第2話 メトとの出会い
行く当てのない俺は王都をトボトボと歩いていた。王城で過ごしたのはほんの少しばかりの時間だったが、その全ての事に現実感がなかった。
あれは夢だったのかもしれない。
「なわけないんだよな」
そんな現実逃避は俺の背後で浮いている大きな箱によって否定されてしまう。
箱の所有者となった俺は王城を出てから箱について簡単に調べてみた。
最初に分かったのは俺が移動すると意思は関係なく一定の距離を保って付いてくることだった。移動する際に箱と地面の間に擦過音が鳴らないのはこの箱が常にほんの少しだけ宙に浮いているからだろう。
その距離感については任意で定めることも可能だった。俺を中心にして指先程から六歩分ぐらいまでを自由に選択出来た。
そして箱は範囲に限っては俺の意思で動かすことも可能だった。
限界距離は付いてくる時と同じ六歩分だ。
宙に浮かべることもでき、さらにはその上に俺自身が乗ることも可能だった。
こう聞くと空を飛ぶ事も可能に聞こえるが宙に浮く場合は移動範囲の限界距離に加えて上昇限度があるようで永遠と空に向かって上昇するような事は出来なかった。
しかし人の頭の上を飛ぶくらいなら可能なように思えた。
箱には蓋が付いており、この二つは分離させそれぞれを動かせた。
蓋の方に乗ったらそのまま落下したので人が乗れるのは箱の方だけのようだ。
遊び道具としては面白い部類の魔宝具だと思う。しかし英雄になれそうなとんでも機能はこの箱には期待できそうになかった。
それにしても英雄ね、俺が。
良し、この変な箱をやろう。
だから偉業を為せ!!鋭意努力を期待する、的なことを言われ王城から追い出されましたわ。
どう考えても無理です。
どうもありがとうございました。
「はぁ〜〜〜」
俺は上空に顔を向けてゆっくりと大きなため息を吐いた。マジでどうすんのよ。
それから青い空を眺めてしばらくぼうっとした後にゆっくり考えを巡らした。
英雄か、英雄ってそもそも何だよ。
何かを守ったり何かと戦ったり、何かを探したりとかそんなのか?
その何かが多くの人にとって価値のあるモノでそれを為すのが難しくなくてはいけない?
そもそも普通に生きるのが難しい俺にそれを求められてもなぁ・・・。
本当にどうすんべ。
自己分析をしてみる。
俺の戦闘能力は猫と同等ぐらい?武器を持ってだけど。
そして今はその武器を買う金もない。
宿なし職なし当てもない。
今持ってるのはこの箱くらいのものか。
う〜ん。
やっぱり無理だな。
いやちょっと待てよ。
なんで英雄になる方向で俺は考えてるんだろうか?王城の雰囲気に当てられたか?
よく考えればそんな事を別にやらなくても良いよな?
王城に行って変な箱を貰ったけど別に誰かが俺に本当に期待しているわけでもあるまいし。あれは明らかに期待されていた四人と、なんか変な奴が一人混じっている感じのものだっただろ?
そうだよ、そう。ならもう放置で良くない?
「よぉーし。なんか疲れたし全て忘れてとりあえずこの貰った箱の中で寝るとするか!」
俺は人が滅多に入ってこないような細い路地に入った。それから箱の蓋を開けてその中に入ろうとすると、
「駄目よ」
背後から声がした。
「うわぁっと」
急に声をかけられたので俺は驚きながら振り返る。
「こんにちは」
そこに居たのは綺麗な青髪の少女だった。
こちらを見つめる大きな青い双眸。
身に纏う白いローブにはシミ一つ無い。
身長は俺より拳一つ分ほど低く、均整のとれた体をしている。
こんな路地裏にいるような少女ではない。
王都の裏路地はそれなりには危ないんだ。
襲われても知らないぞ。と思いながら俺は自分に用事がありそうな少女に声をかけた。
「どちら様で?」
「メトよ。初めまして」
メトと名乗った少女は軽く頭を傾けた。
同時に青く長い髪が下に垂れた。
名前を知りたかったわけではないんだが名乗られたなら名乗り返すのが普通か。
「マオだ。どうも」
俺は左手を上げて挨拶を返した。
「それで俺に何か用でも?」
そして続け様に質問した。
「ミルド教、武装修道女第二級魔術師のメト。今日から貴方の行動を監視する為に遣わされた可哀想な女の子よ、よろしく。してくれなくてもいいけど」
「ん?何?ミルド教の修道女さん?可哀想な女の子?え?どゆこと?」
「アマーリアの杖に選ばれた英雄候補者にはミルド教からの監視員が少なくとも一人は必ず派遣されるの。その貧乏くじを引いた一人が私」
「貧乏くじ?」
「貧乏くじなのは貴方のせいだけど」
「俺に付いてくるの?これからずっと?」
「まぁ、嫌々ね」
その顔は照れ隠しなどではなく苦虫を噛んだようだった。
「本音とか隠す気ないのか?」
「ないわ。貴方にムカついているから」
「そうですか」
「そうよ」
この娘とは上手くやれそうな気がしない。
「嫌なら付いて来なくていいです。どうもありがとう。そしてさようなら」
素早く別れの挨拶を済まして再び箱に入ろうとすると、今度はベルト部分を掴まれて無理矢理止められた。
「もうっ!何!?だから帰っていいって」
「したくても出来ないの。もう決まった事だからーーー」
「嫌なら断れよ」
「仕事だから無理よ」
「メトさんならいけるよ。頑張って」
「貴方が一つでも偉業を果たせばそれを報告した後で他の人と配置換え出来るかもしれないの。協力しなさい」
「望み薄だな」
「諦めないでよ。主に私の為に」
メトは俺のベルト部分を遠慮なしにぐいぐいと引っ張ってくる。
本当にやめて欲しい。
折角王城に登城する際に靴から上下セットまで全部貰えたんだ。
それを壊されて堪るものか。
さっさと話を終わらせ彼女にはご退場願おう。
「偉業って例えば何?猫を捕まえるとかなら一日掛ければ多分出来るけど」
俺は一旦箱の中に入るのを中断してメトの方へと向き直った。
「ドラゴンとか退治してみる?」
「死んじゃうから無理」
「迷宮踏破は?」
「それも死んじゃう」
「大精霊を身体に宿すなんてのは?」
「結局それドラゴンとか倒さないと無理だろ」
「滅びかけた村とか救っちゃう?」
「誰かを救う前に俺の滅びかけた生活をなんとかして欲しいな」
「じゃあ何なら出来るのよ!?」
メトはキレ気味で問いかけてきた。
「俺が何が出来るのか知りたいと?」
「まぁ?そうね」
「はぁ、仕方ないな・・・じゃあ見せるからついて来いよ」
俺の駄目さ加減を知ればこの娘も色々と諦めがつくだろう、そう考えてメトを引き連れ裏路地から出る。
俺は少女と別れる為に自分のいつもの日常を彼女に見てもらう事にした。
そして知るが良い、俺がどれだけ英雄に相応しくないかをな!
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