第22話 逃走

 車にき飛ばされた男は、木に強く体を打ち、うなだれる。サーチライトに照らされた男は左腕全体にガラスの破片が刺さっているだけでなく、腹部にも列車の鉄柱が突き刺さっており、大量に出血していた。


 この出血量では早急に治療が行われたとしても、生きられない。


 事実、男の皮膚が蒼白になっているのを確認した。失血死に至る特徴だ。


 フェイスマスクが全て取れた男の顔は若く、僕と同じ、高校生ぐらいの年齢に見える。僕と同じくらいの青年が、兵士として生きてきたということに僕は衝撃を受けた。


『悪魔の命を奪ってやる!!根絶やしにしてやる!!』


 男の口から出た憎悪の塊のような言葉。


 この言葉から、男の歩んだ人生に思いを馳せずにいられない。


 しかし、それをするのは後だ。


 僕は男がぴくりとも動かないことを確認して、手に持った散弾銃を男に向けることなく、車の方にふらつく足をひきづりながら駆け寄る。


 僕は修復できていない、いまだに出血し続ける腹を抑えて、飛び込むようにスポーツカーの助手席に乗り込む。


 上空のヘリのサーチライトによって車が照らされ、運転席に座る、僕を助けにきた人物の正体が判明する。


「コウ、どうしてここに?」


 藤原コウ。僕や雪音と同じ東京都立江戸川高等学校の同級生。僕が高校に入ってからできた、唯一無二の親友だ。


「カイ、話は後だ。今はこの場から早く逃げよう」


 僕が助手席側のドアをバタンと閉じると、コウはシフトレバーを2《second》に入れ、アクセルを踏み込み車を急発進させ、木々に囲まれた下り坂を下っていく。


 ヘリから降下した兵士たちが走ってこちらに向かってくる。その手に持っているのは二丁の銃。列車の中の兵士が持っていた散弾銃だけでなく、小銃ライフルを手に持ち、こちらに撃ってきた。


 列車周辺を飛び回っていたヘリ四機中、二機が、こちらに機関銃を掃射してくる。そのうちの何発かがフロントドアをかすり、リアウィンドウをる。


「くそ、本当に容赦ようしゃねえな」


 コウはそう吐き捨てながら、迫り来る木々を、ヘリから放たれる凶弾をドリフトを合わせながら、たくみにかわしながら坂を下り続ける。


 まさに糸をうような神技。


 高校卒業して免許を取ったばかりだと言うのに、ここまでのドライビングテクニックを有していることにツッコミを入れようとしたが、今はそんな悠長なことをしている場合ではない。


 僕は激しい揺れから体を守るため、まだ力が完全に入らない左手でアシストグリップを掴む。


 障害物の無い空中を悠々と飛ぶヘリからの機銃の走者が止むことはなく、連射された弾丸が木々にめり込み、木片を飛び散らせ、ぎ倒す。


「これ、逃げ切れるのか?」


「わからん。かと言って逃げなきゃ機銃で蜂の巣にされるぜ。こんなところで死ぬのはごめんだぜ」


「間違いねえ」


 コウがハンドルを思いきり切り、目の前に立ちはだかった大樹を間一髪のところでかわす。


 目の前の障害物を避けることで精一杯なコウとは対局に、僕はヘリが飛んでいるであろう上空を見上げた。一機は僕たちの後方に、そしてもう一機は・・・。


「コウ、一機、前から来てる!挟み撃ちする気だ!撃たれるぞ!」


 前から挟み込むように迫るもう一機が機銃を撃ってくる。放たれた弾丸は、土の地面をえぐり飛ばしながら、まるで銃痕の列を作るように近づき、運転席側のサイドミラーをはじき飛ばした。


「ぶねっ」


 間一髪のところで避け、コウが思わず声を漏らす。あと数センチずれていたら、運転席ごとコウが撃たれていた。


 車体がガタンガタンとフロントを揺らしながら下に下に下っていく。


 僕たちの前方から後方についたヘリが、元から後方にいたヘリと合流し、二機から一気に機銃が撃たれる。


「こりゃ、逃げきれんぞ!」


 コウが雨のように降り注いでくる銃弾によって薙ぎ倒される木々を見て、叫ぶように言った。


「何か手はないのか!何か武器とか、積んでないのか!?」


「何もねえよ!こんなことになるのがわかってたら四駆ヨンクで来てたし、ロケットランチャーだって執事に用意させてたさ!」


「君の家はロケットランチャーなんて持ってんのかよ!」


が藤原家に用意できないものなんてないッ・・・!?」


 コウの声が衝撃と共にうわずる。ちょうど僕たちが乗る車のすぐ後ろが爆発し、後輪が浮く。巨大なリアウィングが吹き飛ばされ、ルーフを擦った後、木に突き刺さる。


 僕は小さな、今となっては通気性と視認性が格段に良くなったリアウィンドウからヘリの様相を確認する。


「おいおい、奴らロケットランチャー持ってるぞ!」


「なっ!?やりすぎだぜ宮内庁!悪魔一人にそこまでやるかぁ!?」


 このままでは機器的な状況から抜け出すことができない。


 何か、何かこの状況を打開できる策は・・・。


『悪魔』の力さえ、『悪魔』の力さえ使うことができれば・・・。


 こんな深手さえ負わなければ・・・。


 僕は、先ほど男に撃たれた腹部を見やる。


 僕はそれを見て、口端を上げた。


 手にはスーツには、確かにべっとりと血がついているが、それは完全に乾き切っている。


 つまり、傷が完全に治りきっているのだ。


 この状態ならば、『力』を使える。


「ヤッベェ!もう逃げきれねえぞカイ!」


 コウが眉間に皺を寄せ、悲鳴ともとれる声を上げた。

 

 車は間一髪のところで機銃の掃射と、ロケットランチャーの弾を避け、その着弾時の衝撃波と巻き上がる砂、飛んでくる木片をボディに受けながらも耐えている。


 僕は助手席からリアシートの方に身を乗り出し、二つのヘリを視界に捉えた。コウは僕の行動に「死ぬきか!?」と驚嘆の声を上げた。


「大丈夫、僕に任せて。この状況を打開して生き残ろう」

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