第6話 落とし物は
陽が傾き人通りが徐々に少なくなっていく時間。
今日は何処で寝るの?
メトは別れ際にそんな事を聞いて来た。
孤児院の近くの何処かの地面の上だ。と俺は今日の寝床の場所を答えた。
その時のメトの困惑した顔は少しばかり可笑しかった。それから大雑把に場所を説明してから彼女とは一旦分かれることになった。
外で寝るのは言うまでもなく宿を借りるお金がないからである。
俺はいつも基本の野宿。
起きたてに身体は痛むが疲れていれば直ぐに眠る事ができるくらいにはもう慣れてしまった。
雨の日には世話を焼いてくれる人もたまにいて教会や孤児院の隅で寝られることもある。
建物の中は無理でも屋根と壁があれば大助かりだ。
寒い時期には猫が固まって寝ている場所で一緒に寝ることで暖を取ることもあった。
それさえも駄目な時は夜中歩いたりして凍えないようにして昼まで待って寝たりする。
眠ることは次の日を生き為の準備時間。
睡眠は大切なのである。
しかし今日は勝手に後ろに付いてくる変な箱がある。これがあればこれからはいつでも遥かに良い夜の時間を過ごす事ができる。
地面に寝るよりは遥かにマシなのは間違いない。これを貰ってから、それを確かめるのがずっと少し楽しみでもあった。
知り合いである孤児院の院長に許可をとって外に箱を置かせてもらう。
服は多少汚れているが気にもならない。
今日は色々あって少し気疲れした。
食べ物を胃に入れたし早めに寝るか。
「居た!」
そう思い箱に入ろうと足を入れようとした途端にまた背後から聞き覚えのある声がした。
嫌な予感はあたるものだ。
振り返るとそこには別れたばかりのメトが焦燥感を伴って様子で立っていた。
「何してんの?」
一回寝ようとした所為で既に眠気が襲ってきており全く聞きたくないが仕方なく質問した。
「手伝って!」
「何をだよ」
「探すの手伝って」
「だから何をだよ」
「財布落としたから探すの手伝って」
はぁ、やっぱりか。
この箱呪われてんのかな?中に入って眠ろうとしたらまた面倒事がやってきたぞ。
「え〜」
「いいから!」
メトは強制的に嫌がる俺の手を引いて夜の王街へと歩み進めるのであった。
「何処に落としたかもわからないのに見つかるわけないだろ。王都中を探し回るつもりか?」
陽が落ちても王都の大通りは物探しが出来るくらいには明るかった。
すべては光帯石のお陰。
この石の特性は日中に光を溜め込んで夜になると発光するというものだった。
王都ではありふれたものだ。
大通りは馬車道と歩道が別れておりその間の植え込みの側に街路灯が等間隔で設置されていてその街路灯から放たれる白い光が地面を照らしていた。
それでも当然日中の方が明るいので探し物をするのに向いている時間とは言えない。
それに加えて大通りには人が大勢いる。
そんな中で探し物をしながら地面を見て歩いているものだから俺も既に何度か人にぶつかってしまっている。
「何としても見つけるのよ。あれには私が外に持ち出せる分の財産が全て入っているだからね」
「見つけたら半分貰っていいなら頑張る」
「巫山戯るんじゃないわよ。一回分のご飯だけよ」
「ケチくさ〜」
主に捜索するのは勿論歩道の方である。
人混みを避けつつ俺達二人は夜の王都をメトの朧げな記憶を頼りに今日歩いた場所を辿っていった。
「今日は色々あり過ぎて本当に眠いんだけど」
「まだ見つけてないでしょ」
何言ってるの?と顔で語ってきた。
真顔過ぎて恐い。
「で、いくら入ってたんだ?」
「ミルド金貨八枚」
「そりゃ大金だ」
「見つけたら一割。だから必死に探しなさい」
「了解ボス」
本当に俺に金を払うとはな。
メトは本気で焦っているようだ。
この国の貨幣の発行元は二つ。
一つが国、そしてもう一つが教会である。
国が発行しているのが、ギア貨幣
教会が発行しているのが、ミルド貨幣。
両方とも金貨が最上位の貨幣で、
銀貨、銅貨、銭貨と続く。
ミルド金貨一枚で王都なら五日〜七日ぐらい暮らせるだろうか?
