第18話 ジャモス

「いつになったら着くんだ?」


早朝にメトとヨルガに叩き起こされた俺は二人に言われるがままに準備をし、碌に頭が働かない状態でリズベルの街を出ることになった。


昨日のこともあったので従順にして逆らわなかった。朝から怒鳴られるのは嫌だからな。

そして目的の場所もわからないままひたすら歩かされていた。


「もうすぐよ、貧弱ね」

「マオは強くなりたいのだろう?それにはまず適度な運動に食事が必要だ!それに天気もいい、見てみろ快晴だ!今日は訓練には丁度いい日だぞ!!」


ヨルガの様子が少しおかしい気がする。

いつもより声も大きいし。


「なんでアイツはあんなにやる気満々なの?」


昨日の夜、何かあったのか?

気になったので隣にいるメトに小声で聞いてみた。


「わかんない。たぶん体を動かせるからじゃない?あの子は訓練とか鍛えるとかそういうのが好きなのよ」

「なるほど」


確かにヨルガは馬車で王都からリズベルに向かう道中も筋トレしてたもんな。腕立てとか腹筋とか。兵士時代の日課が抜けないのかね。


「はっはっは、皆のもの参るぞ!」

「やっぱおかしくね?」

「おかしいわね」


ヨルガはリズベルの街を出てから常時そんな感じだった。かといって別に迷惑な事をしているわけではないのでどうという話でもない。

このいつまで続くかわからない散策を無言の中で続けるのは存外きつい。

だが自分で話し続けるのはもっと疲労が溜まるのでヨルガのように一人ぐらい元気な奴がいるのは良い事なのかもしれなかった。


そんなに元気ならヨルガさん、俺を背負ってくれないだろうか?そんな事を思いながら後ろの箱の上で寝ているリンネを見る。欠伸をしながら時たま起きて辺りを見回している姿は可愛く、そして同時に羨ましかった。


まだ眠いし疲れた・・・。

少しでもそれらから気を逸らす為に俺はメトに話しかける事にした。


「いい加減何をするかぐらいは教えてくれないか?」

「そうね。ここまで来たら逃げたりもしないだろうし」

「何させる気なんだよ」

「これよ」


メトは一枚の紙を懐から取り出して俺に渡して来た。

・・・依頼書か。

俺はそれを受け取り目を通す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


討伐対象。ジャモス。


討伐証明部位。

眼球【損壊状態でも可】


場所。雲の森近郊。


討伐目的数。三体。


討伐目的数以外の討伐数一体につき銀貨五枚。


依頼報酬大銀貨二枚。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「討伐依頼か」


どうやら二人は朝早く探索者組合に行き掲示板から依頼書を引っ剥がして俺の同意なしに依頼を受けてきたようだった。


「白無級の常在依頼だから簡単よ」


探索者組合の依頼には主に三つ種類がある。


それは常在依頼、緊急依頼、指名依頼の三つである。


常在依頼は探索組合の掲示板にいつも貼ってある依頼で、主な依頼主は探索者組合か、そこに住む地元民である。


探索者組合そのものが依頼を出す場合の資金はその場所を領地としている貴族が出している。魔物を無視していると魔物は当然増える。すると魔物が溢れ街道は封鎖される。

その間は行商人などの人の行き来が少なくなり結果的に財政が逼迫することとなるので領主が資金提供をしているのだ。


緊急依頼は魔物の来襲など、ある一定時期に起こる突発的何かが起きた時に出されるものとなる。

緊急性があり危険なことも多い為、常在依頼よりは報酬もお高めである。


指名依頼はほとんど貴族か商人が出すのもだ。やんごとなき方の護衛依頼、手に入りにくい薬草の採取、俺達の偉業を為せというのもある意味では指名依頼とも言える。

本来指名依頼を受けるのはもっと等級の高い探索者なので今の俺達には関係ないものだ。

勿論三つの中での報酬はこれが一番高くなる。




今回俺達が受けたのはその中の一つである討伐系常在依頼だった。

依頼難易度は白無級なので一番下。

つまりこの依頼は探索者なら誰でも受けれる簡単なお仕事というわけだ。


「だからこれか」

「その通りよ」


俺は箱の上部にある木箱を目線で示した。

これは二人が何処かからか運んできたもので今は無理やり箱の上部に縄で縛られて固定されている状態だった。


それが乗っている理由は魔宝具である箱の中に魔物の死骸をいれるわけにはいかないからだ。と俺は依頼内容を知りすぐに理解した。


討伐証明部位。眼球。

それを蘇りの箱の中に入れて万が一にも復活したら困るからだ。


討伐証明部位がなければ討伐したことにはならない。今回の仕事は討伐系の依頼だ。

だから持ち帰らなければならないのだが、蘇ってしまえば依頼は失敗になってしまう。

だからそれを踏まえて用意されたのが木箱だった。


「標的のジャモスってのはどんな魔物なんだ?」


俺は依頼書をメトに渡しながら尋ねた。


依頼書には一応魔物を簡易化した絵が描かれているのだが、それだけではなんとなくの見た目しかわからない。


いくら白無級の討伐依頼だからと言っても順序を大切にするなら受付員に話を聞き、準備をしてそれから討伐に向かうのだが、メトとヨルガの所為で俺はその過程をすっ飛ばしてしまっている。だから代わりにメトから情報をもらわなくてはならない。


