第9話 ゆっくりと馬車は進む


「馬車って初めて乗ったけど、こんなにゆっくり進むんだな」

「荷物がないなら走った方が早いでしょうね。でも汗かくの嫌よ私」

「暇なら一緒に走るか?」

「それはお断りだな」


馬車の中ではやることがない。

せいぜい後ろに流れていく景色を見るだけだ。それを退屈に感じた俺は馬車に箱を乗せてその上に仰向けで寝転んでいた。


「クルミとってくれ」

「自分で取りなさいよ」

「ぐーたらなやつめ」

「ぐふっ」

ヨルガがガラス瓶に入ったクルミを入れ物ごと俺の腹に置く。

「・・・あんがと」

俺は瓶の蓋を開いてクルミを取り出し殻を握って割り、それを外に捨てて中の実を口に運んだ。馬車に揺られてオヤツとは我ながら贅沢になったものだ。

クルミの実は噛むとサクッとした独特の歯応えがして、ほのかな甘さと苦さが混じりあい癖になる味がした。

王都のクルミは高価なものと安価なものに別れる。

高価なものは自然に取れたもの。

安価なものは魔術を使い手を加えて栽培されたものだ。安価と言っても俺の手に届くような物ではない。

これは安価なクルミではあるが、俺にとってはかなりの高級品だった。


「美味い」

一気に殻を割って何粒か口に放り込み、無心でクルミを食べ続けた。


「ちょっとゆっくり走ってもらえるかしら」

「はい、えぇ。わかりました」


俺がクルミの味にも飽き始めた頃、のんびりと馬車が進んでいるのにメトは更にゆっくりと移動するように御者に頼んだ。


「私、ちょっと外に出てくるから、速度上げないでよ」

「わかった」

メトは俺が返事をすると馬車から飛び降りて急いで道を外れて走って行った。


「メトは何処に行ったんだ?」

「たぶん用を足しにだ」


ヨルガが尋ねてきたので俺はそれに頭を使わず返答した。


メトも女の子なので大声で致してくるとは言えなかったのだろう。

「あいつが何も言わずに抜け出す時は大体そうだ。腹が弱いんだよ。帰ってきても何も言わずに迎えてやってくれ」

「了承した」

ヨルガはそれ以上は何も言わなかった。




【スウィッチ】


やる事がなさ過ぎると妙な事をするのが人というものである。

俺は魔術を行使してクルミの殻を投げてはキャッチし移動させてまた投げてと繰り返していた。


それを見ていたヨルガは呆れた声で

「魔術の無駄遣いだな」と言った。

だってやることないんだもんよ。暇で暇でしょうがない。

「じゃあ酒でも出してくれグビグビ飲むから」

「まだ陽が昇っている時間だぞ」

「関係あるか?」

「あるに決まっているだろう」

ヨルガはお堅い性格だった。


「マオの魔術は物を移動させるものなのか?」

「物だけじゃなくて生き物もいけるぞ。人間は無理だけど」

「試した事があるのか?」

「猫はいけた、でも人は無理だった」

たぶん人が特別で不可能というわけではなく重さや大きさの問題だと俺は思っている。

だから精霊の力が増せば、いずれは人間も移動させられる筈だ。

「使い所によっては戦闘でも役に立ちそうな魔術だな」

ヨルガは兵士なので魔術の見方が戦う事に傾いているようだ。

だからこそ真っ先に戦闘に役に立つと言ったのだろうな。

俺はというとこの魔術を行使して最初に思ったことは悪戯に使えそうだなということだった。


「どうせなら俺は腹を満たせる魔術が良かったよ」

手から手へと物を移動させる魔術では腹は膨れない。

王都では色んな魔術を見たことがある。中には魔物の肉を複製する魔術師もいた。

「お酒だけではお腹は膨らまんぞ」

俺の言葉を深読みしてヨルガは自分のことを言われたのだと思ったようだ。

酒だけでも飲めば多少は腹の足しにはなるものな。

「そうだな。望めるならパンとか生み出す魔術が欲しかった」

「少なくとも私は見たことがないな」

「俺もない、似たようなのを見たことはあるけど」

魔術は人それぞれだ。

世界は広い。

何処かには美味しい食べ物を生み出すような魔術もあるだろう。

「マオは他には魔術を持ってないのか?」

「俺は四級魔術師だからもう一つあるぞ、ここでは何の役にも立たないけどな。ヨルガは酒に関しない魔術は持ってないのか?」

「私はお酒に関係する魔術ばかりだな」

「そうか。なら次に精霊が成長したら、お互い便利な魔術を獲得できたらいいな」

「私はお酒以外の魔術なら嬉しい」

もしもヨルガが魔導師まで精霊を成長させても、魔術の系統が偏っている場合は増強型だと思われるので次に獲得する魔術もおそらくは酒関連になるだろうが、一応はヨルガな為に俺は祈っておいた。


「メトは遅いな」

「ゆっくり走ってるから大丈夫だろ、一本道だし」

ヨルガとそれなりに長く話をしたがまだメトはまだ戻って来ていない、だがそろそろ追いついて来るだろう。


俺は寝転ぶのを止めて起き上がり、箱を操作して馬車の外に出した。箱が宙に浮き馬車に乗っている俺を自動追尾するのを確認してからヨルガの隣に座った。


「ずっと気になっていたんだが、あれはなんなんだ?」


箱を指差してヨルガは言った。


「ん?あの箱か?あれは俺が英雄候補になった時に王城が渡してきた魔宝具だ。自在に操れたり、宙に浮いたりするだけのものだな」

箱は付かず離れずの距離を保って馬車の後ろで浮き続けている。

「今も操作して馬車を追いかけさせているのか?」

「違う違う、この箱はある程度離れると俺を自動で追いかけてくるんだよ。因みに人も乗せられるぞ」

「空も飛べるのか?」

「空を飛ぶっていうよりと宙に浮くって感じだな」

「荷を運ぶ時は重宝しそうだ」

「そうだな。あんまり重くなければちゃんと追いかけてくると思う」

「もしも馬車に何かあってもいざとなれば歩いてリズベルまで行けるということだな」

「出来れば勘弁願いたい」

暇なのは嫌だが、歩いてリズベルに向かうのはもっと嫌だ。

ならばこの暇な時間が続く事を俺は望む。


「あっ」


箱のことを話していると後方に青色の髪が靡いているのが見えた。

「メトが戻ってきたな」

馬車はゆっくり走っているのでメトは直ぐに追いついて来るだろう。

「試しに大か小か聞いてみるか?」

「やめてやれ、乙女にそんなことを聞くな」

冗談めかした提案は即座に却下された。

「ちょっとした悪戯心だよ」

「絶対にやめておけよ。それと今後私にも聞くなよ」

「はいはい」

ヨルガの瞳は本気で拒否感を示していて言葉でも念を押されてしまったのでメトへの失礼な質問は取りやめることにした。

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