俺なら一年はいけるが。
飯代だけで暮らせるのは俺ぐらいなので比較対象に入れてもいいのかわからない。
「せめてヒントは?バゲット買った時は持ってたんだからアレより後だろ?」
「そうよ!何でもっと早く言わないのよ!」
メトは焦り過ぎて頭が正常に働いていないようだ。このままでは財布の捜索がいつまで経っても終わらなそうなのでもう一つヒントを出してみることにした。
「ちなみにその後に激しく運動したのは?」
「探索者組合の前ね!」
「そこに行ってみるか。俺と一緒に派手に遊んでたからな。財布が落ちていてもおかしくない」
「じゃあやっぱりアンタのせいじゃない」
「なんでだよ」
「あそこであんな事しなきゃ失くしてないんだから」
「勝手に暴れ出したのはお前だろ」
「見つからなかったら補填しなさいよね」
「無一文に期待するな」
「なんでお金持ってないのよっ!」
理不尽な怒りをぶつけてくるメトを追いかけて俺は探索者組合へと向かった。
「無いな」
探索者組合に着いておおよそ三時間後。
疾うに街路灯以外の灯りはなく人通りも疎になってきた。
もうこの辺りは隅々まで探し終えたのにメトは諦めきれないようだ。
でもそろそろ睡魔が襲ってきて限界だった。
明日はまた王城へ行かなくちゃならないしな。
「無いわね、ねえ私どうすれば良いと思う?」
泣きべそをかいているメト。
少しだけ可哀想である。
そしてちょっとだけ罪悪感が芽生えた。
「普通に教会に帰れば?」
「帰れないのよ!」
一日で財布を無くしましたとは言えないのだろう。プライドが邪魔しているようだ。
「こちら側の世界へようこそ?」
「この悪魔!」
「お金はなくても仲間がいるよ」
「五月蝿いお馬鹿っ!」
暗い雰囲気は苦手なのであえてふざけてみたら怒鳴られた。
その大声を聞いてまだ外に残っている周りの人の目がこちらに向いた。
「とりあえずもう今日は寝て忘れよう。じゃあまた明日」
メトから離れて孤児院の今日寝る予定の場所へと俺は戻ろうとする。
「ねぇ、私、泊まるとこない」
「あ・・・」
そしてメトが捨てられた犬のような顔でこんな事を言った。
「変な所触らないでよね」
宿を借りる前に財布を無くしたメトは結局俺ともに孤児院側の寝床予定場所まで戻っていた。そして今夜だけ仕方なく箱の中で一緒に入り眠ることになった。メトはかなり渋り1人でここに入って寝るとか抜かしてきたが、俺も頑なに譲りはしなかった。
流石にメトも地面はお断りだったようで嫌々ながら二人で寝る事を承知した。
箱は一人で寝るには問題ないが仰向けで二人は不可能なのでお互い横向きになりそれぞれが反対の方向向いて背中合わせで寝ればギリギリ入れる大きさだ。
しかし背中から足まで接触部分は多いので少し動くと変な部分にも身体が当たってしまう。
するとメトがその度に抗議の声を出してくるのだった。
「この変態!」
「お前には感謝の気持ちとかないわけ?」
「そもそもはアンタが私を騙したりするからよ」
「一方的に殴ってきた暴力大好きさんに言われたくはないな」
「なに?またやるの?いい汗かきたい?」
「やだやだ、何でもかんでも暴力で解決とか。怖い怖い」
「なんですって」
そうしてまた俺達の間で争いが起こりそうになる。流石に今日はもうやりたくない。
「・・・はぁ。やっぱり早く寝るぞ。これ以上はお互いしんどいだろ」
「・・・そうね」
探し物を数時間したので二人共身体はヘトヘトだった。この疲れはすぐに睡魔を連れてきてくれることだろう。
「あっ、ちょっとお尻触らないで!」
俺が目を瞑ってそれに身を任せようとすると後ろでまた声がした。
「ベルトだ馬鹿。それより変な声だすなよ」
「好きで出したんじゃないわよ」
「恥ずかしいからって踵で攻撃するな」
「五月蝿いっ!」
照れ隠しで蹴るのをやめてくれ。
「もうさっさと寝るぞ」
「いいわね。絶対に変な事はしないでよ」
「この状況でどうやって変な事するんだよ。俺の腕が何本あると思ってるんだ」
それからもあーだこーだメトは煩かったので、俺は無視して先に寝ることにした。
程なく俺達は夢の中へと落ちていった。
そしてしばらく後。
俺は箱の蓋が開く音と気温の変化で目が覚めた。どうやらメトが箱の外に出たらしい。
なんだ?トイレか?
