第9話 変化

僕は気分が悪くなって、後部座席に設置された11インチのテレビの電源を落とした。


 このニュースは僕にとって衝撃的なものだった。佐良さんも運転をしながら音声だけ聞いていたようだが、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。


 しかし、『悪魔』という存在に対して衝撃を受けたわけではない。半年ほど前から僕の身の回りでも『悪魔』が存在していることを実感する場面は何度もあったし、それに追従するように『悪魔』を排除しようとする動きが目に見えて多くなっていたからだ。


「カイ、放課後、マック食べに行こうぜ」


 そう言ってよく放課後に遊びに誘ってくれたお調子者のクラスメイトは、ある日をさかいに学校に来なくなった。ちょうど大学受験直前、センター試験の1ヶ月前である12月ごろだったと思う。


 彼がいなくなったその日、担任から告げられたのは、彼が家族も含めて『悪魔』であったということ。だから彼は収容施設に隔離されているということ。


 知らせを聞いたクラスメイトは一瞬にして手のひらを返した。


樽咲タルザキ、悪魔だったそうだぜ」


「お前、気づいてなかったのか?俺は薄々気づいていたぜ」


「あいつ、人気者だっただろ?スポーツも勉強もできたし。きっと悪魔の力を使ったからあんな風に誰にでも好かれて、成績優秀だったんじゃねえの」


「間違いない」


「別にイケメンでも無いのに女子にモテてたのも・・・」


「そりゃ決まってる、悪魔の力だろ。化けの皮が剥がれてよかったな」


「マジで受験前に正体知れてよかったな」


「ああ、それに、敵が減ってラッキーだぜ」


 僕の隣の席に集まる男子のグループがそう笑いながら話していた。二日前まではよく樽咲と遊んでいた癖に。


「樽咲君の弁当って見たことある?」


「私、無い」


「私、見せてもらったことあるよ」


「どんなだったの?」


「手作りの唐揚げとか、ハンバーグとかばっかりだった」


「うわー。きっとあれだよ。その肉、人の肉だよ」


「えー、気持ち悪い」


「よかったー、樽咲に告白しないで。私、悪魔の子供生まされるとこだった」


「そう考えたらさ、美香って悪魔のあれ入ってるんじゃない?」


「うわー、最悪。悪魔のこと好きになるなんて美香も同類じゃん」


「美香と馴れ合うのやめとこ。今まではよく遊んでたけどさ」


「そうだね。悪魔と付き合った子と馴れ合ったから、なんてことで評定とか落としたくないし」


「なんかかわいそー」


 女子グループが席に座ったまま、放心状態の沙原美香さはらみかをチラチラと見ながら会話をしている。その視線には哀れみというより軽蔑の色が強く出ていた。その女子グループは彼女らがそう発言していた通り、沙原と親交が厚かった女子生徒でもあり、樽咲にアタックをかけていた達でもあった。


 昨日までは仲良くしていたはずのクラスメイトたちが、二人から離れていく。はたから見れば驚くような光景だが、それには訳がある。


『悪魔』という存在が世間に知れ渡ったのは7年前のこと。


世界的にテロや紛争が巻き起こり世界の情勢が不安定になった際、殺害された悪魔の写真がリークされた。黒い翼と牛のようなつのを持ち、体は黒、全身を赤い血管がボコボコと出ている異形が何発も銃弾を打ち込まれ、身体中に穴が空いている。


 それらが何十体と道に転がっていたのだ。


 当初各国の政府はデマ画像として処理しようとしたが、悪魔の姿が一国民たちにも視認されるようになってから架空の存在であるとすることが不可能になった。


 この国日本でも、悪魔のその姿は度々見られるようになり、ネットで動画が上げられ、挙げ句の果てには悪魔がその黒い羽で燃え盛るビルから飛び立つ姿を生中継のテレビ放送で映し出されてしまう。


 そういった一連の騒動からバチカン教皇は正式に悪魔の存在を認め、それを皮切りに日本でも天皇直下の宮内庁長官が悪魔の存在を認め国民にその実態を明かした。


 国民にとって都市伝説でしかなかったその存在がおおやけに認められたことで、各テレビ局はこぞって悪魔の報道を開始した。その内容は現在起きている凶悪事件との悪魔の関係性や、過去に起きたそれらの取材結果、宮内庁が討伐した悪魔の数についてであった。


 当時、執拗なゴシップ取材やそれに伴う有名人のプライバシーを侵害した報道、情報操作のための偏向報道などで社会的信用を失いつつあったテレビ局は『悪魔』という叩いても非難されない人類共通の敵、視聴者の命を脅かす、絶対的な『悪』である彼らが現れ、宮内庁からの『悪魔』の情報を独占したことで再興し、視聴率が跳ね上がった。


 それと同時に『悪魔』に対する敵対意識や憎悪が本人も自覚がないうちに植え付けられていく。


 一般市民も加えて『悪魔狩り』が本格的に始まったのは4年前のことだった。


「でも4年前の『悪魔狩り』はまだマシだったような気がする・・・。少なくとも今日みたいな『はい、悪魔だと判明しました!だから明日からは学校行けません!はい収容施設にレッツゴー!』って感じでは無かったと思うけど」


 僕がスマホで悪魔関連の記事を見ていると、雪音がひょこっと頭を出し、僕の視線を遮った。下校道を歩く僕は彼女にぶつかりそうになり、驚いて足を止めた。


雪音は「おっと、失敬、失敬」と白い息を吐きながらわざとらしく言うと、ひらりと僕から身を離した。


ポニーテールでまとめた髪の下から綺麗なうなじがチラリと覗く。


「確かに収容施設に送り込まれるまでは猶予があったはず・・・。というか、最近までは悪魔だと判明しても未成年者の場合、犯罪歴が無かったり、素行が悪くなければ収容しない方針だったけど」


「11月のあの事件以来、変わっちゃったよね」


 雪音がスマホ画面から顔を離し、頰に人差し指を当てながら言う。

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