第5話 王城へ行こう?
「顎がガクガクする気がする」
「気のせいよ」
「なんで片方を二発ビンタするんだよ。普通両方を一発ずつだろ。顎が変な方向に曲がったらどうしてくれる」
「少しはいい男になるんじゃない?」
「笑える」
「じゃあ笑いなさいよ。マオさん」
俺が顎に手を当てながら半眼で睨みつけるとメトは幸せそうに笑った。
ビンタしておいて何を笑ってやがるこの娘は。サディストか?
メトは殴り合うと仲良くなる肉体言語タイプの人間なのだろうか?
それとも武装修道女というのは皆こんなのばかりなのか?
もしもこの肩書きを名乗る人間がいたらあまり近づかないでおいておこうと俺は思った。
「でも王都で探索者登録出来ないなら他の場所でするしかないわね」
「他の場所?」
「そうよ」
「具体的には?」
「・・・ここ以外よ!」
少し間が空いてメトは白紙に近い回答を提出してきた。
「考え無しかよ。聞いて損した」
「五月蝿いわね、今考えてるの!」
メトの考えを否定するだけでは何も進まないのは確かなので俺も少し真面目に考えることにした。
偉業を為すかどうかは兎も角、このどうにもならない詰みかけたギリギリの生活から抜け出すには良い機会なのは間違いない。
キッカケをくれてありがとうアマーリアの杖様。
前提として俺は積み上げていない人間である。仕事は短期間でクビになり王都での仕事はない。生まれも育ちも恵まれたとは言い難いのでコネもない。
もちろん孤児院には感謝しているが。
それに加えて精霊揺れがあるので、これからも同じような事が起こるのを想像するに難くない。
それらを踏まえて考えると探索者という仕事は俺に向いているのだろう。
時間も場所も依頼次第の自由業。
向いてない依頼は受けなくても良い。
その分危険を伴うのがご愛嬌。
最悪一人でも仕事をするのが可能であり、その場合は精霊揺れも関係ない。
もしも精霊揺れの衝動である悪戯の対象を人ではなく魔物に向けられたのなら一石二鳥で言うこともない。
まぁ、これは俺に都合が良すぎる話なのでそこまで上手くいくとは思ってない。
でも少しくらいは期待しても良いだろう。
だから探索者組合に登録すること自体は俺にとっても都合が良い。
実際過去に一度は登録しようとしたのだしな。
問題は王都の探索者組合には登録出来ないことだ。
俺が王都の探索者組合に登録するには魔法師になるのが絶対条件。だがそれが難しい。
今の俺が魔法師になるにはこれから四段階精霊を強化しなければならない。
精霊の強化には色々な方法がある。
継続的魔術の行使に単純な時間の経過、精霊揺れ。つまり衝動の解放などだ。
だが一番効率が良いのは魔物を倒すことだった。なぜそうなるのか?理由はわかっていないが。
そしてそれが難題だった。
「マオは五級魔術師なのよね?」
そんな事を考えているとメトが話しかけて来た。
「いや四級魔術師だ」
「へぇ、じゃあさっきの魔術以外にも魔術が使えるんだ。どんなの?」
「もう見ただろ?」
「見てないわよ」
さっきお前はちゃんと見てたぞ。
気付かなかっただけで。
「猫と話せる」
「はい?」
「猫と話せるんだよ」
何となく分かるとか言葉を少し伝えられる程度だけど。メトの前ではなんとなく心が通じるんだ的な振る舞いで猫と話していたが、実は猫と仲良しの秘訣は魔術だ。
こう聞くとちょっとインチキ臭いな。
「あれって魔術だったの?アンタの魔術って変なのばっかりね」
「変じゃない」
「変よ。全く違う魔術ばかりなんて」
「そういうお前は氷の魔術ばかりなのか?」
「普通はそうでしょ」
「そういうのが多いのは確かだが、普通ってことはないんじゃないだろ?俺は汎用型でお前は増強型なだけで」
「汎用型?増強型?」
「色んな魔術が使えるのが汎用型。同じような魔術で徐々に強い魔術を覚えていくのが増強型。昔ちょっと色々と教わった時にそんな風に言われた」
「ふ〜ん。そんな魔術の分類方法があるのは知らなかったわ。でも変は変よ」
「はいはい、俺の魔術は変ですよ」
「でも猫と話せるのは楽しそう」
「一人でも寂しくないしな」
