第21話 ネットとファニ

ヨルガの乱。

あの日から三日経過した。

リズベルに戻ったその後、ヨルガとメトは宿屋に閉じこもって未だに外に出て来ていなかった。


ヨルガはどれだけ酔っ払っていても記憶が消えたりはせず、あの日の事も全て覚えているようで、様子を見に行った際には宿屋のドア越しに情けない声を上げながら焦ったりと、今までの彼女にはなかった新鮮な反応が返ってきて少し面白かった。


メトの部屋に訪ねた時はいつもより機嫌が悪そうな顔で少し扉を開けて、無言でしばらく俺を睨むと、

「変態・・・」とだけ口にして扉を固く閉めてしまった。


つまりは二人がポンコツ状態から元に戻るまではリンネと俺だけのパーティーであるということだ。

おそらく数日も経てば彼女達の気分も元に戻るだろう。全ては時間にお任せすれば解決してくれるだろうと、俺は願っていた。


因みにあの日受けた依頼はちゃんと完遂した。ジャモスの眼球は相当数回収出来たのでパーティーの運営資金は増えている。

その面では二人がしばらく休むのも問題ないと言えた。


結局まだ宿を借りていない俺は二人と同じように部屋に籠ることも不可能だったので、一昨日と昨日はリンネと一緒に街を散策していた。といってもほぼ探索者組合で食事をして街の何処かに座り、ぼうっとしているだけだったが・・・。

