第12話 拝謝

「お客様、申し訳ありませんがこの新幹線は走行中のトラブルによりご乗車できません」


 新幹線が通っている割には、駅員が少なく、あちこちにさびが多いこの場所で、僕はそう言われた。まあ、田舎の駅だから仕方がないのだが。


 僕は特段、東京へ帰ることを急いでいるわけでもなかったので、20分後にやってくる在来線に乗ることにした。新幹線の代金は後日返金されるという。


 僕は駅の改札で新たに購入した切符を駅員に見せてホームに出る。


 すると一人の駅員が近づいてきた。


結城靖一ゆうきせいいちさまのお孫さまでしょうか?」


 いきなりそうたずねられた。駅員は制帽を深く被っており、鼻から上の表情は見えない。


「ええ、そうですけど」


 僕は突然声をかけられたことに驚きながらも、自然とそう答えた。


「そう、驚かれないで。靖一さまのお名前はこの地域では有名ですから。先日お亡くなりになったのを耳に挟み、見慣れない青年がここから新潟までの切符を買われたとのことで、お聞きしまして。もしかしたらご親戚の方なのではと。普通なら東京まで新幹線一本で行けるものを、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」


 僕はお祖父様のことで今まで地元で話しかけられたことがなかったので、意外とその知名度があることに驚嘆しながらも、まあ、この地域の豪族で元政治家なのでそれぐらい名は通っているか、と一人納得していた。


「靖一さまのおかげでこの地域のインフラは整備されたと、私は幼い頃から聞かされておりましてね。この駅が戦後復興し、今ではこうして新幹線が走っているのも全て靖一さまの功績によるもので、交通の便べんが良くなり、私たち地元民はとても感謝しているのです」


 元政治家だとは聞いていたが、お祖父様が具体的にやってきたことは何も知らなかった僕。お祖父様が地元民から高く評価されていることに、僕はこそばゆい気持ちになった。


「そうですか。それは知らなかったです」


「おや、そうだったのですか。有名な話なので、てっきりお孫さまの耳には入っているのかと」


「いえ、全く。教えてくださりありがとうございます」


 僕は自分の知らないお祖父様のことについて教えてくれたこの駅員さんに、お礼を言おうと頭を下げた。


「とんでもない・・・。と、言うことはあのこともご存知ではない・・・か」


 ”あのこと”というワードに引っかかった僕は反射的に顔を上げ、それを問おうと駅員さんの表情を見た。


「なっ・・・」


 僕はギョッとして思わず声が出る。


 駅員の顔がのっぺらぼうだったのだ。


 さっきまで見えていなかった目から上はおろか、見えていた鼻や口までもがごっそりとなくなってしまっている。


「どうかされましたか」


「いえ、なんでもありません」


 僕は駅員さんから顔を逸らした。


「それでは、新潟までの列車は私が運転させていただきますので短い間ではありますが、よろしくお願いいたしますね」


「そ、そうなんですね。こちらこそよろしくお願いいたします」


 僕は逸らした顔を視線を駅員さんに向けて言った。


 駅員の顔は先ほどまでののっぺらぼうではなく、目、鼻、口全てのパーツが揃っていた。僕は疲れていたのか、幻覚を見ていただけだと安心する。


 しかし、その駅員の目は異様に鋭い。


 両方の口角が上がり、目は薄く開け、確かにその表情は笑顔なのだが、その奥にある瞳は全く笑っていない。


 とても、地元の功労者の子孫を見る目ではない。


 確かに尊敬の念もその瞳にはある。


 しかし、その瞳はまるで獲物を仕留めようとするけもののようであり、同時に、仕留められそうで怯えている草食獣のようでもあった。


 尊敬、怒り・・・そして、畏怖。


 そのすべてがごちゃ混ぜになった瞳。


 僕はそれに気がついたときに、意識が急に遠くなった。

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