「体の全身に灰色の毛が一杯生えてるやつよ。それで移動するの」

「それで?」

「速度は遅いわ。でも毛に捕まるとそのまま取り込まれて窒息するから気をつけてね」

「他には?」

「弱点は眼球ね。大きいやつ」

「メトは戦ったことあるのか?」

「あるわよ。楽勝だったわ」

「どうやって倒したんだ?」

「氷弾で貫いたのよ。それで終わり」

「遠距離攻撃で倒したと?」

「そうよ」

「俺は遠距離の攻撃手段がないんだけど」

「ヨルガは毛ごと真っ二つに叩き切ったって言ってたわよ」

「それも無理そうなんだが」

「まぁ、大した魔物じゃないから大丈夫よ」


二人にとっては簡単でもそれは俺にとってはではない。聞いただけの情報からジャモスとの戦闘予測をする。


うん、全身を毛に纏わりつかれて捕まる未来が見えた。

ダメだな。

松明でも持ってれば近づいても燃えるのを恐れて魔物が近づいてこなかったかもしれないのにその準備はしていないのでその手は使えない。

こんなことなら俺も早く起きて話を聞いておくべきだった。


「私には物足りないけど最初の依頼だしね、アンタの為に簡単な魔物にしておいたわ。優しいでしょ。感謝なさい」

「・・・俺の為にありがとう」

「どういたしまして」


悪意のなさそうなメトの言葉を受けて、一応俺は感謝の意を示した。


「着いたぞ!」


一人だけ前に突出しているヨルガが叫ぶ。


目的の場所に到着したようだ。

そこは一面の大草原が広がる気持ちの良い場所だった。だが俺はメトから魔物の情報を聞いて激しい不安感に襲われていた。




雲の森近郊。


陽の光に草の香り。

広々とした大草原。

これで自由の身なら地面に腰を落として肉を挟んだパンにでも齧り付きたいような場所だった。しかし今は依頼を受けた探索者だ。

ここに来た目的は日帰りの旅行などではない。


俺達は討伐対象である。ジャモスを探して草原を探索し始めた。


「あんまり人が居ないな。常在依頼なんだろ?何組かぐらい探索者のパーティーが居ても良いよな?」

「探索者が仕事を受けるには時間が早いし、あとは受付員に人が少ない場所を聞いて来たからよ。他の探索者はもっと西にいると思うわよ」

「場所が違ってもいいのか?指定されてただろ?」

「ここもその場所の範囲内だからいいのよ。ジャモスの出没地域はいくつかあるけどここはリンベルからは少し遠くてあんまり人が来ないから個体数も多いって言ってたわ。だならここに来たの」

「危なくないのか?」

「だっていっぱい人がいる所で標的を探すのは面倒でしょ?大丈夫よ。私とヨルガが居るんだから。今日のアンタの目標は魔物を一体だけ狩ることよ。それ以外は考えなくていいの」

「・・・了解」


「見つけたぞ。二人とも」

メトの狙い通り獲物を見つけるのにそう時間は掛からなかった。


しかしヨルガが指し示す方向には小高い丘があったが、俺にはそこに依頼書の簡易絵と同じ姿の魔物がいるようには思えなかった。


「何処だ?」

「あれだ。あの緑のやつだ」

「アレは植物じゃないのか?」

「よく見なさいよ。微妙に動いてるでしょ」

「風じゃないのか?」

「風なら地面側は動かないでしょ?」

「ホントだ」


そこには動く巨大な丸い木のようなものがあった。メトの話だと灰色の毛を持つ魔物だということだったが色は完全に緑色だ。


「ジャモスは体の色を変えるんだ。それで擬態する。ここだと植物に化けているんだな。動いている状態だと近づけばすぐに分かるが、止まっていれば動物は隠れるのに丁度良いと思ってそこに入る。その時に捕食する魔物なんだ」


