第20話 ヨルガの乱
「マオ、お前は本当にダメな奴だ。本当にどうしようもないな。はっはっはっ」
死なば
そんな覚悟で二人に酒を飲ませた俺は案の定ヨルガに物凄く絡まれていた。
彼女は気分良さそうに明るい口調で貶してくるので不思議と悪く言われている気があまりしなかった。
食事後のジャモスとの戦闘やメトからの折檻は共に回避した。
目的は達成せり、しかし撤退は不可能。
現在はそのような状況である。
「マオ。もう一杯注いでくれ」
ヨルガはもう何杯目かわからないジョッキを空けて俺に酒を注ぐように命令してきた。
始めのうちは箱の中に残っていた酒をヨルガに提供していたのだが、途中からは彼女が魔術で生み出した酒を、メトが魔術で作製した人が一人分入りそうな氷の樽の中に並々注いでそれを掬って飲んでいた。因みにジョッキもメトが溶けにくい氷で作ったお手製のものだ。
「飲み過ぎじゃないか?」
「私が酔っているわけがないだろう?」
俺が酒を注ぎながら心配を装った遠回しな警告を口にすると、目が据わったヨルガはこちらを凝視してきた。
怖い・・・。
「いや、そういうことじゃなくて・・・」
俺は心の内で完全に酔ってるだろ。と思いながら恐怖に負けて即座に否定した。
「まだ飲み足りん。酔うまで飲むぞ」
「はい・・・」
飲み会はまだまだまだ始まったばかりだった。
「なぁマオ。お前はダメな奴だが私の仲間だ。だから私が直接鍛えてやるというのはどうだ?」
「・・・いいかもしれないな」
余計なお世話だと内心では思ったが、断ったらまた面倒臭いことになりそうだったので俺はヨルガの誘いに乗る。
「であろう。嬉しいか?」
「まぁな」
俺の即答に気を良くしたのかヨルガは笑顔に戻った。酔っ払いのご機嫌取りは難しいようで簡単だ。
「では腕立てをしてみろ、百回だ」
「今からか?」
「やれよ」
「はい・・・」
なぜか俺はヨルガの命令のまま腕立て伏せをすることになった。
「61、62、63」
「もう無理っ・・・」
酒をたっぷり飲んだ後の筋トレはきつかった。一回やる毎に胃の中の液体が上下に動いているような気がして気持ちが悪くなった。
「サボってはだめではないか。愚か者」
「グェッ」
ヨルガは倒れ伏した俺の背中を踏み、足の指の裏でをぐりっとする。
「痛がり過ぎだ。この軟弱者めっ。はっはっはっ」
「・・・やめて」
「大丈夫だ。抵抗するな」
俺の背中に乗っている足の力を強くするヨルガは楽しそうだった。
酔いが醒めたら覚えてろよ。
「途中で止めたからまた最初からだなマオ。もう一度楽しめるぞ、よし、そうだな。次はメトとリンネもやってみろ」
俺への指導だけでは飽き足らないのか、ヨルガはメトとリンネにも目を付けた。そうして俺同様に彼女達もこの意味のわからない空間に巻き込まれた。
「なんで私が!?」
「やれ」
「はい・・・」
トボトボとした足取りでメトはこちらに近づいてきた。
その時に彼女がこちらを睨んでいるのがわかったが、ヨルガの激しい指導により疲れ切っている俺にとってそれは全く気にもならなかった。
俺はメトを見て汗のかいた顔を向けて満面の笑みで返す。
「こちらの世界へようこそ」
「っ!」
メトは俺を犠牲にしてずっとおとなしくしていて気配を消していた。
その報いを受けるがいい。と俺は心の中で悪態をついた。
「アンタのせいよ」
「まぁな」
「後で殺す」
「お互い生きてるといいな」
隣に来たメトは小声で文句を言ってきたが、俺はそれを華麗に受け流す。
「リンネすまん」
一応リンネにだけは謝っておいた。
「キュイ〜」
この返事は仕方がないな。といったところか。
「私にも謝りなさいよっ」
「五月蝿いな、さっさとやれよ」
「貴様らっ、私が優しくしている内にやるんだ」
「「はい・・・」」
「1、2、3、」
俺とメトは酔っ払った指導官ヨルガに命令されるままに体を動かすのであった。
「87、88、89」
頭の中のほとんどがヨルガがカウントする数字で埋め尽くされていた。
腕を曲げて伸ばす、後はその繰り返しだ。
それを続けていると、いつの間にか額から垂れた汗が地面に落ちるようになっていた。
直下の地面は草原なので俺の顔の下には汗で作られる水溜りは出来ていないが、もしもそこが木材の床ならば、びしょ濡れになっていたに違いない。
腕を伸ばし切った瞬間の束の間の休息、そこでチラッと横を見るとリンネの眠る姿があった。
ーーー実に羨ましい。
リンネは筋トレから途中で抜けて眠っていた。ヨルガはリンネがトレーニングを中断しても何も言わなかった。
そもそもリンネは腕立てをちゃんと出来ていなかったので数には入ってなかったのかもしれない。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
しかし俺がサボろうとすると。
「サボるな」
横っ腹を軽く蹴られることになるのだった。
そしてその度に
「もう限界か?」
「はい」
「いや、まだまだいけるはずだ。そうだな?」
「はいっ・・・」
こういうやり取りをすることになる。
じゃあ聞くなよ。とは言えなかった。
「98、99、100」
だがそんな中で俺達は何とか百回をやり遂げる。それは筋トレが始まって十回以上の挑戦後のことだった。
「ではそろそろ私も参加することしよう。嬉しいだろ?」
嘘だろ。まだやるんですか?