しかし折角探索者になったのでいつまでもこうしていてもなぁ、と思い立ち今日は依頼を受ける為にリンネと一緒に探索者組合に来ていた。

時刻は早くないが、まだ朝であるとギリギリ言える時間だった。


「よお」

「いい依頼はもうないぞ。とっくにみんなが持っていっちまった」

「どうもマオさん。おはよう?ございます」

「知ってるよ、おはよう。席座っていいか?」

「あぁ」


俺はこの二日間で知り合いになった探索者に挨拶をし、同席させて貰うことにした。

何もすることがなく朝昼晩と探索者組合に入り浸っていたので知り合いは増えた。

中でもこの二人とは長い時間話した。

ネットとファニ、二人組のパーティーだ。


ネットは軽薄そうな雰囲気の奴だが話してみると結構いい奴でやっぱり軽薄ではあった。

趣味は軟派。

金の長髪を靡かせて女性探索者を口説いているが、成績は良くないようだ。

人は中身が重要だと言うけれど、それは外にも滲み出るものだ。ネットその典型だった。

顔は整っているのに女性へのアプローチの成功率が悪いのはその所為だろう。

男と話す時みたいに普通に話せば良いのに似合わない気障ったらしい言葉を重ねるから上手くいかないんだ。

そしてネットとは違いしっかり者のファニ。

茶髪のショートヘアにクリッとした翠眼の瞳。紅い革鎧が特徴的な少女だ。

パーティーの資金の管理は彼女がしていると聞き、俺はだろうなと納得した。

二人は幼馴染らしい。

リズベルよりも田舎の村の生まれでそこで育ち同じ村で暮らしていたが二人共に術師としての才能があったので探索者になって一旗上げる為に移住してきたようだ。

ネットは盾を生み出す魔術が得意で自分とファニを守りファニの方は五感の精度を高める魔術を使って魔物を見つけて対処する。

数は二人と少ないが連携の取れたパーティーのようだった。

等級は俺より一つ上の黄土級。

依頼達成率は八割を超える売り出し中の先輩探索者様である。


この二人と話すようになったキッカケはリンネだ。というか探索者組合で知り合いが増えたのは主にリンネのお陰だった。


「ねぇ、リンネちゃんは?」

「勿論いるぞ、リンネ」


昨日と同じくファニは早速リンネを探し、俺に居場所を聞いてきた。


斯く言うリンネは箱の上だ。

我が小さき相棒は外での移動中は箱の上に乗って寝転んでいるのだ。

いい御身分である。

しかし可愛いから許される。

名前を呼ぶとリンネは反応して起き上がり、俺の体をよじ登って来た。


「キュイキュイ」

「可愛い〜、触っていい?」

「リンネが良いって言ったらな」

「触っていいかな?」

「キュイ?」

「そうだ。これあげるからお願い」


ファニは自分の朝食の一部をリンネに差し出し交渉していた。


「キュイ」


リンネはファニからそれを受け取り食べ始めた。交渉は成立したようだ。


「ありがとう〜」

「ファニ、他人様の従魔なんだなら優しく触れよ。悪いなマオ」

「当たり前じゃん。ネットに触る時の百倍丁寧に触るよ」


知り合いが増えたのはこんな感じでリンネの可愛さに釣られて近づいて来る探索者がたくさんいたからだ。


「今日も可愛いね。これもあげちゃう」

「キュイキュイ」


特に女性探索者にリンネは人気だった。

偶に男の探索者も誰にも見つからならないように近づいてきて触っていいか?と聞いて来たりする。

可愛いもの好きなのを隠しているのは、探索者仲間に可愛らしい生き物を愛でている所を見られるのが恥ずかしいからかもしれない。

俺は別に良いと思うが考え方は人それぞれだからな。


最初リンネはこのように人と触れ合うことを少し嫌がっていたのだが、愛想を振り撒くと探索者から食べ物が貰えるとわかってからは大人しく撫でられていた。

現金なやつである。


探索者との話す中で従魔登録というものがあると聞いて、俺はそれを直ぐに済ませた。

宿屋で魔物を泊めるには有利に働くとかなんとか教えてもらったからだ。

結局まだ宿は借りられていないのではあるが。


「今日は何しに来たんだ?」

「依頼を受けに来たんだよ」

「やっとか。それでどんな種類の?」

「危なくないやつだな」

「そんな依頼あるのか?ここは探索者組合だぞ」

「マオさんは戦うのは苦手なの?」

「これみろ」

俺は白無級の認識票を取り出してネットとファニの二人に見せた。


「なるほど?でもどんな強い人でも最初は白無級だよ」

「俺は見たまんまのやつだ」

「マオは変わってるな」

「どこがだ?」

「普通の探索者は戦うのは苦手なんて言わないんだよ」

「そうなのか?」

「まぁね。舐められたくないし」


ファニはリンネを撫でながら言う。


「それもそうか。気をつけた方がいいのか?」


周りの人間を脅かす必要はないが舐められるのも不味い。王都に居た時もそれはそうだった。骨の髄までしゃぶられたくなければ正しい暴力への対処法を学んでおかなければならない。


「どうかな?リズベルの探索者組合は探索者の卵みたいなのも多いし。弱いからって絡まれたりはしないと思うよ」

「それに弱いって自分で言う割に堂々としてるからなマオは」

「そう見えるか?」

「あんまり弱そうには見えないぞ。強そうにも見えないけど」

「一言余計だ」

「本当の事だからな」


ネットは頬を上げて応えると、テーブルの上の自分の皿に残っていた最後の肉にフォークを刺して口に放り込んだ。




「じゃあいくわ」

「またねマオさん」

二人は食事を済ませると探索者組合から出て行った。


「おう」


俺はそれを手を振って見送った。

「俺達も仕事するか」

「キュイキュイ」

二人と別れた俺達は依頼を探しに受付員のいるカウンターに向かった。

依頼書の貼られた掲示板を見ないのはそこに目当ての依頼がなかったからだ。


「すみません。俺でも出来そうな仕事ってないですかね?」

「どうもマオさん。やっとやる気になったんですか?」

「ええ、仕事をするにはいい日だったもんでね」

「それで本日はどのような仕事をお探しでしょうか?」

「報酬は安くてもいいので危なくないものをお願いしたいですね」

「となると探索者向けのものではなくて荷運び人の向けのものになるのですが・・・」

「それは別に構わないですよ」

「荷運び人向けの仕事で大丈夫ですか?」

「はい、でもそれだと荷運び人の仕事を奪う事になりますか?」

「それは大丈夫ですよ、いくつか荷運び人向けの依頼が余っているので」

「そうですか、じゃあどんなのでもいいので見繕って貰えますか?」

「承りました」

俺は受付員にお願いして探索者用ではない荷運び人用の依頼を受けることにした。

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