第4話 探索者組合と勘違い
「他人の金で食べる物ほど美味しいものはないな。なぁメト」
「奢ってないからね。貸しよ貸し」
「はいはい」
俺とメトの手元には先程露店に寄った際に購入した作り立てのバケットが握られていた。焼かれたバゲッドからする小麦の香りと挟まれた肉の油、そして瑞々しい野菜が食欲を増進させてくる。
俺にとっては久々の人間用に作られたご飯だ。気が付いたら誘われるようにメトに返事しながら目の前のそれにパクついていた。
「う〜ん美味い。粘った甲斐があったな」
パンや肉や野菜、加えてそれらに合わせたソースや香辛料、様々なものが混ざった濃い味が口に広がった。
実に幸せである、余は満足じゃってな。
「次に耳元でずっと強請るような真似したらこっちにも考えがあるから。二度目はないわよ」
こんな美味しいものを食べているのにメトはご機嫌ななめのようだ。
「じゃあ次回は違うやり方にするよ。物乞いには自信がある。楽しみにしといて」
なにせ年季が入ってるからな。
「もうするなって言ってんのよ!」
「怒ると顔が怖くなるぞ。美味しいもの食べてるんだから笑って笑って」
「アンタのせいでしょ」
俺は手のひらで叩かれそうになったのでメトから少し距離を取った。
「おっと」
久しぶりのご馳走を落として台無しにはさせない。急いで数口でバゲットを一気に平らげた。勿論味わいつつだ。
そうして飲み込むと胃袋が喜んでいるのがわかった。
「久しぶりに味の濃いもの食べたから口の中が変な感じだ。メトさんご馳走様」
唇に残った油を舌で拭う。それからメトに感謝の言葉を述べた。
「少しはやる気が出た?」
「だから言われた通りに探索者登録に向かっているんだろ」
「そのお金も私が出すんだけど」
「あざーす」
「殴っていい?」
「駄目でーす」
街を一通り回ったメトは俺から一刻も早く離れたいのか、一つでも良いから偉業を為させる為に王都の探索者組合に登録しろと言ってきた。
偉業といえば強者との戦い。
メトは結構脳筋な奴だった。
組合の依頼をこなして行けば奇跡的に偉業を果たすこともあるかもしれないと考えたのかもしれない。
可能性は低いけど。
俺はそれに一つ条件を出した
その条件がさっきの食事だった。
貸しでいいから一回普通のご飯が食べたいと、そう俺は願いメトはそれを叶えてくれたということだ。
俺とメトが現在向かっているのは探索者組合だ。依頼人の護衛や魔物退治・猫の捜索に荷運び。誰でも出来る簡単な仕事から国内でも一人ぐらいしかこなせない特殊な仕事まで様々な仕事が依頼として発注されている。依頼があれば何でもやる街の便利屋といったような場所だ。
主な登録者は自由を愛する自由業の者達。
少し悪い言い方をすれば社会不適合者の集まりか。時間通りに同じ場所に行って同じ仕事が出来ない俺のような人間には向いている職場である。
俺がここ王都でなぜその探索者組合に登録していないのか?という質問に答えるならば金がないことに尽きる。
組合に登録するには数日食べるに困らないぐらいの登録料が掛かるからだ。後もう一つのどうしようもない理由についてはこの後にメトに怒られるまで黙っていようと思っている。
探索者組合に発注される玉石混淆の依頼の中には勿論危険な依頼も多数存在し、そういう依頼は探索者組合の信頼を勝ち得てから受注することになっている。
その信頼を数字にしたのが貢献度でその貢献度により探索者のある程度の等級が決められている。
下から白無級、黄土級、緑鉄級、赤銅級、青銀級、紫金級、黒鋼級の順だ。
色で区別されているのは見た目で直ぐに探索者を色で見分けられるようにする為だ。
これにより探索者組合から配られるメタルタグの認識票によって探索者の等級は一目で誰にでも判断出来る便利なものとなっている。
表通りの一画に探索者組合はあった。
入り口の両開き戸の上部に探索者組合の象徴である竜と剣が組み合わさった簡略化された絵が描かれている金属看板が飾られているのをチラッと確認してから俺は勢いよく扉を開いて中に入った。
「頼もう!なんつってな」
入ると同時に数人の探索者と思われる人間の瞳がこちらに視線を移動し俺とメトを捉える。
俺はその視線により一瞬だけ立ち止まった。
う〜ん、間違いなく値踏みされてるな。
彼らの雰囲気は王都の中でも独特だ。
貴族や商人、教会の人間、丁稚や浮浪者。
どれとも違う。
まず分かるのは体格が良いこと。
あとは服の上からでもわかる筋肉。
腕筋とか凄い。
女性は筋肉がつきにくいからかそうでもないが背筋がピンと伸びている。
体幹が良いんだろうね。
常に身体を動かす仕事で魔物相手なら命懸けの事もあるのだからさもありなんという感じだろう。
