第17話 銀の器

「何の問題なく登録できたな」

「ようやくここからが始まりね。さっさと強くならないと」

「急ぎ過ぎは良くないぞ」

「にしてもリズベルの飯は安くて助かる」

「王都に比べれば何処でもそうよ」

俺、メト、ヨルガは探索者登録を終えると探索者組合に併設されている酒場に腰を下ろして食事をしていた。


「まぁ、俺は王都のバカ高い酒場で飯の支払いなんてした事がないけどな」

「アンタのご飯は猫の残飯だものね」

「猫の残飯・・・マオ、よく生きていたな」

「体だけは丈夫なのが救いだった。風邪とかも引いた覚えがない」

「馬鹿は何とかはって言うものね」

「じゃあお前も風邪は引かなそうだな」

「なんですって」

「食事中に喧嘩をするな」

「キュイキュイ」

ちなみにリンネはテーブルの上で俺が頼んだ肉入りスープから肉だけを抜いて食べていた。


テーブルの上には一口大に輪切りされた大量のパンが乗った大皿が一枚。肉スープとガザという果実を絞ったジュースがそれぞれ三人分。

本来ならこの飲み物には酒が入っていたのだが、ヨルガの手前それは抜いてもらい喉を潤すためのものに変わっていた。

少し酸味があったが味も悪くなかった。


「ここの名物ってケーキだったよな?でもメニューにはなかった」

「猫の話が本当ならね」

「あいつらは嘘は吐かない」

「アンタの猫への信頼は度を越してる気がするわ」

「猫は嘘を吐かないのか?」

「俺が知る限りではそうだな」

「そうなのか」

「アンタが嘘に気付いてないだけかもよ」

「だからそれはありえません」

「別にどっちでもいいわ。そもそも酒場にケーキは置かないでしょ」

「本当に名物ならば街で食事すれば食べることができるだろうから楽しみにしておこう」

「絶対に名物のケーキはある筈だ」

「そうだといいわね」

「私は甘いものも好きだから猫の事を信じることにしよう」

雑談をしながら食事をしていると時間はあっという間に進んでいく。

「次にここで食べるのは依頼を完遂してからだ」

俺は最後の一口を放り込み、それを飲み込んでから二人に問いかける。


「腹も一杯になったしこの後はどうする?依頼を受けるか?」

俺は掲示板を顎で指し示して言った。

「やる気があるのは結構だけど、今日は無理ね、ここから魔物が出る場所まで行くのに少し時間がかかるし・・・今日は疲れをとって準備をしてからの方が良いわ。それに今夜の休む場所を確保しないと」

「そうだな。先に宿を決めておいた方がいいだろう」

「俺は外で寝ても大丈夫だぞ」

俺が冗談でそう口にすると、


「絶対に嫌」

「私もそれは嫌だ」


二人は即座に拒否してきた。


「なら食事が済んだら宿探しだな」

二人の意見を採用。

そうして俺達の次の行き先が決まった。




「ここ何処だ?」

勿論リズベルにいるのは間違いない。

しかし街の何処に居るのか、ここに来て一日目の俺は現在地がわからなくなっていた。


探索者組合から出た俺はメトとヨルガと共に良さそうな宿屋を探していたのだが、その途中、リンネがいきなり横道に逸れて走り出したので俺はそれを追い掛けた。

宿屋を探している時には一番後ろで付いて行く形で歩いていたので、メトとヨルガの二人は背後から消えた俺に気付いたのかは定かではない。


俺よりも二人の方が身体能力は遥かに高い筈なので現時点で追い付かれていないという事は、そういうことなのだろう。


地元の人間しか知らないような道をリンネを追ってあまり考えず走って来たものだから元の道へと戻り方もわからない。


あいつらも大人だし大丈夫だろう。

そう安易に考えたいところではあるのだが、俺が全ての金を持っていることを踏まえて考えると宿屋に行っても宿の確保が出来ない、だとするとメトがその怒りを後で俺にぶつけてきたとしても不思議ではなかった。

戻ったら怒られそうだな。

面倒だ。

これからの未来を想像し辟易としながらも俺はリンネに追いついた。


リンネは見知らぬ店の前に居た。

行儀よくその店を見ながらじっと座っていた。

「悪い子め」

俺はリンネの側に近寄り捕まえ抱えた。

「どっちだ?」

どこから来たのか、元の場所がわからないので進みようもない。

方向はたぶんあっちか?

