お前は?」

「私なのです?」

「名前、教えてくれ」

「私の名前、知りたいのです?」

「まぁ、そうだろ?普通」

「普通・・・」

「教えられないのか?」

「違うです。言うです」

「じゃあお名前教えてくださいな、お嬢さん」

ネットの言葉遣いが移ってしまった。

これは決して軟派なんかじゃないぞ。


「私の名前はキャミコです」

「そうか。これからよろしくな。キャミコ」


俺も少女と同じように彼女の名前を呼んだ。


「はいです。マオ」


基本は少女で時々婆さん姿の少女キャミコ。

こうして俺はこの街でまた面白い知り合いが増えた。

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