商人は服や装飾品、靴などでざっと財力を見るが探索者はそれに加え筋肉のつき方や足運び視線の動かし方などにも注目しているらしい。
それは彼らが身体を資本とする職業についているからだろう。
戦闘には敵の情報収集する為の五感、一瞬で考えられるだけの頭、そして何よりその判断で即座に動ける体が重要だと知っているからだ。強いか弱いか、それは魔物と相対する探索者にとって重要なことなのだろう。
全て又聞きした事だけど。
そんな彼らから注目される。
それだけで少し緊張するのは仕方ない。と言っても彼らは一瞬こちらに視線を向けるだけだ。
その後には誰もこちらに見向きもしない。
明らかな一般人である俺に不用意に絡んでくるような者は運良く居なかった。
俺達が依頼者の可能性があるから当然とも言えるが。
「どうもどうも、通りますよっと」
俺は探索者組合に入るとそのまま受付嬢のいるカウンターまで真っ直ぐ進んだ。
「んじゃ後は任せる」
それからメトを中心にくるりと一回転して背中に回り、彼女の背中をトンっと軽く押した。
「ちょっと待ちなさい。アンタが登録するんでしょ」
「まぁ、登録は無理だからな」
「アンタここでも変なことしたの?」
ここでもってどういう意味だよ。
まるで俺が年がら年中街中で変なことをしているかのようじゃないか。
「いやいやそういう事じゃないよ。うん、あの人に話を聞けばわかるって」
さぁさぁと、メトの背中を押して受付嬢の前までズズズと移動させる。
「・・・・すみませんがこの人に王都の探索者登録について詳しく話をしてもらえます?」
「・・・?はい」
後はこの人にお任せだ。
流石は王都の探索者組合にある受付員である、美麗だ。
一瞬とはいえ見惚れてしまった。
目の保養、目の保養っと。
ありがとうございます。
彼女は俺にとってそれぐらい十分に魅力的な容姿の人物だった。
「じゃあ話聞いてくれ、俺は後ろで暇して待ってるから」
俺はメトの背中から手を離し一定の距離をとって笑顔でそう言った。
果たしてどうなることやら?
たぶんこの後メトに怒られるんだろうな。
そんな予測を立てながら俺は苦笑いをした。
バタンッ!
「アンタ知ってたんでしょ」
探索者組合から出るとメトは俺を睨みつける。
「何を?」
「惚けるつもり!?」
「ーーー勿論全部知ってたよ」
ドウドウと落ち着くようにジェスチャーを出しながら俺は悪怯れることなく真実を口にする。
「このぉクソ野郎ぉぅ」
それを聞いたメトは罵声を浴びせながら俺に掴みかかって来た。
「ナイスキャッチ俺」
俺はガシッと襲い掛かってくるメトの両手をなんとか自分の両手で合わせて受け止めた。
こうなると思ったぜい。
「落ち着けよ。俺も一度は登録しようと思った時に出来なかったんだよ。メトと同じぃぃぃぃイタタ痛い痛い。ちょっと待て、本気で握るのやめろぉぉぉぉぉ。指取れちゃうぅぅだろぉぉぉ」
なぜ俺が探索者組合に登録出来ないのか?
金のこと当然もあるが、どうにも出来ない大元の理由はそれではない。
一言で言ってしまえば俺が弱いからだ。
俺の実力では単純に王都の探索者組合に登録できる条件に達していないのである。
俺は他の街に行ったことはないのでわからないが別の都市なら登録可能だったのだろう。
しかし商店と同じように王都の探索者組合もこの国では上澄みも上澄み。
俺の魔術師としての実力である四級魔術師程度では登録できよう筈もないのだ。
ちなみに魔術師として最高ランクは一級が一番上。しかしその上は位が上がり魔法師となる。その上に更に魔導師が居てそれぞれ魔術師は五級〜一級の順で上がり、魔法師も同じく五級〜一級。
魔導師に級は存在しない。
つまり下から数えて二番目の四級魔術師でしかない俺にとって王都の探索者組合は登録だけでも荷が重いのである。
まぁ、王都の探索者組合は魔法師からしか登録できないのでメトも登録は無理なのではあるが・・・。
それをさっきメトは探索者組合の受付員から聞き、その結果として周りの探索者達に笑われて恥をかいたであろう。
俺はそれを知っていてメトを誘導したので彼女の怒りの原因は最もであると言える。
ごめんね。
「知っていたならなんで言わなかったのよ。私、笑われたのよ!えーそんな事も知らないんですか?みたいな目で見られたの!?アンタに分かる?この屈辱が!」
わかるよ。俺も同じ目で見られたから。
「言ったら奢ってくれなかっただろ?」
「奢ったんじゃないわ、貸したのよ!」
「すまんすまん。言ったら貸してくれなかっただろ?」
「なるほどね、つまり私はアンタのご飯一回の為に恥をかいたのね」
「そゆこと」
笑顔で答えたらメトは悪鬼の如く顔を変化させた。
「アンタは本当に一回殴られた方が良いわ」
「余計な治療費がまたかかるぞ?」
「私がそれを出すわけないでしょ」