ヨルガさん怖い説明をありがとう。

動いてなければ俺も珍しい形の植物として納得していたかもしれない。


「敵対すれば灰色に変わるわ。それが本来の姿なの。驚いた?」

「次からは教えてくれると助かる」

「観察力を鍛える為に黙っててあげたの」

「俺がわからないのを見て楽しみたかっただけだろ?」

「それもあるわ」


相変わらず良い性格をしている。


「それでどうする?私達三人で狩るか、それとも一人でやるのか」

「一人でしょ。ちょうど一体しかいないんだしチャンスよ。死に掛けたら助けてあげるわ」

「毛に気をつけろよマオ。窒息させられるぞ」


二人の教育方針は共にスパルタだった。

手本を見せてくれるとかそういうのではないんですね。そうですか・・・そうですか。


「やればいいんだろ?」


「頑張って」

「頑張れ」


俺は一人でジャモスを討伐しないといけないようだ。




「デカくね?」


一言で言えばジャモスは毛の怪物であった。

全身緑色をしているので遠目からはわからないがよく見ると毛の一本一本がウネウネと動いていて気味が悪かった。

リンネとは違いお近づきにはなりたくない見た目をしていた。


「その分動きはトロいから張り切って行ってきなさい。骨は拾ってあげるわ」


メトの優しさのない激励を受けて俺は短剣を構えた。それから少しずつジャモスに一人で近づいていった。


「うぉぉぉぉぉぉおおおお」


そうして恐怖を消す為に気合いを入れて突っ込んでいった。


「うぉぉぉって、黙って行きなさいよ」


しかし後ろからメトが走って来て、後ろ襟の部分を掴まれ止められて頭を叩かれた。


「なんで邪魔するんだよ。俺は気合いをだな・・・」

「アンタが五月蝿いからあっちも完全に臨戦態勢よ」


メトの言う通りジャモスの色が緑色から灰色に変わっていた。

毛の間から大きな眼球がこちらを覗いていた。


怖ぇえええええ。


「よし、今回は諦めよう」

「何言ってんのよ。まだ何もしてないでしょ」

「だって怖いし、見てアレ。めっちゃ見てくるよ?」

「ヨルガ、アンタからもこいつになんか言ってやりなさい」

「マオ、あんなのぶった斬れば怖くないぞ」

「そうよ氷弾でドカンよ」

「そうだな。剣でバサリだ」


揃いも揃って脳筋かよ。

二人は全く使えない助言を俺にくれた。

メトとヨルガとの会話からは有効な手段は浮かばないと判断した俺はとりあえずジャモスを観察してみることにした。


こちらが動くと眼球も動く。

いちいち怖いんだよ。

でもこっちに向かって襲ってくるようなマネはしない。

動きが遅いのは本当なのだろう。


それにしても大きいな。

あんなデカいのにこんな小さい短剣でいけるのか?


本当はこのまま踵を返して帰りたいが、メトとヨルガは俺の背後でプレッシャーをかけ続けてきていた。


まず一当てしてみるか。


俺は今度は叫ばずにジャモスへと近づいていった。情報通り動きはゆっくりだった。

目の前まで来ても俺に襲い掛かってはこない。ただ手を伸ばすように毛をこちらに伸ばしてきていた。


「近づくなっ!」


有難いのは切るのが毛なので罪悪感が少ない事か、生き物に剣を振るうのはまだ抵抗感がある。だからそれに関しては助かった。


俺の一振りで毛の一部が切れた。

よしっ。と思うが人で言えばこれは髪の毛が切れただけ。ジャモスには何の損傷も与えていないのと同じことだ。


俺は何度か短剣を振って毛を切っていく。

さっきまでこちらを見ていた眼球は既に奥に引っ込んでいた。

これでは弱点は突けそうにない。


何度か毛を切ったせいで切れた毛が短剣や腕に絡みついていた。しかもその毛は本体から離れてもウネウネと動いて俺の体に纏わりつこうとしていた。


気持ち悪っ。


その毛に気を取られた一瞬で、ゆっくりとだがジャモスは俺との距離を縮めていた。

それに気が付いた時にはもう遅かった。


まずは短剣を持っていた腕の部分から毛に纏わりつかれ、毛を解くことが出来なくなった。そして次に全身を覆うように毛を動かされて俺は動くことを完全に禁じられた。


「助け・・・・・」

「だっしゃぁぁあああああ」


俺がやられると感じた瞬間に変な掛け声と共にジャモスは真っ二つになった。


窮地から救ってくれたのはヨルガだった。


「怪我はないか?」


ジャモス毛から俺を引っ張り出してヨルガが聞いてくる。


「助かった。危うく取り込まれるところだった」

「仲間だからな。当然だ」


俺を助けてくれたヨルガは凄く格好良かった。


「アンタ、センスがないわ」


後方にいたメトは俺を見て落胆していた。


「おいっ」

「だって本当のことだもの」


それから何度もやったが、ついぞ俺がジャモスを討伐することはなかった。


「リンネ、危ないぞ!」


途中リンネがジャモスに突っ込んで行き、俺は慌てたが、なんとリンネまで単独でジャモスを倒すのに成功してしまった。


「本気で従魔師目指してみたら?」


メトはこちらを見て生暖かい目をして言った。俺は自分がリンネよりも弱いことを知った。

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