でも何度曲がったのかもわからない。

逆だって可能性もある。

方向音痴というわけでもないが何ぶん初めての土地だ。

どうしようか?


適当に歩いたらその内知っている場所に戻れるだろうと思い、その場の思いつきで方向を選択し歩を進めようとすると、リンネが懐で暴れ出して着地した。

そして店のドアに近づきドアを掘るようにカリカリし出した。

「入りたいのか?」

「キュイキュイ」

リンネは俺の言葉に反応しこちらを見つめてくる。

「ちょっとだけだぞ」

どうせ怒られるのは一緒だ。

可愛さに負け店の扉を開けて俺とリンネは中へと入って行った。




店の中に入り最初に思ったのは薄暗いな、という事だった。

灯りはあるのだが光が鈍く全体的に見えずらい、通路は普通に歩けるが置いてあるものが多かったので気を使う。

ここは雑貨屋か?

俺は箱をぶつけないように調整しながら歩き、リンネを追いかけた。


リンネはいつになく積極的だった。

まるで自分の行くべき場所がわかっているかのように歩みに迷いがない。

そうして奥に進むと薄暗くて気づきもしなかった場所にカウンターがあり、そこに一人の老婆が座っているのが見えた。


「おや、可愛いお客さんだわさ。いらっしゃい」

老婆は特徴的な話し方をしていた。

声が若く可愛らしかったので、そのギャップが妙に気になった。

相貌は大きなつばの帽子を被っている所為で顔が隠れてよく見えない。

黒一色の服の所為か全体像が捉え難い。

店の主人である老婆は怪しいという言葉を服で表現したような格好をしていた。


俺は一瞬怪しい婆さんの格好にたじろいで歩みを止めてしまったが、リンネはそんなことを全く気にする様子もなかった。

「見るのは無料。でも壊したらどんなものでも買い取ってもらうんだわさ」

「・・・わかりました」

俺は短く婆さんに返事をする。


「色々危ないからゆっくりな。ゆっくり進んでくれ」

少しは金はあるが弁償とかをしている余裕はない。しかもこれは俺だけのものではないのだ。全てが弁償代となり消えてしまったらマジで殺されかねん。

それは無いにしても氷で串刺しくらいはありそうだ。傷が治るこの箱があるからな。


第三者が俺を見ていたら顔から不安さが浮き出ていたのが確認出来ただろう。

俺はその感情を隠す事をせずにリンネの背中を目で追った。

リンネは器用に色々なものが置かれているテーブルを渡り、一つの商品の前で止まった。

それは汚れ一つない銀色の器だった。

「これが欲しいのか?」

「キュイ!!」

俺がその銀の器を手に取るとリンネは激しく反応した。


綺麗な器だが、なぜこんなものを?と俺は疑問を持つ。

でもこのリンネの執着のしようは購入しなければテコでも動かなそうだった。

「すいません、これって」

「金貨一枚と大銀貨三枚だわさ」


高いっ!


「リンネ。明日からのご飯は貧相なものになると覚悟しておけ」

「キュイ」

「これ下さい」

「毎度ありだわさ」

俺は結局リンネにねだられるままに器を購入してしまった。

また二人に怒られる事情が増えてしまった。

どう謝ろうか?

