第8話 ヨルガの事情
揺られること数時間。
喧騒の王都から離れ、人の手を離れた自然の中の緑丘に敷かれている一本の道を馬車が進んでいく。
天気は快晴、空は青い。
風が運ぶのは草の匂い。
もしも俺が鳥ならばこの辺りの地上でこの馬車だけが異物のように見えたかもしれない。
「ヨルガさんは俺なんかに付いて来て本当に良かったんですか?」
人生初めての遠出による感慨深さは消え、馬車に揺られるのも慣れた頃に俺は口を開いた。
「ああ、これは私が望んだことだ」
「そうなんですか・・・てっきり何かしでかして飛ばされたのかと思いましたよ」
「ーーーー!!」
俺が礼儀を弁えずに彼女の内情に土足で踏み入るとヨルガは驚いた顔をした。
「アンタいきなり失礼なこと言わないでよ。ごめんね。こいつお馬鹿だから」
「いや、いいんだ。そんなにはっきり言われるとは思わなかったからついつい驚いてしまったんだ」
「で、本当は?」
「やめなさいって」
メトは俺には初対面から失礼だったのにヨルガへの対応は実に普通だった。
相手がちゃんとした人間なら一応常識的な対応をするのかと彼女を見て感心していた。
人によって使い分けは出来るようだ。
つまり俺はメトにとって最初から気を使う相手ではなかったらしい。
俺はメトに舐められている事を再確認できた。やったね。
「馬車の中で黙ってるのも暇だろ?だったら仲良くお喋りした方が良い。仲良くなるには秘密の共有が一番だ。特に失敗談はいい。後から俺も話すし問題ないだろ。お前も話せよメト」
「嫌よ」
「ダメだ。これで奢ってやらないぞ」
俺は貨幣の入った小袋を取り出す。
「アンタのお金じゃないでしょ?それはみんなのものよ」
「今持ってるのは俺だ」
「アンタねぇ〜」
「何だよ?」
メトが睨んでくるので俺は笑顔で応えた。
「アンタだって失敗談を話すのは嫌なんじゃないの?」
「俺は人生そのものが失敗しかけてるからなんの問題もない」
「恥も外聞もないのね。無敵なの?」
「まあな!」
「褒めてない」
「二人は仲が良いんだな」
そんな俺達のやり取りを見てヨルガは見当違いなことを言った。
まぁ、乗ってみるか。
「一緒に寝た仲だ」
「勘違いされるような言い方をするなっ!」
【スウィッチ】
俺がヨルガの話に乗るとメトは俺にビンタをお見舞いしてきた。
その時メトは確実に殴れるように俺が小袋を持っている手の方向からビンタを放ってきたが、俺は魔術を使い小袋の位置を入れ替え彼女の拳を手のひらでキャッチしてみせた。
「声が大きいぞメト。あと殴ろうとするな」
「アンタの所為でしょ」
「落ち着けよ。冗談なんだから」
「それでもムカつくのよ」
「ストレスはお肌の大敵ですよ」
「むきゃぁぁぁぁ」
バシッと俺の頬を叩く音がした。
残念ながら二度目は捕まえられなかった。
頬に痛みが走る。
馬車の底が抜けないくらいにはメトは力を抜いていたので俺の頬以外に被害はなかった。
軽い運動をして場が落ち着くと次はヨルガが口を開いた。
「二人はそういう仲なのか?」
「そういう?」
「恋仲なのか?と聞いている」
そしてまた大きな勘違いである発言をした。
「私がこんなやつとそんな仲なわけないでしょっ!ふざけないで!こんなこんな、何の役にも立たないウバの皮みたいなやつと!」
フーフーと。喧嘩する時の猫のような声を上げてメトはヨルガを威嚇した。
彼女は激しく動揺しながら怒りを露わにしている。
興奮しすぎだろ。適当に流せよ。
俺のことどれだけ嫌いなんだよ。
「すまないっ」
あまりもの豹変ぶりに直ぐにヨルガはメトに対して頭を下げて謝った。
「おいメト、落ち着けマジでーーー俺とメトは昨日会ったばかりだ。まだ会って二日目だな。そうだよな?」
「・・・ん」
メトは頷いた。
「そうなのか。雰囲気から昔からの馴染みの知り合いなのかとーーー思ったが気のせいだったようだ」
暗に仲が良さそうだ。とヨルガが言葉にしようとするとメトの目がまたギラつき始めたので途中でそれを止めた。
「俺達はそんなに仲良くないぞ。だよな?」
「・・・・・」
「だよな?」
「・・・・ふぅ。ーーーそうよ。仲良くはないわ!仲良くないわ!」
メトは大きな声で二度同じ事を言った。
「まぁそんなところだ」
「了承した。次は間違えないようにする」
俺は笑みを浮かべて同意する。
ヨルガはそれを見て苦笑いで応えた。
「ーーーでは私の話をするか」
この何とも言えない空気を変えたかったのかヨルガは改めて話を始めようとした。
「こいつが勝手に言い出した事なんだから別に言わなくてもいいのよ。というか無視するべきだわ」
「・・・別に知られて困ることでもないんだ。それに時間潰しくらいにはなるだろう。聞いてもらえるか?」
「貴女がそういうならいいけど・・・」
メトは不満そうな顔をした。
「じゃあメトは耳を塞いでろ。俺がちゃんと聞くから」
「私も聞くわよ」
俺とメトがヨルガの話を聞く体勢を整えると彼女は自分の事を話し出した。
「まずはこれを見てくれ」
【杯を満たせ】
ヨルガが魔術を行使すると彼女の指先に透明な水?のようなものが集まり出した。
でも匂いが・・・まさかこれは酒か?
