第3話 猫との戯れ
【ニャモス】
「ニャー」
「ニャーニャニャー」
「ニャンニャカ、ニィー」
地面に座り猫の声を真似をして猫に話しかける俺を見てメトはめちゃくちゃ引いていた。
「なんだよ?」
俺は彼女に文句でもあるのか?と視線を飛ばす。
周りにはたくさんの猫。
俺は猫達に囲まれながら端材で作られた猫の餌を片手で掴み口に入れていた。これは優しい食事処に勤めている店員が置いたものだ。
味付けはシンプル。
これも猫を想ってのこと。
実に健康的で素晴らしいね。
食べているのは数匹の猫と俺一人だった。
メトはその場に参加していない。
「何してんのよ」
「俺に何が出来るのか見たいんだろ?」
だからこっちは王城なんて場違いなところに連れて行かれて疲れているってのに、眠りたい衝動を抑えながらもここに連れてきてやったんだぞ。
少しは感謝しろい。
「で何をしてるのよ?」
「見てわからなかったのか?猫とコミュニケーションをとって猫の仲間に入り餌を分けて貰ってたんだよ」
「・・・意味がわからない」
俺の説明を聞いてメトは頭を抱えた。
頭痛かな?
「猫に物乞い?貴方どこまで駄目なのよ」
「まだまだこんなもんじゃない」
「良い事みたいに言わないで」
「まぁ待て見くびるな。俺の特技はここからだ」
言いながら俺はポケットを弄った。
そしてあるものを取り出した。
「ブラシ?」
「そうとも、猫のブラッシング。俺はこれが得意なんだ」
「・・・はぁ」
俺の自慢を聞いてため息を吐くメト。
失礼なやつめ。
教会に勤めている修道女さんにはわからないかもしれないけどな。本当にこれのお陰で餓死せずに済んでるんだぞ俺は。
王都で働く場所のない俺は飯が食えない。
当然飯が食えなきゃ行き倒れるしかあるまい。それを避ける為に必死で猫とコミュニケーションを取ってるんだよこちとら。
他にもちょこちょこと色々な事してなんとか飯にありつけているが、猫へのおねだりは俺にとってその中でも大切な処世術一つだった。
「ほらここが気持ち良いんだろ。俺には全て分かっているんだからな」
これだけは誰にも負けない自信がある。
猫の餌を定期的につまみつつブラッシングも忘れない。少しの間に全ての猫のブラッシングを終えて俺は立ち上がった。
「また頼む。ではニャーニャーニャニャー」
俺がそう言うと猫達はバラバラに路地へと消えていった。
猫とのコミュニケーションはすこぶる順調。そして目の前の俺に呆れた顔を向けている少女とはすこぶる相性が悪そうだ。
いっそのこと俺は猫に生まれてくるべきだったのかもしれないな。
「アンタは本当にいつもこんな事してるの?」
貴方からアンタ呼びになってる。
別にいいけど。
「してるが?」
何か文句でも?
「普通に働きなさいよ」
「はい馬鹿〜それが出来たら苦労しませんわ。あぁ、これだから何も分かってない奴は嫌だ嫌だ」
「何よ、当たり前な事を言っただけじゃない」
「それが分かってないって言ってんの。言ってんの!」
俺はメトにビシッと指を立てて説明を始める。
「まずそもそも王都は働き口が少ないです」
「人がこれだけ多いんだから働き口も多いでしょ」
「正確にはコネ。つまり紹介や身分が低いものにとっては少ないんだ。俺はそもそも孤児院で12歳まで教会の世話になってた。だからここでは身分なんてあってないようなものだ」
コネなんて作りようもない。
偶然も奇跡も俺の元には訪れなかったし。
この王都の孤児院は貴族の寄附と教会の人員派遣でなりたっている。
居られるのは12歳まで。
その後は大抵どこかの店に丁稚に出る。
孤児院に派遣された人員だけで孤児院が回らない場合は子供を世話をする者として孤児院を卒業する者がそのまま残る場合もあるが、基本的にその場合女の子が選ばれる。
俺の場合は孤児院を出た後はある宿屋に拾って貰ったのだが、そこは一年も経過しない内にクビになった。
それから何度か場所を変えて働きはしたが全て長続きはしなかった。
「王都で大通りに出店されている店ってのはそもそもが貴族の手付きか他の場所で成功した後の店なんだよ。ここは自分の力を試す場所だからな。そんな場所に学もなく後ろ盾もない俺なんかを雇う店はない。雇われるのは最初から使えるやつだ。働けるとしたらまぁ裏通りにある店だ。そこもかなり渋いが表通りにある店よりは雇ってもらえる見込みがある」
「じゃあそこで雇って貰えばいいじゃない」
「昔は雇って貰ってたぞ。まぁクビになったが」
「なんでよ」
「精霊揺れの暴発の所為だよ」
「・・・・・・」
俺が答えるとメトは黙ってしまった。
これで察してくれるとは流石術師。
話が早くて助かるよ。
精霊揺れの暴発。
それを説明するには精霊のことをまず話さなければならない。
精霊とは何か?
