第19話 限界


 異能や『悪魔』のパワーによって強化された体術と、弾が切れるたびに奪い取る散弾銃を駆使しながら立ちふさがる兵士を殺害しつつ、一気に先頭車両に向かう。


 弾が切れた散弾銃を手放し、殺害し、膝から崩れ落ちる兵士の散弾銃を奪い取りながら、視線を次の標的へと向けた。


 僕が視線を向けた対象は、左側頭部が吹き飛び、一つ、眼球が落下していく。


 駆けたためか、ここまでの大人数と戦うのが初めてのためか、僕の息はすっかり上がってしまっていた。


 だが、敵は構わず現れる。


 外通路と繋がる扉から侵入してきたさらなる二人の兵士を、一人は喉元に散弾を撃ち込んで射殺し、もう一人は蹴り飛ばした。


 蹴り飛ばされた兵士は、背骨がボキッと音を立て、列車の鉄内装にぶち当たり、凹ませた後、床に伏す。


 僕は二人の兵士が絶命したのを確認したのち、内側面に手をついた。まだ生温かいべっとりとついた血液の下から鉄のひんやりとした感触が伝わる。


 視界がぼやける。今はどこも外傷を負っていないはずなのに身体のあちこちに、まるで内臓が鷲掴みにされたような痛みが走る。


 僕はこうしている暇はないと思いながらも、視線を地面に向けた。


 すると、ポタポタと血が一滴、二滴と等間隔で落ちていく。


「おにいさん、はなぢでてるよ」


 僕のことを心配そうに見上げる女児が言う。僕は、手の甲で鼻の下を拭うと確かにそこには血がついた。


 僕は鼻血を出していた。でも、どうして・・・?


『『力』の使いすぎだ。俺様を取り込んですぐは、お前の身体が俺様の存在に、『力』に順応することができない。なのにお前は無理に『力』を使いすぎた。お前の脳は肉体は過負荷に耐えられなかった。その反動がきているのだろう』


 僕はぼやける意識の中で頭の中の『悪魔』の声を聞く。


 その間も、鼻から生温かい血が垂れ続けるのを感じる。


 脳が身体が過負荷に耐えられなかったとして、この後にも迫ってくるであろう敵を、散弾銃だけで打破することは困難だ。特に女児を腕に抱いているこの状況では。


 しかし、困難か否かは今、関係がない。


 一度守り切ると決めた以上、こんなところで見捨てるわけにはいかない。


 10秒ほど立ち止まり、息を整える。


 後方からは兵士たちが迫り来ている。


『悪魔』を次々と殺し、その亡骸は鉄床を覆い尽くし、彼らから出た血とその他の体液が激臭を漂わせている。


 今尚聞こえてくる銃声と『悪魔』たちの悲鳴。


 彼らを少しでも救い出すためにも、僕はこの列車を脱線させなければならない。


 僕に立ち止まっている時間などないのだ。


 僕は前方から迫り来る五人の兵士を睨みつけ、その撃破と突破に意識を集中させる。


 すると、モヤのかかっていたぐらつく視界がクリアになった。


 僕はまた一歩足を踏み出して、兵士に向かっていく。


 僕は三人を散弾をめり込ませたことによって、二人を『力』によって脳を爆散させたことによって撃破する。


 だが・・・。


『もう限界だ。先ほどまでは、上半身全てを破砕することができたが、今はもはや脳とその周辺の頭蓋骨ずがいこつを破壊するので手一杯だ。それは単純に、お前の精気があからさまに減っていることが原因だ。俺様の『力』の強度はお前の精気の量によって変化する』


 確かに、明らかに『力』の有効範囲が狭まり、弱まっている。


『忠告してやる。精気が回復するまで俺様の『力』はもう使えやしない。使おうとしてもせいぜい脳の一部を破損させる程度だ。確実に対象をることはできん。肉体の回復スピードもかなり遅くなっている。餓鬼、早くケリをつけろ』


 ぐわんと揺れる視界と、足がふらつき倒れそうになるのを必死にこらえながら、ただただ前に進んでいく。


 声の主が言っていることは、今の僕の肉体の状況をかんがみれば明らかだ。先ほどまで全身にみなぎっていた活力はどこへやら、今や前進するのでさえ、内装側面に手をつかなければできやしない。