「傍から見たら寂しい人間には見えるわよ」
「ほっとけ」
実際猫と話せるという魔術はこの国では価値のあるモノの筈だ。
何せ猫はこの国の国獣。
かなり手厚く保護されている動物である。
王都で野良猫が駆除されず放置されているのはそれが理由だった。だから俺は猫の餌を貰って生きることが出来た。国を挙げて大事にしている猫の餌はほぼ尽きることはない。
誰かが何処かで必ず餌をやっているからな。
これを利用してお金を得ようとしたこともあるが、結局俺は諦めた。
数年前猫が思っている事をそのまま伝えたら嘘だ何だと喚き散らされてとんでも無いことになったことがある。この魔術の事をあまり表立って言わないのはそういうちょっとしたトラウマから来ていた。
猫好きの猫への想いの本気度合いというのは恐ろしい事を俺はその時に初めて知った。
飼い猫が飼い主を必ず好きだなんて保証はない。話せるからといって聞きたい言葉が返ってくるわけではないのだ。
今は猫の話は良い。
それよりもだ。
俺は人生改善計画を進めるためにメトに尋ねる。
「王都で初心者が探索者登録出来ないのは依頼を出す中に貴族とか有力者がいるって事があるが、そもそも王都周辺の魔物の危険度が高いからだ。だから魔物の危険度が低い場所に行けば登録できるんじゃないか?メトはそこら辺知らないのか?」
俺は王都から外に出たことがないので全く頭に浮かばない。
地図がなければ行く方向に当たりをつけることさえできない。
「弱い魔物ね。昔一度遠征に出た時には南方の魔物は弱いって聞いたけど」
「南か」
「・・・ちょっと待ってね」
メトは目を瞑ってその時の事を思い出しているようだ。そしてあまり時間もかけずに話し出した。
「う〜ん、やっぱり、うん。南の方が魔物は弱いはずよ。一回行ったけど確かに苦戦した覚えがないわ。多少の怪我はあったけど死人も出てないし、だからとりあえずは南ね。ここから一番近いのは南東の街ね。そっちに向かえばアンタみたいに弱い人間でも探索者としてやっていける大きな街があるはずよ。馬車でも王都から数日間は掛かっちゃうけど」
間違いないわ。とメトは言った。
弱い人間って悪口は必要か?
まぁ、何の情報もないし信じてみるか。
探索者組合で誰かに聞けば詳しく教えてくれるかもしれないがそれが正しい情報がどうかを俺は判断できないからな。
それならメトの記憶を鵜呑みにした方がまだマシだろう。情報料とか言われても困るし。
こいつが俺に強くなって欲しいのは間違いないので騙す必要がないからな。
「じゃあそこから始めるか?」
「何をよ」
「探索者生活をだよ」
「少しはやる気が出たの?」
「ちょっと本気出すことにした」
「ちょっとじゃなくて精一杯もの凄く本気を出しなさいよ」
「へいへい」
俺の言葉にメトは笑みを見せた。
どんな小さな光でも少しは希望が出て来たからかもしれない。
「でもここで困ったことがある」
「なによ?」
「馬車に乗るお金が有りません」
「馬鹿なの?」
そしてその光は一瞬で消えた。
メトの笑顔も同時に掻き消えた。
「もう私は出さないわよ」
「じゃあ頭下げるか」
「私に?」
「違うわ」
「じゃあ誰によ?」
「それは決まってるだろーーー王様だよ」
俺はメトを引き連れて王城に乗り込むことにした。
「やめときなさいって。無理に決まっているでしょ」
「大丈夫だって心配するな」
「その自信は何処から来るのよ」
頭を下げて必死にお願いすればなんとかなる。と大股で王城に向かう最中メトはずっと俺を嗜めていた。
最初は言葉で、徐々に物理的に。
今は俺の服を引っ張りながら行く手を塞いでいる。
「離せって、服が乱れるだろ。これしか持ってないんだぞ」
「服と命どっちが大切なのよ」
「そんなの命に決まっているだろ。大丈夫。英雄候補に任命した責任を取ってもらうだけだ」
「だからって王様に約束も無しに会えるわけないでしょ。私は命が惜しいの」
「約束は今からするんだ」
「このお馬鹿っ!」
「とりあえず落ち着け、こんなところで殺されたりしないから。少なくとも王都で英雄候補として選ばれた次の日に死なれたら困るのは向こうも同じ筈だ」
