第14話 リンネは可愛い

「美味いか?リンネ」

「キュイキュイッ」

    

俺は蘇った魔物にリンネという名前を付けた。名付けをすると一層親しみを持てるようなり、ついさっきこの馬車を襲ってきた魔物だというのに自分でも信じられない程に可愛く見えてしまっていた。

結果、餌付けに夢中になった。

指で摘んだ干し肉を水で戻して少し柔らかくしてからリンネの口元へと持っていくとパクッと食い付く。

娯楽のない馬車の中では愉しい時間だ。

魔物といっても懐けば可愛いものだった。

ぴょんぴょんと跳ね回るように動いたり、食べる前に餌に鼻を突っ込むようにして匂いを嗅ぐ姿はとても愛らしい。

食べる時の仕草が可愛いので結局リンネが満足するまで餌を与え続けてしまった。


ヨルガも餌やりにさっきまで参加していた。

彼女は兵士で戦う者だ。

こういう魔物との触れ合いのはあまり経験がないのかどう関わっていいのか戸惑っていた。


メトがこれに参加してないのは、リンネに認められていないからである。


「食べなさい」

「キュシャァァ」


彼女が餌やりをしようとするとリンネは臨戦態勢をとり、毛を逆立てて威嚇するからだ。

リンネは決してメトからの餌を受け取ろうとはしなかった。


「お前が嫌いだってよ」

「なんでよっ!」

「それは氷弾で串刺しにしたからだろ?」

「それは襲われたからよ」


お互い様ではあるが、一度致命傷を与えられればその相手を警戒するのも当たり前ではある。こればっかりはどうしようもなく時間の経過で態度が軟化するのを待つしかないだろう。


「許しなさい」

「キシャーッ!!」

「ダメだって」

「ふんっ」


メトは小さい魔物に嫌われて見てわかるくらいには拗ねていた。




一人だけリンネに相手にされないメトは魔術を行使して氷で器と匙を用意し、その上にパウダー状の氷菓子を作りパクパクと食べていた。


メトは定期的に同じ事をしていた。

馬車の旅でわかったのだが、これはメトの精霊揺れの衝動への対処方法である。

彼女の衝動は冷たい場所に居て体を冷やしたり、直接氷に触れたりすると解消されるみたいなのだが、その中でも食べて氷自体を体の中に入れるのが一番手っ取り早いようだ。


「お前の衝動の解消方法は美味しそうでいいな」

「食べたくて食べているならそうでしょうね。でも私は別に好きで食べてるわけじゃないの」

リンネのこともあって当たりが強い。

「それは悪かった」

「私はお酒の方が羨ましわ」

メトはヨルガの方を見て言った。

「私は私で困ってるのだがな」

「・・・だろうな」

俺はヨルガが酔っ払った時のことを思いだして首肯した。

「苦労は本人にしかわからないっことね」

メトはおそらく冷たいものが食べ物として得意ではない。

時たま顔色を悪くして馬が休憩する時に一人で消える時間がある。そしてその後スッキリとした顔で戻ってくる。

おそらく腹が弱いのだろう。

「苦労は人それぞれか・・・」

「なによ?」

「いやなんでもない」

よく隠れてスッキリしにに行ってるもんな。などと指摘するのは余りに配慮に欠けるので

旅の同行者として俺は見て見ぬ振りをしていた。


「そういえばアンタはどうしてるの?」

「何がだ?」

「会話の流れで察しなさいよ。精霊揺れのことに決まっているでしょ?」

「今のところは特に問題はない。理由は不明だ」

「暴発する前に解消しておきなさいよ」


メトの懸念は尤もだった。

強制的な精霊揺れ、つまり暴発は衝動とは程度が違う。善悪も損得も関係なしに悪戯をするものだから終わってからの後始末が大変になるのだ。衝動の解消を怠ると強制的にそういうことをしてしまう。

俺の場合は悪戯の衝動が何回か来てそれを無視していると強制的にやらされる感じだ。

理由は不明だが旅の間は衝動に駆られることさえなかった。

これまでの経験から推測すると時間的には俺にいつ精霊揺れの衝動が起きても不思議ではないのだがその兆候がまるでない。

理由がわからないので少しは気にはなっていたが、他に色々なことがありすぎて忘却していた。

「なんでだろうな?お前と会ってからは衝動が来ないんだよ」

でもそろそろ解消しておいた方が良いのは確かだった。

「なぁ?悪戯していいか?」

そんな風に軽くお願いしてみると、

「氷の槍で貫いてあげましょうか?」

「私も断る」

二人には拒否されてしまった。

言い方が変質者っぽかったからかね?

衝動が襲って来るまでは放置だな、と俺は思った。


「ヨルガはまだ大丈夫なのか?」

「私は問題ない、この前にたっぷり酒を飲んだからな」

「そうか、無理になったら先に報告してくれ」

アレに対処するには心構えが必要になる。

俺はまた骨が折られるかもしれないし。

「わかった」

俺達三人がそんな話をしている間中リンネはメトが食べ終わって置いていた氷の器に興味津々にしていた。

しかしメトには近づきたくないのか、近くに行っては離れるを繰り返していた。

「あげるわよ」

メトが優しさで氷の器を差し出すと

「キュァォッ」

リンネはメトに向かって唸り声を上げた。

メトは「なんでよ」と大声で叫んでいた。

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