箱の中は快適です。

十倉九一

ホームレス、探索者になる。

第1話 王座の間

「よくぞ集った。未来の英雄候補達よ」


開口一番、広間の一番高い位置に置かれている王座にいる王から力強い声が放たれ、その声は王座の間全体に響いた。


そこは一般的な部屋からは大きくかけ離れた天井が高い部屋だった。

数十、いや百人以上の人間が入れるほどの広さ。塵一つ落ちていない黒い大理石で作られた床は王座の後ろの窓からの光を反射させている。等間隔に配置された柱の元には別々の体勢をした人間の像が置かれていて、彼らはそれぞれ違う形の照明灯を持ち上げこの場を照らし続けている。王座の背後には紫色の大きな旗が天井から床まで伸びていてその中心には金の糸で紋章が刻まれていた。


この日ここに集められた者は五人。

その五人全員が跪いて王の言葉に耳を傾けていた。


勿論この場にいるのは王とこの五人だけではない。王座から少し離れた場所に配置してある四台の椅子には王族の方々が座して五人を見ていた。そして五人の背後には十数の貴族達。さらに王族や貴族を護るための騎士や兵士達。この場にいる全員が今日この場に呼ばれた彼ら五人を品定めするように注視していた。


「集まってもらった理由はわかっておるな」


「「「「はっ!」」」」


まるで決まりきった台詞があるかのように同時に五人中四人が返事をした。


「あの〜ちょっといいですか?」


その中で一人、その静謐とした空気を読まずに割って入る人間がいた。

まあ、俺なんだが。


「なんじゃ?」

その場にいる自分以外の全員からの視線が俺に集まった。

特に王の眼差しは鋭い。

睨むなよ。怖いんだよ。

一般市民だよ俺は。


俺は質問した事自体を口にした瞬間には既に後悔していたが、しかし一度声を出してしまったものはもうどうしようもない。

恐怖を感じながらも疑問を口にする。


「なぜ俺はここに呼ばれたのでしょうか?」


それは俺にとっては当然の疑問だった。街を歩いていたらいきなり攫われるようにここに連れて来られたのだからな。

「ん?」

「あの、だからですね。なぜ俺はここに呼ばれたのかをお聞きしたくて」

しどろもどろになりながらもう一度尋ねた。


「主は誰じゃ?」

「マオと申します」

「なぜここにいるのだ?」

「呼ばれたので」

というか問答無用で無理やり連れてこられたんだけど。


俺の疑問を聞いてささっと王の元に一人の男が近づいて耳打ちした。


「わからぬのか」

「まぁ、はい。そうですね。すみません」

「よし、主はしばらくそこで黙っておれ」

「・・・はい」


俺の疑問に答える気はないらしい。

まぁそうだよね。

わかっていたけど。

この国の頂点である王様が俺なんかの為に時間を割くわけはない。

当たり前のことだ。

別にいいよ。拗ねたりはしてない。


俺はそこから一切口を開くのをやめた。

ただひたすら早く終わらねえかな、と思いながら膝をついて過ごした。

その間の話は簡単に説明するとこうだ。


ここに呼ばれた五人はアマーリアの杖の選定で英雄候補に選ばれた人間達らしい。

アマーリアの杖とは王国の貴重な魔宝具である。


因みに魔宝具とはそれぞれに不思議な力が宿っており大精霊が宿っているなどと噂されていて一般市民には遠く手に届かない代物だ。

売るところに売ればそれだけで城一つ買えるモノだとかなんだとか言われてる超希少品だった。


その高値で売れそうなアマーリアの杖は王都にいる英雄候補の名前や特徴などを数十年周期に一度叫び出すらしい。その期間はまちまちで二十年だったり五十年だったりその時々によって違うようだ。選ばれる人数も今回のように五人ではなく三人だったり一人の時もあったのだとか。そんな気紛れな杖により今回俺を含めた五人の英雄候補が選ばれたようだった。


それを聞いた俺の感想は

なんだその傍迷惑な杖は、である。

他の人間ならわかる。

しかしその中で俺が選ばれる理由は皆目検討もつかない。

俺は根無草で絶賛仕事募集中の人間だぞ。

英雄なんて夢のまた夢だろうに。

そこらでランダムに石を放り投げて当たった人間に声をかけた方がまだ英雄には相応しそうだ。


杖の話を聞いて眉唾物のポンコツな杖だなと俺は思った。


そして俺以外の四人の素性はこう。



一人目は魔物騎士と呼ばれる騎士。

ウォーレン・サンズ。

彼はココサチという村を単独で魔物から一人の犠牲も出さずに護った英傑なのだとか、既に英雄的偉業を為した男だった。

もうこいつでいいじゃん。


二人目は迷宮踏破者である魔術蒐集者。

ワイリー・ポルポ。

彼は仲間と共にグルグワ迷宮の最下層まで進み。そこで誰も見たことのないような魔術を手に入れたらしい。



三人目は王都で稼ぎに稼いでいる新進気鋭の商人。ウェンディー・ムーン。

彼女の商売の種は主に食材と料理店の経営のようだ。その料理は一つ一つが素晴らしく初めて見るようなものばかりで目新しく、一度味わって仕舞えばもう別のものは食べらなくなるのだとか。