「それはそうかもしれないけど」
「だろ?」
そんな言い争いを何度もしながら王城に向かって進んでいるといつの間にか一番外側の城門に着いていた。
「・・・着いちゃった」
「まぁ、任せとけ」
「不安しかないわね」
騒がしくしながらここまで来たので当然門番に目をつけられている。
俺は一歩メトより前に進み門にいる門兵に声を掛けることにした。
「こんにちは、いやもうすぐこんばんはか。じゃあ両方合わせて、’’にちばんは’’」
「「・・・・・・・」」
渾身の笑顔と冗談を交えた俺の挨拶は二人の門兵に完全に無視された。
彼らは友好的ではないようだ。
うん、門兵の仕事として間違ってない。
世の中変な奴もいるからな。
「ちょっとそこのお二人にお願いしたい事があるんですけどねぇ〜」
低姿勢で媚び度を全開にして俺は門兵に話しかけた。
「それ以上近づくな」
「近づけばどうなるかわかっているな?」
門兵達は俺が近づくと武器を構えた。
冷たいお言葉を貰ってしまった。
俺の交渉術の一つ、全力媚びが通じないだと!?こいつら猫より手強いな。
「あっ、待った待った。ほら何にも持っていませんよ」
武器はなくとも魔術があるので彼らは警戒はとかない。う〜ん門兵の鏡。
彼らは視線や動きに合わせていつでも仕掛けられるように俺を注視している。
おそらく一歩、いや二歩進んだら、
間違いなく問答無用で取り押さえられるだろう。
だから俺はその場で手を上げたまま立ち止まって話す事にした。
「じゃあここから話しますね。あのですね、ちょっと用事があるので王様呼んできてくれません?」
俺の提案に一瞬時が止まる。
王様を呼び出す一般市民。
それは彼ら門兵の頭の中の常識にはあり得なさ過ぎたからだ。
空白の時間が辺りを支配した。
「「?」」
思わず顔を見合わせた混乱した門兵達は直ぐに正気を取り戻した。
そして彼らはコイツは頭がおかしいんだろうと俺の事を判断した。
同時に何を馬鹿な事と言いたげな顔でこちらを見てから頬を上げた。
まぁ、気持ちは分かるけどね。
「あの〜」
「さっさと何処かに行け!」
先程の質問で俺の危険度が逆に下がった。
危険な敵からただ馬鹿な奴になったからだ。
だから威嚇して帰らせようとの魂胆だろう。
しかし俺も簡単にに帰るわけにはいかない。こちらにはこちらの事情があるからだ。
「そっか無理か。なら・・・俺を王城に入れるってのは・・・・駄目ですか?はい、駄目ですよね」
もう一つの提案も即座に却下される。
当たり前だな。
これ以上ここで粘っても仕方ないかもしれない。
少しやり方変えてみるか。
すぐに結果が出ないからあんまりこういうのは好きではないんだけど。
「じゃあこう伝えてもらえます?英雄候補の一人が別の街に行きたいのでその分の旅費を、いや移動費を出来れば全額負担して貰えないかなぁ〜って言ってるって」
英雄候補と聞いて門兵は少し反応をしたが、変化はあまり感じられなかった。
十中八九こちらが嘘を言っていると思っているのだろう。
しかしよく考えて欲しい。
昨日の出来事を貴族は兎も角、一般市民は知っているのだろうかと。
それに気がついてくれたら国王に俺の事が伝わるかもしれない。
だから最後に俺は少し毒を混ぜたような言い方をすることにした。
「じゃあ伝えたから。これが王様に伝わらなかったら後から問題になるかもしれないぞ。
その責任は君達が取らなくちゃいけなくなるかもしれない。だから明日また来るからそれまでにお願いしまーす」
彼らの心の中に不安を残す事で王へと伝えられる確率をあげつつ、その少しの不安を解消できないよう彼らが俺に何かを言う前にその場を立ち去った。
後方で門兵が何かを言っていたが一目散にメトと一緒に逃げた。
また明日だ。
成功確率は一割といったところだろう。
「どう思う?」
「アンタは馬鹿」
「俺も少しそう思う。じゃあ帰るか」
「ええ」
俺達は王城の前から踵を返し街へと急いで戻ることになった。
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