第7話 兵士にドナドナ?

「私達どうなっちゃうの?」

「知らん」


俺とメトは起きたてで来いとだけ言われ兵士に囲まれ、そのまま何の説明もなく連行されていた。


これが連行なのか、護衛なのか。

それによって俺達の立場は大きく変わってくるのだがそれはまだわからない。


ただメトの想像は悪い方に傾いているらしくこの状況にずっと怯えていた。


その時の俺はというと、こいつもちゃんと怖がったりするんだな。などと別に今考えないでいいような事を頭の中で思っていた。


悪い方に考えてそれが当たっていても、自分の力ではどうにも出来ないというのが逆に幸いして心は落ち着いていた。


こんな兵士達に何の準備もなしで囲まれたらね。付いて行くしかないだろ?

だってこんなのただの強制じゃないですか?


多分この中で一番足が遅いのは俺。

つまり逃げても意味がないのは分かりきっている。


「ねぇ、私の話聞いてる?」

「なるようにしかならないだろ」

「なんでそんなに余裕なのよ。アンタおかしいわよ」


どうしようもないってのが一番大きい。

こういう時は考える材料が揃うまで待つしかない。


「いっその事貴族気分を味わうと良い。前向きに行こう」

「心臓に毛でも生えてるの?でも今はその無神経さが羨ましいわ」

「弱さを極めるとこうなれるぞ」

「それを聞くとなりたくはないわね」


そのまま兵士に囲まれて街を歩く。

大通りではこの集団は酷く目立った。

王都はもう賑わっている時間だ。

そんな中で俺達一行は街の注目の的だった。


通り過ぎる人全てが俺達に引き寄せられるように視線を誘導されている。


その中には知り合いの姿もある。

街で通り過ぎるだけの関係のやつらから多少は話す程度の住人もいた。


彼らには俺達が護衛対象なのかそれとも犯罪者に見えたのかどっちだろうか?


おそらく後者だろうか?

服を見れば大体の身分の予想がつく。

だが拘束はされていないので裏を読む人間なら御忍びの貴族の火遊びに見えた人もいるかもしれない。


そんな大勢の人間に見送られながら俺は王街の正門の入り口の近くにある兵士の詰所へと連れてこられた。


連れていかれるのは王城かとも思ったがこっちだったか。

尋問かな?

逃げていいかな?無理だけど。

「私達殺されないわよね」

「やめろ」

メトが不吉な事を言い出したのでより一層嫌な予感がしてきた。

なんでこいつは余計な事を言うんだろうか。

扉に手をかける兵士を見て俺は予感が当たりませんようにと願っていた。


孤児院の側に簡易的に作った寝床から詰所へと移動した俺達は詰所の中にある一つの部屋に案内されて今は椅子に座らされていた。

こちらには二脚の椅子。

勿論座っているのは俺とメトだ。

テーブルを挟んで向かい側には一人の兵士が座っていた。


「ーーーこれを」


必要以上のことは喋らないように言明されているのか兵士の言葉数は少ない。

ここに来るまでもそうだった。

彼らはずっと殆ど言葉を発しなかった。


兵士が取り出したのは蝋で封をされた開けられていない一枚の封書だった。

それがテーブルを滑って目の前に置かれる。


「開けろってことですよね?」


俺の問いに兵士は小さく頷くことで応えた。

その兵士の様子を見て徹底しているな。などと俺は思った。

 

ここに連れて来られる間は叛意があると誤解されるのも嫌だったのでなるべく余計な動きをしないようにしていた。

そんな人形のように固まっていた身体を始動させて俺は封書を手に取り封を開けた。


中には一枚の手紙。俺は黙って目を通していく。


「ふっ」

「なんて書いてあったの?」


俺が手紙を見て鼻で笑ったのが気にかかったのか隣にいたメトが話しかけてきた。

一応彼女は送り主にだけへの、つまり俺だけへの伝言が書かれている可能性を考えてか、封書を手に取って開く最中も目を背ける対応をしていた。


「王都ではマジで余計なことを何もせんでくれ。だとよ」

「なにそれ?訳さないでもっとちゃんと説明しなさいよ」

「いや見てみろって。俺が今言ったそのままの言葉が書かれているだけだから」


「これってメトが見ても大丈夫ですよね?」


俺は一応兵士に確認する。

「あぁ」

兵士は顎を引くだけで軽く応えた。


「ほら許可が取れたぞ。見てみろ」


メトは兵士の返事を聞いて恐る恐る手紙を取りその中身に目を通す。


それから少ない文字で書かれた手紙を何度も何度も読み、それからひっくり返したりして他にも文字が何処かに書かれてないかじっくり見定めてから手紙をテーブルへと戻した。


「何よこれ。本当にそれしか書いてないじゃない」

「だから言ったろ?」


ほらな。と俺はメトに肩をすくめて応えた。


「これって簡単に言えば王都から出て行けってことですか?」


王都ではと明記されているということは他の場所に行け。とのことなのだろうか?と俺は考えて兵士に尋ねた。


「そうだ」


そうなんかいっ!

短く分かりやすい返事で兵士は答えた。


英雄候補になり一日で俺は王都を追放されてしまったようだ。原因はなんだろう?


俺が英雄候補になり立場が変わったにも関わらず路上で爆睡するような人間だからか?

はたまた昨日メトと大通りで騒ぎを起こしたことか?

もしくは猫と会話するのでも見られたか?


どれでもありそうで全てそこまで大袈裟にするようなことでも無い気もする。


「俺って何か悪い事でもしました?」


考えても正しい解答が導かれなさそうだったので俺は目の前の兵士に直接的に答えを求めることにした。


「お前達の要望だと聞いているが?違ったか?」


初めて兵士は一言で応える以外の返答をした。


「要望?」

「別の街に行くのだろう?移動費を負担してくれとの事だったのでこちらで馬車と御者を用意させてもらった」


なるほど。あれか。

昨日の門番でのやり取りでもう動いてくれたってこと?

本当に?あんな失礼極まりない要望の出し方で動いてくれたの?

いや〜やってみるもんだな。何事も。

物事を好転させるのはやっぱり行動あるのみということなのか?

それにしても仕事早すぎないか?

流石は王様である。


焦った。何か王や貴族に知らぬ間に迷惑でもかけて王都から追い出されて外で始末されるのかと思った。


前向きに行こうとは考えていたが、それは裏返せば前向きに考えておかないと心がどうにかなりそうだったからである。


その心配が消えて俺は心底安心していた。

怯えてた様子のメトもこれで通常時の姿に戻る筈だ。


「メト話聞いてたか?良かったな。これで少しは光明が出てきたぞ」

「あ、そうね・・・そうよね!財布を落として朝になったら連行されて昨日と今日は最悪の日かと思ってたけど、これで悪くない日になったわ」

「そうだ。俺達の未来は明るいぞ」

「これでアンタが偉業を為せば最高よ」

「俺、頑張っちゃうぞ」

「その意気よ!」


そうやって盛り上がっている様子の俺達二人を目の前の兵士はなんなんだろうコイツら?みたいな顔で見ていて俺もそれにしっかり気が付いていたが、それが全く気にならない程に晴れやかな気分だった。


偶には兵士に囲まれて連行されるってのもいいもんだ。




「あそこだ」

詰所での話が終わり、兵士は用意した馬車に俺達を案内してくれた。

兵士の指で示した先の軌跡を辿っていくと馬車はあった。そこは王都の入り口である正門を出て少し歩いた所だった。

ざっと目で確認すると馬車と御者、そして護衛まで用意されていた。

それを遠目に見ながらそこまでの道をさっきまで詰所で話をしていた兵士と歩く。


詰所で普通に話もできたので俺は兵士達を会ってからずっと気になっていた質問してみることにした。


「あの一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「最初にあった時からずっと気になってたんですけど。その痣どうしたんですか?」

「・・・・・」

俺の問いに直ぐには兵士は答えなかった。

「ここの人達、痣がある人が多くありませんか?」


「これか?」

「ええ」


目覚めて直ぐ朝に箱を開けて兵士達に囲まれた時から兵士達の三人に一人は身体に痣がある姿を晒していた。

王都を護る人達なので怪我と無縁の生活とはいかないだろうが、それにしても不自然に顔に痣がある人間が多い気がする。

それが頭に引っかかり気にはなっていたが、さっきまでは自分の行く末の方が第一優先事項だったのでその疑問は放置していたのだ。


「ああ、これか・・・俺からは何も言えない。そうだな。暫くすればお前も理解出来るだろう」


ん?どういう意味だ?


「ああ、そうなんですか」


何かを誤魔化すような曖昧な回答を得て俺はそれに納得した振りをした。

人には言いたくないこともあるからな。

少しだけ気になっただけなのでどうしても本当のことが聞きたかった訳ではなかった。

これはただの雑談。

相手に不快感を与えたい訳ではないのだ。


それからは無言で歩みを進め、直ぐに馬車の元へと辿り着いた。


馬車の中を見てみるとそこには食糧や衣服など旅路に必要な荷物が色々と乗せられていた。それらに目を通していく。


俺は旅のことは全くわからないのでそれをしたのはメトだ。彼女はあまり時間をかけずにチェックをして問題無しだと判断した。


一応馬車に乗せられた物の一覧のリストまで兵士から受け取り、それをポケットに入れる。するともう一人の兵士が女性を連れてこちらに近づいてきた。


美しい翠眼の少女がそこに居た。

後ろで纏めた金の髪が目に入る。

身長は俺と同じくらい。年齢も同じくらいか?少し年上かもしれない。

凛々しい雰囲気と板金鎧を身に纏っていた。

腰帯には細い剣。

板金鎧には傷もあるので兵士見習いということはないだろう。


「護衛として同行するヨルガだ。道中のことはこいつに任せる。何かあれば頼ってくれていい」


そんなことを兵士は言った。


「元第三部隊所属の五級魔法師のヨルガだ。よろしく頼む」

「よろしくお願いします」


魔法師?魔法師って言ったか?

それは王都でも探索者としてやっていける強さをこの少女が持っているということだ。


「いいんですか?こんな優秀そうな人を俺なんかに一時的とはいえ貸してもらっても」

「・・・ああ、いいんだ。お前もしっかりやれよ」

「はい!」

「・・・っ!」


兵士は常にヨルガと一定以上の距離を保っていた。しかと何故か彼女が大声で返事をするとビクッと身を震わせた。


ん?

なんか様子がおかしい気がする。

怯えてる?


いや、気のせいか?

この年で魔法師なら優秀なのは間違いないはず。そんな人に護衛について貰えば旅の道中の安全は保障されたようなものだ。


「・・・そちらが良いならいいですけど」


俺は兵士の様子に少しの疑念を抱いたが素直に幸運だと思ってヨルガを受け入れた。


「あとこれを」


兵士は懐から布でできた小袋を取り出し、こちらに寄越してきた。


「なんです?」

「開けてみれば分かる」


それを手に取り開けてみるとそこには貨幣がぎっしり詰まっていた。

銅貨だけじゃないぞ。

ちゃんと銀貨や金貨も入っていた。


路銀までくれるの?

これも王城が用立ててくれたものなのだろうか?ありがたや〜王様。

もう貴方様には頭が上がりませぬ。


馬車には数日困らないだけの食糧などの荷物。それに加えて頼りになる美しい護衛、さらには十分の路銀。

こんな贅沢な旅はないな。

これまでのことが一転。

予想よりかなり良い旅路になりそうだった。


「メト、俺達の未来は確実に好転してるぞ」

「そうね。最悪が普通くらいまでは改善されているわね」


護衛と御者、さらに馬に挨拶を済ませて、最後に兵士達に礼を言ってから俺達は馬車に乗り込んだ。


「いざリズベルまで!では出発」


馬車は王都から南東にある街。

リズベルへと向かって出発した。

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