生物や無生物に取り憑く精神体と言ったところか?
寄生型の生物なのか?それらも不明。
俺が知る限りこれが精霊だと未だに特定できてはないと思う。
分かっているのは取り憑かれた生物は特殊な能力、所謂魔術が使えるようになるということ。そして精霊が育つに連れて取り憑かれた生物の扱える魔術が増え、それと同時に取り憑かれた生物の身体能力が増加する事。
そして肝心なのが精霊揺れ。
精霊に取り憑かれると精霊によって齎された抑えの効かない衝動が自身に芽生えることだった。
魔術と身体能力の上昇を祝福をするならば、精霊揺れは呪いのようなものかもしれない。
陰と陽。この世に都合が良いことだけが起きるなんてことはないという事だ。
精霊には様々な種類のものがいて、それぞれが取り憑いた対象に与える魔術も衝動も全く異なるものになる。
そのぐらいだろうか?俺が精霊について知ってることは。王都にいる根無草にしては物を知ってる方だと思う。
俺の精霊揺れは悪戯を行う事。
精霊揺れの暴発が起きるとそれを強制的にさせられるわけだ。仕事中にそれが何度か起こり、後は想像通りにクビを切られてこの様である。
「俺の精霊は悪戯者。精霊揺れは悪戯をすること。これの所為でまともに働けないわけだ。見初められたのが運の尽きってところだな、それで俺の事情は理解できたか?」
「えぇ、そうね。お気の毒さま」
「それは良かった」
まぁ、悪いことばかりではない。
猫の気持ちがわかるようになったのは芽生えた魔術のおかげだからな。
失ったものはそれよりも大きいが。
「じゃあ教会に戻ったら?あそこなら」
「入信しろと?それは望み薄だな」
一度頼んで断られているとは俺は言わなかった。
「なんでよ?元々は孤児院に居たんでしょ。アンタには理由もあるんだし」
「ミルド教の修道女さんを前にして言うのはアレだけど、俺は神を信じてないからだ」
「モックスの鐘でそれがバレるって事ね」
「そういうこと」
ミルド教への入信には金も立場も関係ない。
しかし一つだけ資格がいる。
それは神を信じる事だ。
モックスの鐘は入信の際にそれを判断する。
信じていないと判断されれば弾かれることになる、そうして俺は入信を断念した。
「まぁ入信していたとしても生活が向上したかどうかは微妙な所だ。俺は男だしな」
「なんでよ」
俺はポリポリと頭を掻きながら話す。
「いいか?入信したからといって男の場合は生活の面倒を教会が全て見てくれる訳じゃ無いからだよ。教会に住む場所を用意して貰える男は内部でそれなりの立場にいるものだけだ。それ以外の男は家から教会に通って奉公するんだよ。それで教会の中でそういう立場で所属してる男は大抵元貴族だ。入信する時には金や立場は関係ないが上に行くなら話は別だからな。平民も居ないってわけじゃないが誰でも彼でもそう何度も献金出来る程の余裕はないだろうしな。貴族じゃない場合はそれこそ宿した精霊がものをいう。少なくとも俺の中にいる精霊は無理。う〜ん。そうだな。ミルド教の教典の一部にでもその精霊の名前とか出来事が書かれているなら可能性はあるか?それが無い男は見込みがないと思った方が良い。そもそも教会がお前を派遣してきたのはその為じゃないのか?」
「その為?」
「教会は奇跡とか英雄的行いを文章に纏めて後から利用しやすいようにそれを教典の一部に組み込むんだよ、何十、何百年後かはわからないけどな。それが奇跡の再利用だ。奇跡や英雄的行いが昔ある場所で起こりました。その者が宿す精霊はこれこれです。その者はあれこれそれこれを為しました。実はその者は教会に属するものでした。とかなんとかな」
後に教会に帰属したとか、ミルド教を信仰していたとかでもいい。
そうやって奇跡を利用して権威を保つわけだ。
力のあるもの、奇跡を扱うものは教会に寄与するってな。俺も囲ってくれないだろうか?
「教会が奇跡を起こすんじゃない。奇跡が起きた後に教会がそれを内に組み込むんだよ」
まぁ貴族もそこら辺は変わらないけどな。その為に俺が王城に呼ばれたんだろうし。
一見全く役にたたなさそうな青年だけどアマーリアの杖が選んだし一応唾付けておくか。みたいなね。
変な箱を渡しておけば力を貸したという話に出来なくもないからな。
その繋がりを使って俺が英雄になれば貴族に取り立てればよい。との考えだろう。
「だから無理って事。今まではって注釈をつけてもいいけどな。なんの因果か英雄候補にされたからもしかしたら今なら養ってくれるかもしれないな・・・もしかしたらその為にメトが派遣されたのか?」
俺は獲物を見つけた肉食動物のような目でメトを見つめる。
「違うわよ。養わないからね」
俺の目を見たメトは後退った。
「えぇ〜頼むよ。メトさん」
「ふざけないで!」
俺はそれから殴られるまでメトにウザ絡みをした。
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