そんな事を考えながら俺は銀の器をリンネにプレゼントした。




「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁあああ」

俺は二人に会った瞬間に直ぐに頭を下げて謝った。それから何があったかを説明し、申し訳ないという気持ちを体で精一杯表現した。

「許してあげる・・・んな訳ないでしょ!このお馬鹿!」

結果メトの拳骨が飛んできた。

「無事で良かった」

ヨルガは一応心配してくれていたようだ。


「人は殴っちゃいけないんだぞ。メト」

「あら知らなかった?みんなのお金を勝手に使うのも駄目なのよ」

「知ってる」

「じゃあなんでやったのよ!」

「衝動的にやりました」

「話にならないわ。金貨一枚と大銀貨三枚もそんなよくわからないものに使うなんて、アンタ馬鹿なの?」

メトはリンネが持っている件の器を見てお怒りだった。


「さーせん」

「アンタはお金の有り難みだけはわかってると思ってたわ」

「今まで持ったことのない大金を持ち歩いた結果調子に乗りました」

「マオ、お金は大事だぞ」

わかっている。自分でもなぜこんな事をしたのかわからない。リンネにねだられて気が付いたらこうなっていたんだ。


「アンタとリンネは今日は外で寝なさい。節約よ。ううん、その箱もある事だし・・・しばらく外でもいいわね?」

「え〜」

「え〜じゃないわよ」

俺が不満の声を上げるとメトは睨みつけてきた。

やだ。マジ怒りじゃないですか。メトさん。

顔怖いですよ。


「うん、ちょうど良かったわ。そうよね?ヨルガ」

「宿はあそこにするのか?」

「そうよ。あの宿屋は本当はリンネが居たら泊まれなかったけどこいつらは外で寝るんだし大丈夫になったわね」

「だが流石にそれは可哀想ではないか?」

「大丈夫よ。こいつは元々家が無かったし、リンネだって外で暮らして来たんだから」

「それはそうかもしれないが」

「いいのよ。無断でお金を使ったこいつらが悪いのよ」

メトは怖い笑顔を俺に向けてきた。


「私達はさっきいい宿屋を見つけたんだけどそこは魔物は泊まれないって言ってたからやめようとしていたの。だってリンネが可哀想だからね。でもアンタ達は勝手な事をしたわよね。だから私達も勝手にするわ」

「マオ、リンネ。すまない。都市外なら兎も角、私に街での野宿は無理だ」

「これは私達が管理してあげる。大丈夫よ。アンタみたいに勝手に使ったりはしないわ」

メトは俺から貨幣の入った小袋を奪い取る。

「反省なさい」

「すまないっ」

そうして二人は俺達を置いて去っていった。


「リンネ、お金を勝手に使うとこういう事になるんだぞ。いい勉強になったな」

「キュイキュキュ」

リンネは返事をしながら頭を振っている。

反省のポーズなのか?

先程の俺の真似をして頭を下げるリンネ。

可愛い賢いな。

「怒ってたな」

「キュイ」

「また明日もう一度謝るか」

「キュイ」

「よし、そうしよう」

「キュイキュイ」

「となれば明日に備えて今日は寝よう。箱の置き場所を見つけないとな。今入っている箱の中身も置ける所じゃないと駄目だぞ」

「キュイキュイ」

「でもどうする?宿に泊まろうと思えば泊まれるぞ?」

「キュイ?」

こうなると思って三分の一の貨幣は小袋から事前に抜いておいた。勿論店で購入した銀の器の分は、俺の分から引いている。

これなら問題ないだろう。


「反省はしている、だが後悔はしていない・・・でも今日ぐらいはアイツらの顔を立てて外で寝るとするか」

「キュイッ」

家がなくとも懐は暖かい。

いつかの為に今夜の宿屋の分は節約しておこう。それに反省しているポーズをメトとヨルガにも見せる必要がある。

宿屋に泊まっていたら怒りが再燃するかもしれない。流石に今度はヨルガもセットになって怒ってくるかも。


金はあるのに家はない。

いつもの路上生活。それだけは新しい街に来ても王都にいる時と何も変わらなかった。

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