ヨルガの発言に俺は耳を疑った。
メトは俺の横で胃の内容物を地面にぶちまけていた。
汚ねえな。
悪夢はまだまだまだ終わりそうにない。
それは死屍累々たる有様だった。
信じられないことにヨルガは筋トレしながら水代わりなのかたまに酒を飲んでいた。泥酔状態となった彼女の筋トレはいつまで経っても終わりに到達しない。
俺は腕立ての回数が五百回を超え始めた頃に数えるのをやめた。
メトは今日食べたもの全て吐いていた。
俺も気持ち悪かったが勿体ないのでなんとか我慢した。
リンネは気持ちよさそうに寝ていた。
もう俺にはこの場をどう収拾をつければいいのかわからなかった。
「暑くなってきたな」
そんな中で一人だけ元気なヨルガは酒で上昇した体温を下げるために着ていた鎧を全て外し、上半身の服を全て脱いだ。
それで上部は下着だけになった。
この奇行を俺が止める術はなかった。
体力や精神力が削られ頭がぼうっとしているせいで反応が鈍くなっていて、それどころではない。
「よしお前達も脱げ」
「へあ?」
「なんでそうなる」
ヨルガはまた変な事を言い出した。
そうして俺とメトを起こして無理やり立たせる。酔っ払いの行動は突発的でめちゃくちゃ強引だった。
「私の命令だ、脱げ」
「嫌よっ」
「なんでだ?」
「暑いなら私の魔術で冷やしてあげるわよ」
「いいから脱げ」
メトは服を脱がされると思い口を拭って覚醒したあと抵抗を試みたが、それは無駄だった。
ビリッ。
ヨルガはメトの服に手をかけ無理矢理脱がせようとしたがメトはそれに抵抗した。
結果、脱がせる方向とは逆の方へと服を引っ張られ服の耐久力が二人の力に負け上半身の服は無惨に破れた。
「いやぁぁぁぁあああああ」
「すまない破れてしまった」
「アンタは目を閉じなさい。こっちを見たら殺すわよ」
メトは涙目でこちらを睨んでくる。
言われた通りに目を閉じようとしたら、
「目を開けろ!閉じるな。そしてお前も脱げ」
ヨルガは全く逆の命令をしてきた。
どうすればいいんだよ
俺はメトの服の残状を見ていたので破られる前に脱ぐ事にした。
そして下着だけの姿になった。
「では私も脱ぐことにしよう」
俺に習ってか思いきりがいいヨルガは上半身以外の部分もパージして完全な下着姿になった。
魔物が出る大草原。
しかしそこにいるのは、
下半身に下着だけを履いてる俺
上半身の服が破れて泣いてるメト。
それに下着姿で酒を
お腹を膨らませて可愛く寝ているリンネ。
そして片付けられていないジャモスの死骸。
めちゃくちゃな空間が出来上がっていた。
「マオ、私の体を見ろ」
ヨルガは再び変な事を言ってきた。
変態か?
しかし現在の俺は命じられればそのまま従う人形と化している。だから言われたままにヨルガの体をじっと見た。
「この鍛えられた肉体。何処へ出しても恥ずかしくないだろう」
「そうですね、良い体ですね」
ヨルガはポーズをとって俺にそれを見せてきた。非常に目のやり場に困る光景が俺の前で繰り広げられていた。
「であろう?メト。お前が脱ぐのを恥ずかしがっているのはこの贅肉のせいだ。醜い豚のように乗っている肉のな」
俺が褒めるとヨルガはメトの近くへと行き、彼女の腹の肉を摘んで駄目出しする。
メトは静かに泣いていた。
流石に少し可哀想だった。
「そしてマオ、お前は貧弱だ。まず筋肉が足りない。もっと肉を食って鍛えろ」
「うっす。頑張ります」
俺にも駄目出しが来たので元気に応えておいた。ヨルガはこんな感じの返答が好きなのは筋トレの時に理解した。
「なんかこの下着も鬱陶しくなってきたな。よし脱ぐか」
流石にそれは不味い、
「おいっ、メト!ヨルガを止めろ」
全裸は駄目だと、俺はメトに助けを求める。
しかし彼女は壊れたように全く反応しない。
ただ涙を流している。
使えねぇ。
「なんでだ?見てみろ。美しいだろ?この体を布切れで隠す方がおかしいと思わないか?隠すというのは何か隠さないといけない事情があるからだ。しかしそんなもの私の体にはない!」
必死で止めたが俺の力では敵わない。
暴走するヨルガにぶん投げられ地面に転がった。そうして酔っ払い娘は全てから解放され一糸纏わぬ姿になった。
俺はその時に初めて女の子の全裸を見ることになった。
「どうだ!私の裸を見ろ!」
あ〜紛うことなき変態だ〜。
ヨルガは仁王立ちで堂々と立っていた。
色々と丸見えだった。
それからヨルガは酔いが醒めるまで俺とメトに自分の全裸姿を見せつけてきた。
確かにヨルガはいい身体をしていた。
「シチュエーションって大事なんだな」
とびきりの美人の裸だったのだが、俺は何か残念な気分になった。
でも一応しっかりと記憶には残しておこう。一応な。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます