第11話 野営場にて
バビッドとの戦いを終えた後、しばらくはリズベルに向かって街道を進んでいたのだが、魔物との戦闘が尾を引き馬が興奮して様子が少しおかしくなったので、早めに野営場所を探して俺達はそこで夜の時間過ごすことに決めた。
野営の場所を決めて準備をしていると辺りは徐々に暗くなっていった。
野営場には光帯石の街路灯などは無いのでなるべく乾いている木を拾ってきてそれに火をつけて灯りにする。
夜に馬車が移動する事はほぼ無いが、万が一に備えて御者はいつでも出発できるように簡単な食事を取った後に直ぐに眠りに落ちた。俺達は馬車が動いていても中で眠れるが、御者はそれが出来ないからだ。
俺達は箱を椅子にして灯りの側に座る。
周辺にはその灯りで焼いた肉の香りもしていた。拾ってきた木の棒で刺された肉を三人がそれぞれ手に持ち口に運ぶ。
そうして自分とメト、そしてヨルガの三人きりの空間で俺は先程の戦いを思い出しながら口を開いた。
「マジで怖かったんですけど、無理なんですけど。俺に探索者って務まるのかな?ねぇ大丈夫かな?あんな魔物と戦うとか嫌なんだけど。腕とか咬みつかれてブンブン体を振り回されそうなんだけどっ。ねぇ、そうしたら腕とか取れちゃいますけど」
俺は魔物との戦闘を初めて間近で見た興奮と命が助かった安心感、そしてそれを自分が行えるのかという不安から言葉数が多くなっていた。
「五月蝿いのよ。黙りなさい」
「・・・へい」
メトに一睨みされてそれを嗜められる。
「戦いはね慣れよ慣れ。一回、二回って続けていけば誰でも出来るの。出来ないやつは途中で辞めたやつだけ。わかった?」
メトが珍しくまともな助言をしてきた。
「わからない!怖い!」
「わからせてあげましょうか?」
メトの優しさがこもっていない笑顔も怖かった。
「まぁまぁ、初めての魔物だったのだろ?怖いのは当然だ」
ヨルガさん優しい。
メトにも見習って欲しいものだ。
「こいつはそんな柔な人間じゃないわよ。ヨルガは気をつけた方が良いわよ。アンタもう既に騙されかけているから」
余計な事言うなよメト。
お前が俺の何を知っているんだ。
いや普通に怖かったし、魔物。
だって咬まれたり引っ掻かれたりしたら痛いじゃん、絶対。
怪我したらお金掛かるし最悪だよ?
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「クソ野郎」
「直接的過ぎるだろ」
「セクハラゴミ虫?」
「口が悪いな。あとお前にそんな事はしてない」
「ほら、こいつの心配なんてするだけ無駄なのよ」
「でも確かに肉を美味しそうに食べてはいるな。私は魔物と戦った最初の日は肉を見るだけで気持ち悪くなっていたのだがな」
この肉はメトの捕らえたバビッドの肉を解体したものではない。バビッドはあそこに氷の檻に閉じ込めたまま放置してきた。おそらく氷の壁はあの後に直ぐに溶けて今頃は捕まっていたバビッドは何処かに逃げていることだろう。
手元のこれは馬車に用意された糧食の一つである瓶詰めにされた加工肉だった。
それを木の棒に刺して火にかけて焼いたものだ。
漬け込まれた時の香辛料が絶妙だったのか焼かれた時の香りは良く、肉汁も適度に出て美味かった。
流石は王城が用意してくれたものだ。
不味いわけがない。
「そうなのよ。こいつは図太いの」
そうやって食事を楽しんでいた所為で魔物との戦闘で俺が何も感じていないと疑いの目を向けてくるメト。
この肉を食べているのが原因だと?
美味いものは美味いのだから仕方ないだろ。
だから俺は反論する。
「飯は関係ないだろ。こちとら食べられる時に食べないと餓死する生活していたんだよ。それとこれは別なの」
「そういう所が図太いって言ってるのよ」
「メトの言う通りマオは大丈夫そうだ」
ほら、ヨルガまでメトの意見に賛同してしまったじゃないか。
俺の味方は何処にもいないのか?
「初めて名前で呼んでくれたわね、ヨルガ」
「そうだったか?もしかして嫌だったか?」
「違うわ。これからもそう呼びなさいよ」
「うむ。わかった」
彼女らは俺を放置して女子同士で友情を育んでいた。
そこには何となく入りづらかった。
二人を見ながら俺は静かにモグモグと肉を食べる。
「そうだ。お酒出してよ」
メトはヨルガと二人で話しながら急にそんな事を言いだした。
「駄目だ駄目だ。護衛が出来なくなる」
「大丈夫よ。見張りはこいつがするから」
メトが顎をしゃくって俺を指した。
「何で俺が」
「だってアンタは馬車に乗ってただけだし、魔物が来た時も何もしてないじゃない?私とヨルガは働いたし、御者は明日も早いからもう寝てる。残っているのはアンタだけ」
うぐ、何も言い返せない。
「それにどうせ夜中は誰かが起きてないといけないんでしょ」
「見張りは立てるべきだな」
「そうね。全員が酔うのは流石に駄目だからこいつはお酒禁止。私達だけで飲みましょ」
「いいのか?」
「でも俺は魔物が来ても戦えないぞ」
「別にそれは期待してないわ。少しのお酒程度で私が酔ったりすると思う?笑わせないで、それにヨルガは飲めば飲むほど強くなるんだから逆に安心じゃない」
そうとも言えるのか。
ん?言えない気がする。どうなんだろうか?