「そんなに俺と一緒にいたいのか?何でもいいから偉業を為さないとずっと一緒だよ?」
「ムカつく」
「ごめんね」
「うぉらぁぁ」
「おっと、本当に殴るなよ。危ないだろ」
変な掛け声と共に手を無理矢理に解くとメトはいきなり殴ってきた。俺はその右拳を躱しながら彼女から距離を取る。
「当たれぇぇぇ」
メトは殴った勢いを利用して回転すると裏拳を放ってくる。
当たれって何だよ。怖いよ。
「野蛮人」
「五月蝿いわね!」
「危ないからやめろって」
「殴られなさい!」
「お断り申し上げますっ」
そうやってメトは何度も蹴りや拳を放ってきたがそれを俺はなんとか躱し続けた。
冷静ではないメトの攻撃は直線的だった。
だからなんとか俺でも避けられている。
「避けるんじゃないわよっ!」
「いい加減にしとけって」
「な、んで当たらないのよっ!」
俺達は大通りの中心で睨み合った。
いや俺は睨んではないな。
一方的に睨まれているだけで。
「・・・はぁはぁはぁ」
避けられ続けて疲れたのかメトは動きを止めた。俺はようやく怒りが収まったかと思ったが、それは勘違いだと直ぐに気が付いた。
「思ったんだけど、アンタが事故で死んでも仕事は終わりよね?」
雰囲気が変わったメトがそこに居た。
・・・これは不味い。
メトはこちらに手を向けて前に構える。
それは魔術を展開する時に狙いを付ける砲術系魔術師の癖だった。
ーーーまさか撃つ気か。
「流石に魔術はやめろ!街中だぞ!」
「五月蝿い!」
「嘘だろ・・・」
「くらいなさい!」
【アイス・】
メトが叫ぶと魔術が展開された。
宙に現れたのは氷弾。
つまりメトが扱うのは氷の魔術だ。
弾数は一つ。大きさも手のひらより小さい。
考えもなく乱射しないのは有難い。
二級魔術師ならもっと大きな氷弾も弾数も出せる筈だがそうはしていない。
メトも王都に被害が出ないぐらいに手加減する程度には冷静らしい。
氷弾の形は丸型。尖らせたりしていないので刺し殺すつもりはないようで安心する。
当たっても痣が残るか最悪骨折で済む。
考えを巡らせて俺は状況を判断する。
溜飲を下げさせる為に態と当たるのもありか?
でも骨折は嫌だな。
【ショット!!】
そんな事を考えてしまっていた結果。
回避行動が少しだけおざなりになってしまっていた。
ミスった。流石にこれは避けられない。
仕方ない。
【スウィッチ】
俺はメトが放った氷弾に右手を伸ばし左手は真上へ向けた。
そして同時に叫び俺も魔術を展開し行使した。
もしこの騒ぎを最初から全て見ている人間がいたら外野からはこう見えただろう。
メトの放った氷弾が俺の右手に触れた瞬間に左手に移動したと。
俺の魔術は片方の手で触れたものをもう一方の手に移動するものだった。
その魔術で氷弾は俺が構えた手に触れた瞬間に右手から左手に移動し真上へと飛ばした。
氷弾は空へと放たれたがその勢いは途中で止まり直ぐに地面へ落下して無惨に砕けた。
「それがアンタの魔術ね」
俺の魔術を見てメトは目を大きく開き、同時に観察していた。次は通じないな。
「お前程は便利なものじゃないけどな。こうやってたまには役に立つ」
地面の氷を指して俺は言った。
「にしても本当に撃つとはな」
「手加減はしたもの。当たっても少し痛いだけよ」
骨折を痛いで済ませないで欲しい。
「俺が避けてたらどうしたんだ」
「周りの事?大丈夫大丈夫、その時は氷弾をら消すから誰かを巻き込んだりしないわよ。その辺は散々訓練させられたの」
「あぁそうかい」
「そうよ」
メトの目はまだ終わってないと言いたげだった。
「見ての通り俺とお前の魔術は相性が良い。イタチごっこになるぞ」
「本当にそう?数を増やしたら?威力を上げたら?アンタは一体何回防げるかしら?」
やっぱりわかるか。当然だよな。
俺の魔術でメトに対抗出来るのは氷弾の数が一つの時だけだ。
【アイス・】
するとまたメトはこちらに向けて片手を上げ構えて魔術をもう一度展開しようとする。
今度の氷弾の数は二つだった。
こいつマジか、
これは、本当に死んじゃうかも。
「よしわかった謝るから。土下座するから許してお願い」
俺は早々に戦闘による抵抗は諦めることにした。
「ビンタ一発で許してあげる」
どうしてもメトは俺を殴りたいらしい。
嫌だね〜頭に血が上りやすい奴は。
「土下座二回で」
「ビンタ二発よ」
「あっ、はい」
交渉は決裂。
このままでは殴られる回数が増えていくだけだと思ったので、判断が早い俺は1ラリーで即座にリザインした。
王都の大通りの中心。青い空の下。
大勢の観衆に見られながら俺の頬を叩く良い音が響き渡った。
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