第6話 再会(1)

 祖父が死んだ後のことは、ぼんやりとしか覚えていない。

 あの後、集まっていた祖父の息子、娘、孫、使用人、祖父のことを慕っているという関係者たちがふすまを開け、ゾロゾロと部屋に入った。次いで、そのうちの一人、医者であろう白衣姿の男が、僕の隣に来て、祖父の死亡確認をしていた。

 その瞬間までは覚えている。

 あとはいつの間にか風呂に入り、いつの間にか布団に入り、寝付いてしまっていた。

 気づけば、今、僕は日光が燦々さんさんと照りつける縁側でコーラ瓶をちまちまとやっていた。

 僕は焦点の合わない瞳で、広大な庭園を見続ける。

 僕の背後、巨大な和室の宴会場では、大人たちが酒を飲み交わし、楽しそうにわいわいとはしゃいでいた。子供がドタバタと走り回る足音も聞こえる。

 そうか。お祖父じい様の葬式は終わってしまったのか。

 僕はそれを知る。頭の中を、祖父の前で焼香しょうこうを上げる様子、お坊さんが木魚を叩きながらお経を読む音、火葬場でパチパチと肉が焼ける音、煙突から灰が上がる光景、箸で遺骨を一つ一つむなしく拾ったことをおぼろげに思い出す。

 背の向こうを振り返ると、大人たちが顔を赤らめながら瓶ビールを振り上げ、豪快に笑うその奥に、仏壇があった。三年前まではお祖母ばあ様の写真しか飾られていなかったその場所に、お祖父様の写真も並べて置いてあった。このことが、お祖父様も、もうこの世にいないという信じがたい現実を僕に突きつける。

 僕は再び庭園の方に、何の意味もなく視線を移した。紅色の鯉がゆらゆらと泳いでいる。

 僕はグイッとコーラをあおった。溢れた液が口端から垂れる。スーツの袖でそれを乱暴にぬぐった。

「カイお兄ちゃん」

 不意に背後から子供の声が聞こえた。僕は振り返ると、そこに立っていたのは男の子。手には何やらテキストを握っている。

 こんな子親族にいただろうか。見覚えの無い子だった。まあ、人数の多い、この一族では不思議じゃ無いことではあるのだが。

「どうしたの?」

「あの・・・カイお兄ちゃん、大学受かったんでしょ?それも、ものすごく頭のいい大学。だから、その・・・」

 少年がもじもじする。が、勇気を振り絞ったのか言葉を発した。

「僕に勉強を教えてくれない?僕、今年中学受験でさ・・・」

 僕は少年の言葉で、その腕に抱き抱えたテキストを見る。デカデカと『中学受験対策』と書かれていた。

 僕は思わず、溜息ためいきいた。

「ごめんな。悪いけど今、そんな気分じゃ無いんだ」

 瞬間、少年がプクッと頬をふくらませた。

「ケチ!いいじゃん、勉強くらい教えてくれたって!」

 少年は顔を赤くさせて怒った。次いで僕の腕にまとわりついた。

「いいじゃん!教えて!」と駄々をこねる。

 僕は少年の我儘わがままに困惑する。諦めて教えようかと思った時、

「サトシくん、お兄ちゃんはね。今、疲れてるの。だから、勉強はあとで見てもらおうね」

 背後から聞き覚えのある声がさえぎった。大人の女性の柔らかい声。だが、聞き馴染みがあり、懐かしいその声に僕は思わず振り返った。そこには最後に会った時ショートボブだった髪を、背中まで伸ばした女性の姿があった。

 女性は少年の頭を撫で、「わかった」と言った彼が座敷に戻っていくのを見送った後、僕の隣に腰掛けた。

 僕は一連の彼女の動作から目が離せなかった。

かえで?」

 僕が恐る恐る、そう声をかけた時、女性、穂積楓ほづみかえでは優しく微笑んだ。

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