「じゃあ二人で楽しんでくれ」
今日何もしていない俺は黙ってメトに従った。でももしこいつが酔っ払ったら絶対に悪戯してやろうとも心に決めた。
しばらくして。
「なぜ私の酒が飲めない?理由は何だ?お前は飲みたい筈だ。こんなに美味しいのだからな。飲みたくないわけがない。そうだろ?ほら飲むんだ。口を開けろ。何だ?無理やり入れて欲しいのか?我儘なやつめ」
これは誰ですか?
これはヨルガさんです。
完全な酔っ払いです。
「そうだ!飲めないってのか?」
二人は完全に出来上がっていた。
メトもヨルガと同じように酔っ払って悪ノリしてくる。
見張りが必要だって言ったのはお前だろ。
酔わないって言ったくせに速攻で酔ってんじゃねーよ。
だが酔うと見張りが出来なくなるどうのこうのって話は今はもういい。
俺はもう別に魔物の心配はしていなかった。
なぜならメトは酔い初めて後、直ぐに魔術を行使し馬車の周りと火の回りの俺達を魔物から守る為に氷の壁で覆い氷壁を作ってしまったからだ。
魔術って便利だな。と思いながらやれるなら最初にやれよと俺はメトを睨みつけていた。
たぶん最初からこいつは俺に微塵も期待などしておらず、ヨルガを説得する材料として見張り役を俺に押し付けただけだった。
しかし既に酔っ払っている彼女が俺の何か言いたげな視線に気付くことはなく、ヨルガが魔術で作った酒にドライフルーツなどを入れて味を変えて酒を楽しんでいた。
俺の、魔物に襲われようものならどうなるのか?ヨルガは酔うほどに力が増すようなので問題なそうだが、万が一酒のせいで寝てしまったら全員一網打尽だ。
少なくともそういう場合に備えて自分だけは酔っ払わずに起きていなくてはならない。などと本気で氷壁が出来上がるまで考えていた俺が馬鹿みたいだった。
不安感は既に久遠の彼方へと吹っ飛んでいた。
だから今考えているのはひたすら俺にウザ絡みしてくるヨルガの誘いをどうやって断り続ければ良いのか?ということだけだった。
俺が何故頑なに酒を飲まないのか?
年齢的には飲める年齢なので問題はない。
酒が嫌いなのか?それも否だ。
出来ることなら浴びるほど飲みたい。
実際俺もヨルガの誘いを受け入れて酒に手をつけた方が楽なのは分かっていた。
しかしもしそれを受け入れてしまえば俺の理性も吹き飛ぶことは想像に難くなかった。
それが問題だ。
ヨルガは酔うと人に絡む。
今は理性が働いているのでなんとかヨルガの機嫌を損なわないように対応し続けていられるが酒を飲んでしまったらそれを上手くやる自信は俺にはなかった。
おそらく何処かで俺がヨルガにやらかすのは間違いない。その結果は王都に居た兵士達と同じ道を辿るのは必然だろう。
あの痣を思い出して欲しい。
そこに俺とヨルガの力の強さを加味して考えると酒を飲んだ結果、明日の朝に俺にとって辿り着く未来の中の一つとして最悪の事態が訪れることも選択肢として入れておく必要があるだろう。
だからこそ俺はヨルガの酒を飲まないようにしているのだった。
まだ事故で死にたくはないからな。
「おいメト。お前がこいつに酒を飲ませたんだろ?だったら止めろよ。なんで一緒になって俺に酒を飲ませようとしてるんだよ」
「こいつというのは私のことか?マオ」
言い方が気に入らなかったのかヨルガは雑に俺に身体を預けるように肩を組んできた。
そうして逃さないようにしてから顔を覗き込まれた。
「すいません。この人でした」
「いいんだ。いいんだ。私達の仲ではないか」
「ひっ」
ヨルガは板金鎧と鎧下を脱ぎ、上半身に身につけているのは肌着と下着のみになっているので触れられると色々な部分が俺の身体に当たる。特に肩の辺りに押し付けられて形を変える双丘が気になって仕方ない。しかし今は喜びよりも恐怖の方が優っている。
何せヨルガはどんどん力が強くなっている。
魔術の所為でだ。
俺は肩を組まれる度に蛇に睨まれた蛙の如く時が止まったようになる。
物理的にそして心理的にも。
「ほら私達は仲良しだろ?」
「・・・ですかね〜?」
「そうだろ?」
「はい、そうです」
ヨルガは遊ぶように俺の手を握りながら指を絡ませてくる。容姿は美人の部類に入るのは間違いないので王都で過ごしていた時の彼女のことを何も知らない昔の俺ならこの状況も喜べたかもしれないが、今の俺はヨルガが魔法師なのを知ってしまっている。
二級魔術師であるメトに手を握られても折られそうになっていたのに魔法師であるヨルガにそんな事をされたら確実に指が明日から使えなくなるような事が起きてしまう。
俺は細心の注意を払い彼女を怒らせないように一挙手一投足に気を付けるしかなかった。
「で、いつになったらお前は私の酒を飲むんだ?」
一体何度目だろう?酒を勧められるのは。
まだ百回はいってないかな?
「ほら一人は素面でいないといけないので」
「いいから飲め」
「でも、ですね」
「お願いだ。飲め」
「あの〜」
「命令だ。飲め」
「・・・はい」
酔った時の俺、頼んだぞ。
抵抗虚しく俺の喉はヨルガ産の酒を受け入れた。勧められるままに俺は酒を呷った。記憶が飛ぶのにそう長い時間は掛からなかった。
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