第21話 憎悪

 男はザッザッと足音をたてながら死体となった母娘に近づくと、さらに一発、散弾銃を発砲する。


 散弾は女児の上顎から上を吹き飛ばし、その下にあった女性の大きく出た腹を撃ち抜く。


 女児は残った下顎から舌をだらんと垂らし、女性の腹からは腸ともう一つ、血だらけのかたまりが姿を現した。


『妻だって新しい命を身籠みごもって『男の子かな?それとも女の子かな?』ってすごく幸せだったのに・・・』


 不意に駅員さんが言っていたことが頭の中でリピートされる。


 散弾がめり込み、シュウシュウと音をたてているあの塊は、この世に生まれるはずの二人の赤ちゃんだったのだ。


 二人の希望だったものだ。


「そんな・・・その子は・・・」


 僕は一歩も動くことができない。ただその場に立ちすくんで女児の、女性の、赤ん坊の亡骸を見つめることしかできない。


 女児の未来も、女性の未来も、赤ん坊の未来も、さもあっけなく奪われてしまった。


 僕が二人に贖罪を成すチャンスすらもあっけなく・・・。


 僕が守りたかったその存在もあっけなく・・・。


 突如として僕の腹に、熱い何かがめり込むのを感じる。


 僕はその場に前のめりに倒れ込んだ。手をつくことなどできず顔面から。口の中に土が入り、砂のシャリシャリとした感触が口腔に広がる。


 僕は顔面を、両手で地面に手をついて両膝をつき、上半身を何とか起こしながら男の方を見る。その手に持った散弾銃から、またしても白い煙がたなびいているのが目に入った。


「どうして・・・殺した?」


 僕は声を振り絞って男に問いかける。


「『どうして殺した?』か・・・だって?そんなの決まっているだろ。お前たち『悪魔』は俺たち『人間』の命を奪う敵だろ」


「でもその女性は、その娘は、そのお腹の中の子は、『人間』の誰の命だって奪ってないじゃないか・・・!」


 男はジャキッとフォアエンドを前後させ散弾銃に弾を装填そうてんしながら、高笑いをする。


「ハハッ・・・ハハハッ!」


 次いで僕の額に散弾銃の銃口を突きつけた。


「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ!こいつらが過去や今に『人間』を殺してないとしても、『悪魔』である限りこいつらが『人間』を未来で殺す可能性は限りなく高い!いや、必ず殺す!輸送車の中で何人も何人も俺の仲間を殺した『お前』と同じようになぁ!!」


 男は怒号を上げ、僕の顔面を蹴り上げた。


 僕は後ろに吹っ飛び、背中から地面に倒れ込む。僕は痛みに顔を歪ませながらも、男を睨んだ。


 男はそんな僕を血走った目で睨みつける。


「なんだ?そのくせ、被害者面すんのか?ああ!?俺たちがお前たち『悪魔』を殺す前になあ、俺はな、お前らに奪われてんだよ!俺の大事な家族を、俺と共に戦ってきた仲間を、俺の人生を!全部、全部なぁ!!お前らは無差別に俺たち『人間』の命を奪ってきた。ならば俺たちだってお前ら『悪魔』の命を奪ってやる!根絶やしにしてやる!!そうすれば俺のような悲しい思いを、辛い思いをする『人間』は一人としていなくなる!!」


 男は感情のままに、憎悪のままに怒鳴り声を上げた。


 僕は何も言えなかった。


 習っていたから、知っていたから、『悪魔』がこれまでどんな悪行を成し、どれほど多くの人を殺してきたかを。


 そして、この僕自身も、この数分で女児を守るためとはいえ何人も、何十人も殺した。


 この男と同じように大事な家族を、大事な人をもつ『人間』を何人も、何人も。


 でも、それでも、『悪魔』にだって大事な存在はいる。『悪魔』にだって愛するものがいる。『悪魔』にだって自身を必要とし、待ってくれている存在がいる。


 全てが全て、世間が言うような『悪』ではない。


 目の前の男やその兵士たちのように、『悪魔』だからと言って、正当化して殺していい存在では、『悪魔』は決してない。


 僕は女児のことを思い出す。女児が僕に差し伸べてくれた、小さく温もりのある手を思い出す。


 その優しさを思い出す。


 彼らは、僕たちは『人間』となんら変わらない・・・。


餓鬼ガキ、悪い知らせだ。敵の増援が到着したようだ』


 僕の背後からバリバリと音を鳴らしながら近づいてくるモノの気配を察知する。それは脱線した列車周辺をサーチライトで照らしていた。


 僕は思わず目を細めた。


 僕の頭上を照らし、通過していったモノ、それは機関銃をその腹にたずさえた漆黒のヘリコプターだった。


 その忌まわしい羽音を聞く限り、3、4台は来ている。


『ヘリから増援部隊が降下を始めている。逃げられんな。こうなったらやむを得ん・・・』


 頭の中の声が唸るように言った。


 もう逃げられない。僕はそうさとる。


 男は再び、僕の眉間に散弾銃の銃口を突きつけた。


「さよならだ『悪魔』。お前が死ねば『人間』の世界はさらに清らかに、より良い、平和なものになる。お前が死ねば全ての『悪魔』の力が弱まる」


 男はそう言って引き金を引こうとする。


 僕にはもう力が残ってないようで、男をどんなに睨みつけても、その身体を吹き飛ばすことはできなかった。


 腹の傷も全くもって再生していない。


 ここで終わりか・・・。


 何も救えず、大事な人と再び会うことも叶わず、誰も知ることのないこの雑木林で一人孤独に朽ちていく・・・。


 いや、ここで終わりでいいのかもしれない。


 僕はたくさんの人を殺した。


 この1時間に満たない短い時間で何人も何人も。


 そんな邪悪な存在は、確かにこの男の言う通り、この世から消えてしまったほうがいいのかもしれない・・・。


 何よりも、もう疲れた。


 幼少期から十字架を背負って生きてきたことに疲れた。


 そして、これからも背負い続けて生きていくであろう未来。


 そんな未来なら来なくていい。


 僕は諦めて瞼を閉じようとする。


 雪音ともう一度会いたかったな・・・。


 僕に湧き上がる一つの願望。 


 僕の脳裏に浮かんだのは、またしても彼女の姿だった。


 でも、会うことはもう叶わない。


 僕は瞳を閉じて銃声が鳴るのを待った。


 しかし、次の瞬間に響いたのはタイヤのスキール音と、ドンという衝突音。


 目を開けると、さっきまで男がいた場所で、黒塗りのスポーツカーが空気を揺らすようなエンジン音を鳴らしていた。


 開かれた助手席のドアの奥から、一人の人影が左手を伸ばしているのが視界に入った。


「カイ、早く乗れ!」

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