そして最後の一人は三年に一度開かれる王都の武闘大会の優勝者。

ジェスト・ガーデン。

戦い全てが瞬く間に終わり、誰も寄せ付ける事なく気がつけば彼の敵は倒れていたということだ。大会の最後までそうして勝利してしまったようだ。



全員が揃いも揃って優秀と呼ぶのになんの疑問も持たない奴らばっかりだった。

俺だけ浮くじゃねーか。

格好もなんか見窄らしいし。


というか俺だけどんな人間なのか紹介がなかった。王様は他の四人の素性は事細かく説明したのに俺だけはなんかマオとかいう人です、終わり。みたいな名前だけの紹介をされて終わったんだけど・・・いや、いいんだよ。人生において語られる事を何もしてない俺が悪いんですけど。

でもほら、そういうのって素直に納得は出来ないだろ?


「ではあれを持って参れ」


続いて王が命令を下した。

言われて出てきたのは一つの箱。

色は白銀。

形は棺桶に似ていた。

それが少し宙に浮きながら持ってきた人間の後ろに付いて進み、その人が止まると床にゆっくりと落ちて着地した。


王は其れの蓋を開けると中から何かを取り出した。

それはおそらく剣の魔宝具だった。


魔宝具というものは目を奪うものだと耳にしたことがあったが、この剣が正にそれだ。

学がない俺でも例えそれが何なのかわからなくても、それには注目してしまう魅力があった。


材質は鉄に見えるがおそらくそうではない。

握りは黒色、何かの革だろうか?

柄頭と鍔にはそれぞれ装飾がある。

一番特徴的なのは剣身だろう。

剣先から鍔の側までど真ん中が割れたようにように指一本分ほど隙間が空いているように見えた。しかし実際は穴が空いているわけではないようだ。何か透明な硝子のような素材が剣身の中心を占めていて彼方が透けているだけだ。硝子の訳はないのでこれも俺が知る由もない特殊な素材で作られたものなのだろう。


気がついたら手を伸ばしそうになったので慌てて俺は意識してそれを止めた。

危ない危ない。


それ程見れば見るほど美しい剣だった。


「ウォーレンにこれを」


剣の魔宝具を持った王がそう口にすると剣は騎士の一人に渡され、それから魔物騎士と呼ばれる騎士に下賜された。

そしてそれが三度続く。

魔法蒐集家、商人、武闘大会優勝者、それぞれが箱から出された異なる魔宝具を受け取っていく。

次は俺の番か?本当に?俺も魔宝具貰えんの?売ってもよろしい?と心の中の喜びが顔に出ないように内心で叫びながら魔宝具を受け取る準備していたが、すぐ後に

「ん?ないぞ」と王様は信じられない言葉を漏らした。


ん?ない?どゆこと?

俺だけ何にもないの?

魔宝具無しですか?マジか。

同じ英雄候補じゃないの?

差別良くないよ。


おれがジト目で王様を見ていると

初めて王が慌て出して

「少し待っておれ・・・少し考える」

と言ってオロオロしだした。

さっきまで順調だったのに進行がグダグダで言いようのない残念な雰囲気が辺りに流れる。その所為なのか何故かまた俺に集まる視線。え?俺が悪いの?


なにこれ。

要りません。とか言うべきなのか?


「・・・・・っ」


そう思って口に出そうとしたところでささっと王に近付く者がおり、王に耳元で何かを呟いていた。


「・・・そうじゃな。そうしよう」


王は二度頷く。そして


「これは希少な魔宝具が入っていた希少な魔宝具の箱じゃ」


そんな事を宣った。


なんだそれ。である。

紛うことなきなんだそれである。


なんだ?希少の魔宝具が入っていた希少な魔宝具の箱って。それただの箱じゃん。

浮いて移動するからただの箱とは言えないかもしれないけど。

要するにただの浮く箱だよな?

俺は頭の中でこの王様ってピーなのかな?とか罵りながらもなんとか

「有り難き幸せ」などと心にもない事を言った。


王はそれを聞いて大仰に

「うむ」と大きく頷いていた。


うむじゃねーだろ。と心の中で俺は叫んだ。


そして最後に王は


「英雄とは偉業を為すのものである!この中で一番大きな偉業を為した者には私が叶えられる願いならばなんでも叶えることを此処に約束しよう!では皆期待しておる!」


と締め括った。


そうして謁見は終わった。

俺は英雄候補にされた結果、なんかよくわからない箱を貰った。

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