 鼻血はさらに多量にぼたぼたと鉄床に落ち、跳ねる。


 しかし、あと2メートルほどで目的地である先頭車両に到着する。幸い敵も死体ばかりで、前方には存在しない。


 が、突然、背中の皮膚が焼けるような痛みを感じる。後方にいる敵が僕に散弾を撃ち込んだのだ。


「がッ・・・」


 僕は足を踏ん張り、ここで歩みを止めないようにする。


 ここで倒れれば、何も救うことなどできやしない。


 そして遂に、僕は、目的の場所であった先頭車両に到着する。


 後方を見ても敵との距離は20メートルはある。


 何故、いまだにこれほど距離が離れているのか。その理由は明確だった。


 白装束の『悪魔』の女性たちが、自分たちを殺そうとする兵士たちの銃を押さえつけたり、背中にしがみついたりと、必死に抵抗していたのだ。母親と見られる女性が子供を守るために戦う姿、弾が当たらないように必死に庇う姿がそこにはあった。


 僕は思わず眉間に皺を寄せる。


 僕は戦う女性たちから視線を切ると、先頭車両の扉を開き、中に入ると閉め、鍵をかけた。これで敵が先頭車両に到着したとしても容易くは開けられまい。


 僕の眼前に広がる光景は、頭の中の『悪魔』が言うとおり、人間などおらず、天井全面から垂れ下がった配線と、側面を機械が覆い尽くしたものだった。


『列車の加速、減速のコントロールをしているのはこれだ。これを破壊すれば、列車がコントロールを失い脱線させることができる』


 所狭しと、設置されている機械と配線の中に棺のような人間一人が入れる空間があり、そこには声の主の言う“制御部”があった。


 僕は震える手で散弾銃を制御部に向けた。


 連続して制御部に銀の弾を撃ち込んでいく。


 そして四発目で散弾銃の弾がからになる。


 制御部には弾がめり込んではいるものの、壊れた様子ようすは全くない。

 僕の右手から力が抜け、ガタンと猟銃を地面に落とす。


 僕は思わず天を見上げた後、項垂うなだれた。僕の鼻血が垂れ、制御部にポタポタと落ちる。


 もう四肢にはごくわずかの力しか残っていない。蹴りや拳を叩き込んで破壊することなどできやしないだろう。


 もし、できたとして列車の脱線に成功したとしても、腕に抱いたこの女児をその衝撃から守ることができる力は残らないはずだ。


 それを理性ではなく体感で感じ取る。


 僕はどうやってこの状況を切り抜けるかを、うまく働かない頭で考える。


 すると、背後の扉で銃声がした。


 一発、二発、三発。


 扉の鍵を破壊するために、散弾を打ち込んでいるのだろう。


 もう間も無く敵が突入してくる。


 考えろ。考えろ。考えろ。


 突入してきた敵の散弾銃をかわして、制御部に被弾させるか?だが、この棺のような狭い空間に僕が散弾を避けるスペースがあるのか?


 僕はともかくとして、この娘に当たってしまう。


 一発で並の『悪魔』に致命傷を与えるという鉄の弾が。その凶弾から、この娘を守るためには弾を背で受けるしかない。


 しかし、そうなった場合散弾は制御部に届かず、ダメージを与えることはできない。


 僕は頭を抱える。


 手立ては無い。八方塞がりだ。


「おにいちゃん、みて・・・はなびみたい」


 僕は女児が向ける視線の先を見た。制御部からパチパチと火花が上がっている。


 制御部は火花を上げるバチっという音と共にボンっと一つ煙が出た。次いでブレーキが効かない、とアナウンスと共にアラート音が鳴り響く。


『強運の持ち主だな。全く』


 両手を広げ、声を出して喜びたいところだが、そんな悠長なことをしている暇はなかった。


 もう眼前には右に曲がるカーブが待っている。その先にはありありと生い茂る木々。


 列車は減速することなく加速していく。


 そして僕たちの狙い通り脱線し、目の前に広がるその木々に突っ込むだろう。


 僕は衝撃に備え、身が投げ出されないように、空いた手で近くの鉄柱につかまる。


「両手で頭の後ろを守って」


「なにがくるの?またこわいひと?」


「違うよ。そうだな・・・これからこの電車がジェットコースターみたいに揺れるだけだよ」


「ほんとに!?ふみか、ジェットコースター大好き!」


 僕が女児が安心するように言うと、顔をパアッと明るくさせて満面の笑顔を見せた。


 僕も思わず微笑んでしまった。


 しかしすぐに、迫り来る状況に僕は顔を強張らせる。


 もう少しだ。


 もう少しでここから脱出できる。


 僕は、後頭部をその小さな両手で覆った女児を尚一層ぎゅっと抱きしめる。女児は僕の胸に顔を再びうずめた。


 と、同時に、バンッと鉄の扉が開く音とジャキッという音が聞こえた。一人の兵士が僕たちに散弾銃を構えていた。


 もう遅い。僕の勝ちだ。


 列車がカーブに猛スピードで突っ込み、曲がり切れずに脱輪する。


 衝撃と共にふわりと身体が宙に浮いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る