第4話 帰還(2)

物思いにふけっていると、目的地である黒塗りの日本古民家が森林の中からその姿を現した。

 僕の身長の二倍以上はあるであろう鉄製の門が、クラウンを検知し自動で開く。

 佐良さがらさんは車を進めると、入り口である一邸の前に止めた。

「佐良さん、ありがとうございます」

 僕はドアを開け、外気に触れた。もうすぐ4月になると言うのに、冷たい風が肌を切り裂くように吹く。

いで片足を踏み出すと、地面に敷かれた砂利が擦れる音がした。懐かしい音。

 両足でそれを踏み締め、久方ぶりに見た実家は何も変わっていなかった。

 佐良さんが運転席から降り、コートを羽織る僕に荷物の入ったリュックを渡した。

「おぼっちゃま」

 ずっと押し黙ってた佐良さんが、不意に口を開いた。僕は反射的に顔を向ける。佐良さんは今まで見たことが無いほど、けわしい表情をしていた。

「お気をつけください、おぼっちゃま。もうこの結城家は三年前の結城家ではございません」

「三年前の結城家ではない?どういうことです?」

 佐良さんの言葉に僕は返す。

 佐良さんの視線が左右に揺れる。彼は何かを伝えようと口をパクパクさせるが、言葉にすることができない。ほんの数秒、沈黙の時間が流れると、佐良さんは意を決したように口を開いた。

「ご当主様が信じているのは、おぼっちゃま、ただ、あなた一人だけです」

 佐良さんの口から出たのは先ほどの問いに対する答えには、全くならないものだった。

「それはつまり、お祖父様は他の親族や従者たち、全てを信用することができないと?それはどうしてです?」

 僕は眉間に皺を寄せた。勘当に近い別れをしたこの僕を?

 いや、それ以上に気になることがある。

 僕以外の全ての人間を信用しない。それはつまり、祖父は自分の実の子供も信用していないということになる。それは世間一般から見た親子の在り方としては異常なものでは無いだろうか。

 僕は祖父がそう考える理由には思い当たるものがあった。

「それは叔父さんたちが、孤児になった僕を引き取らなかったからですか?」

 叔父さんたちは、僕と祖父の目の前で、孤児になった僕を押し付け合い、見かねた祖父が僕の面倒を見ることになった。その時初めて祖父が頭に血管を浮かべ怒りを表す姿を見た。

「いいえ。おぼっちゃま、そうではありません」

 佐良さんはすぐに否定する。はっきりと否定する。

 僕は当てが外れてこんがらがった。それ以外に、祖父が実の子供達を信用しない理由・・・、いくつか考えられるものは浮かぶが・・・。

 そもそも、僕は祖父に信用されているということが疑わしい。僕は三年前、半ば祖父を裏切る形で、喧嘩別れをしているからだ。

 祖父が、願いを無常に自分の欲だけで無碍にする人間を信用するとは思えない。

 佐良さんの視線が泳ぐ。

「とにかく・・・とにかくおぼっちゃまにはこれだけは知っていて欲しい・・・知っておいて欲しかったのです」

 佐良さんがおずおずと下がり一礼すると、車に乗り込んだ。クラウンは車庫に入れるのか僕のそばから離れていく。

「おかえりなさいませ、おぼっちゃま」

 本邸の方からザッザッと近づいてくる足音がし、いで男の声が聞こえた。僕は視線を上げた。40代の黒服の男、佐良さんよりも上質なスーツをぴっちりと身に纏った男、顔馴染みの薄いその男、穂積義信ほずみよしのぶが僕に一礼し屋敷に向かって手を広げた。顔は笑顔を浮かべており、瞼をほとんど開いてないためかその瞳は全く見えない。飄々とした雰囲気の男だ。

「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」

 義信さんがそこで言葉を切る。

「ご当主様がお待ちです」

案内あないを」

 義信さんは「かしこまりました」と短く言い背を向けた。筋肉質で広い背中が目に入る。だが、僕にとってそんなことはどうでもよく、ただ佐良さんの言葉が脳内を木魂こだましていた。

『三年前の結城家ではございません』

『御当主様が信じているのはあなただけです』

 僕は思わず眉間に皺を寄せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る