「酒か?」
俺は思ったままを口にする。
「貴方はお酒を嗜むんだな」
「マオでいい」
「そうか、マオは酒を飲むのか?」
「そんな贅沢な身分じゃなかったからな。まぁ貰えるなら何でも食べるし飲むね」
「そうか」
この国は15歳で成人を迎える。
ここにいる全員が酒を飲める年になっているだろう。
「見ての通り私の魔術は酒に関するものなんだ」
【酒踊り】
ヨルガは指先に集めた酒を操ってみせた。
それは彼女の指が動くたびに右や左に動き最後には消失した。
「これは少し羨ましいわね」
「わかるっ」
俺はメトに同意する。
酒が生み出せるなら色々なものに使えそうだ。
「生憎そんなに便利なものではないな。でも羨ましがられることも確かに多い」
酔っ払いならば欲しがるだろうな。
後は飲み屋か?この酒が飲めるのか飲めないのかによっても違うか。飲めなかったとしても利用する方法はありそうなものだけど。
「問題は精霊揺れの方なんだ、というよりも私の体質の方かもしれない」
「というと?」
「私はお酒を飲むと悪酔いするんだよ。でも精霊揺れでお酒を定期的に飲まないといけない身体になってしまったんだ」
ここでも精霊揺れか。
俺は悪戯をしなければならないし、ヨルガは酒を飲まなければならない。
酒を飲むだけならと俺には簡単に思えるが悩みは人それぞれなのでどのくらい悩んでいるのかは実際には本人にしかわからない。
「悪酔いって人に絡むとか?」
「それもある」
「それもなんだ」
「問題は開放的になると言えばいいのか、」
ヨルガさん脱ぐんですか?
「ヨルガって露出狂なの?」
俺とメトの心がシンクロした。
でも俺は口には出さなかったけど。
「違う違う。心が開放的になるんだ。我慢がきかなくなって暴れてしまう、絡んできた奴らとかをボコっと殴ってしまったりな」
「「なるほど」」
酔うと手が出るタイプの人だったか。
酔わなくても殴るタイプの女が横にいるから俺は特段なんとも思わなかった。
「勿論誰でも彼でもという話ではない。でも酒を飲む場所だとみんな開放的になるだろう?そこには失礼な事を言ってくる人達も居てな。普段ならそんな事しないのだが酒を飲むと自制がきかなくなって受けて立ってしまうというかだな・・・」
「兵士長の顔、見ただろ?」
「あの痣のことか?」
「そうだ。あれは私がやったんだ」
こいつ上官を殴ったのか、
マジか、
「でも誤解しないでくれ。彼らは私に何か変な事をしようとか失礼なことを言ったりとかしたわけではないんだ。まぁなんというか毎回私が暴れていると止めてくれて」
それであの痣なんですか。
だから怯えてたのか。
第三部隊の皆さんお疲れ様です。
「それでもなんとか上手くやって来たのだがつい先日ある問題が起きてしまったんだ。とある貴族の騎士達と揉めてしまってな。そこで全員をノシたら非常にまずいことになってしまった」
「騎士ってのは王都でも精鋭部隊の筈だろ。そんなことができるのか?」
「私の魔術の一つは酒を飲むと膂力が上がってしまうんだよ。全員が酔っ払っていて武器は持ってなかったし素手の殴り合いだからな。だから飲めば飲むほど酔えば酔うほど力が強くなってしまう私がどんどん有利なってしまって」
「なるほど」
相性が良いと言えばいいのか、
それとも悪いと言えばいいのか。
偶然が重なった結果か。
「運良く内々に処理をして表立っては大きな問題にはならなかったが、一応責任としてマオ達の護衛という名目で私はしばらく第三部隊から離れることになった」
「それで俺達の所に来たのか」
「そうだ」
「これが私がここにいる事情だ。だからしばらくは王都に戻れない。いや戻れるかもわからない。だから街についてもよろしく頼む。清聴感謝する」
「納得した。大変だったな」
「そうだな。でも私が悪いんだ」
ヨルガは反省しているようだった。
「ということは街に着いても一緒なのね。こいつと二人きりじゃなくて良かったわ。ありがとう貴族を殴ってくれて。感謝の気持ちとしてお酒を飲む時は氷で拘束してあげるわ」
「・・・あぁ、よろしく頼む」
「いいのよ!」
メトはなんか変な事を言ってヨルガにドン引きされていた。
ヨルガの事情はわかった。
でも面白い失敗話ではなかったので空気がなんとなくしんみりとしてしまった。
この空気を変えねばっ。
「よしっ、じゃあお次は俺の話をば。う〜んどれにしようか?猫の本当の気持ちを飼い主に伝えた結果、一日中追いかけ回された話でもするか?」
俺はそれから盛り上げるべく大袈裟に話をした。そしてその次にちゃんとメトも失敗談を話した。そうして時間は過ぎていった。
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