するとメトが居なくなった分だけスペースが空いた。
俺は少し身体を動かしたかったので寝ぼけながら寝返りをうち仰向けになる。
戻ってくるまでこのままで良いか。
そんな事を思いながらも俺は睡魔に負けてしまった。
また目が覚める。
次に目覚めた時俺は仰向けのままでメトは俺身体の上で眠っていた。
こいつ完全に寝ぼけて外に出て戻って来た時に何も考えずに俺の上に乗ったな。
散々変態がどうのこうのと口喧しく言ってた癖に・・・。
俺達二人の身体の密着度が凄く高い。
さっきまでメトの事などは全く意識していなかったのだが、流石にこれは距離が近すぎる。感触やら匂いが直接五感にメトが女の子だと直接身体に訴えかけてきていた。
手を出すつもりは毛頭ないが変な気分になりそうになった所で身体に痛みが走った。
「痛っ!」
思わず声を上げる。
痛みの発生場所を確認する必要はなかった。
原因は簡単。
メトが俺を抱きしめて、そのまま力強く締め続けようとしてきているのが痛みの理由だった。
女の子の感触とか匂いとか数秒前まで色々言っていたがミシミシと締め付けるメトに対してそんな思いは露となり消えた。
「痛ってぇな」
それと同時にさらに強い痛みが身体に響く。
メトは二級魔術師。
四級魔術師の俺と比べたら男女の体格など関係なくメトの方が力が強いのだ。
寝ぼけているメトが力加減を誤っているのも相まって全力で抵抗しても徐々に俺の身体が潰されていく。
必死に抵抗する俺。
しかしメトの暴力に抵抗する力はまだなかった。そしてそのまま気絶するように眠りに落ちた。
「・・・生きてた」
意識を取り戻した俺は状況を確認して安堵した。
それからあれは全てもしかして夢だったのか?などと考えたが、メトは俺の上でスヤスヤと眠っていた。
彼女がそこで寝ているということはおそらく実際に起きた出来事だったのだろう。
「すぅ〜すぅ〜」
メトの寝息を首元に感じる。
それが少しくすぐったかった。
こいつは・・・呑気に寝やがって。
俺を締め上げておいて本人はそれにすら気が付かないとか羨ましいね。
メトの抱擁の所為でまだ身体が右手以外動かなかった。こいつは俺を抱き枕かなんかだと思っているのか?
気持ちよさそうに寝てやがる。
ちょっとイラッとした。
身体を弄るのは紳士的ではないので鼻を摘んで起こしてやることにしよう。
よし直ぐに目覚めさせてやる。
このまま眠らせておいたらまた締められるかもしれないしな。
「おい、起きろメト」
俺は鼻を摘むと同時にメトの耳元で大きな声を出して彼女を起こしにかかった。
「ん?」
メトはゆっくりと目を開けた。
「起きろって、多分朝だ」
「なんで私、こんな!アンタ。やったわね」
目覚めたメト一瞬惚けたした顔をした後に直ぐに覚醒し俺を犯罪者扱いしてきた。
失礼なやつだ。
「どうみてもお前が俺を抱きしめ、いや拘束してるだろ。離せ」
「何よ。その感想。少しは喜びなさいよ」
「はいはい。とりあえず外に出るぞ」
「わかったわよ」
「その前に涎拭けよ」
「お馬鹿っ!」
朝から騒がしいやつだ。
俺とメトは箱の蓋を開けて外の世界へと出て行く。するとそこには俺達が想像しない景色が広がっていた。
「「ん?」」
そこには俺達を囲むように兵士達が集まってこちらを見ていた。
「おはようございます」
「ます」
なんと言葉にして良いのかわからなかった俺は朝の挨拶を彼らにし、メトも適当にそれに続いた。
なぜか俺とメトは朝目覚めると大勢の兵士達に取り囲まれていた。
なにこれ?
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