14.
「知っているんですか?!」
男の言葉に奏が声を上げる。
「あぁ。確かずいぶん前にわしから金をだまし取ろうとした男じゃよ。娘が借金をしてるから代わりに払えってな。じゃが、娘は若い時に病気で亡くなっておるから、借金があるはずがないと言ったら慌てて去って行きおったよ。いや~……世知辛い世の中になったもんじゃな……」
男がしみじみとそう語る。
男の話から拓海がその時期にはもう詐欺に手を染めていたことが分かる。規模がどれくらいのものかは分からないが、その頃にはもう悪事を働いていたのだろう。
「そのことを警察には?」
冴子がそう尋ねる。
「いや。言っておらんよ。被害は無かったし、まだその男も若かったからな。こんなんで捕まるよりはまっとうな人間になって欲しいと思ったんじゃ……」
男がそう言葉を綴る。
男の言葉はある種の優しさと言う風にも取れるが、一歩間違えれば男は被害に遭っていたのだ。それなのに、拓海のことを訴えたりはしなかった。お人好しと言えばそうなのかもしれないが、それがその男の性格なのかもしれない。
「その……お爺さんはこの人を発見したときにこの写真の人は見ましたか?」
「いや?見かけてないと思うが……」
奏の言葉に男がそう言葉を綴る。
「この子とその男は何か関係があるのかい?」
男が不思議そうに言葉を綴る。
「申し訳ありません……。詳しいことは話せないんですよ……」
冴子が申し訳ない表情で言う。
「もし良かったらこの子とその男の事で何か思いだしましたら、こちらにご連絡ください」
冴子がそう言って一枚のメモを男に渡す。男は「分かった」と言ってそれを受け取ると、その場を離れていった。
「周辺を聞き込みするわよ」
「はい!」
冴子の言葉に奏が力強く返事をする。翼と母親には「ここからは警察の仕事です」という事を説明し、帰ってもらった。念のため、家の周辺に警察官を手配しておく旨を伝え、その場で別れる。
「じゃ♪早速付近の防犯カメラを調べに行きましょう♪」
冴子はそう言うと、奏と共に捜査に向かった。
奏たちは気付いていない……。
先程の様子をある人影がじっと見ていたことを……。
「……収穫なし……か……」
奏たちは周囲の防犯カメラを調べたが翼も拓海も映っている映像は何処にもなかった。
「他に何か手掛かりはないですかね……?」
奏が少しガックリしながらそう言葉を綴る。
最後に防犯カメラを確認してみたコンビニで飲み物を買い、そのコンビニを出たところのすぐのところで飲みながら他に何か手掛かりがないかを思案する。
その時だった。
「あれ?冴子さんに奏?」
「槙!」
「槙さん!」
そこに現れたのはどこかのコンビニの手提げ袋を持った槙だった。
「休みの日に二人で何しているんですか?冴子さんは仕事中ですよね?」
槙がいつもの調子で淡々と言葉を綴る。
「あぁ……。実はね……」
冴子がそう切り出して、状況を説明する。
「……ふぅん。成程。例の掛け子は翼って言うんですね。で、その記憶喪失にサングラスの男である拓海って奴が絡んでいる可能性があって調べている……というわけですか……」
槙が話を聞いてそう言葉を綴る。
「冴子さん、今から俺も参加します」
「「え?」」
槙の言葉に奏と冴子が同時に声を上げる。
「でも……、槙さん、せっかくのお休みに……」
奏が申し訳なさそうにそう言っている時だった。
「何言ってるんだよ。奏だって休みのはずだろ?その掛け子を見かけたからって休みの日に声を掛ける必要は無いはずなのに、放っておけなくて声を掛けたんだろ?逆に声を掛けたことで詐欺の主犯格のことも分かったわけだし、休みの日にお手柄じゃないか。これで、次の仕事の日まで何もせずに待っていろと言われて待てるか?」
「うっ……」
槙の言葉に奏が声を詰まらす。確かにこんな重要な手掛かりを得て、次の仕事まで何もできないというのはある意味ストレスになってしまうかもしれない。奏もこれでおあずけを食らったら、何も手に付かないかもしれないという事を考えると、槙の言葉に何も言えなくなる。
「決まりだな。じゃあ……」
そう言って、槙がスマートフォンを取り出し、ある人物に電話を掛けた。
「……何だと?翼を見た……?」
拓海が部下の言葉を聞いて怪訝な声を発する。
「えぇ……。海沿いの浜辺にいるのを見かけました。一人ではなく女数人と一緒です。その内の一人の女はスーツ姿でした。何者かは分かりません……」
部下の一人から翼を見かけたというので拓海が話を聞くと、部下がそう答える。
「風邪を引いていたのは噓だったってことか……?いや……でも……」
拓海がそう呟く。しかし、電話を受けた時の拓海の声は確かに鼻声だったし、咳もしていた。あれが演技だとは思えない。他に考えられるとすれば、浜辺で見かけたという事から例のことを探っているという事が考えられる。
拓海がそう思案している時だった。
「拓海さん、これは提案ですが……」
隣にいた宮部が拓海にある事を話した。
「……すみません。遅くなりました……」
「よぉ♪もしかしてお楽しみ中だったか?♪」
先に奏たちと特殊捜査室で合流した紅蓮が透を茶化す。
「趣味の考察をしていただけだよ」
透がそうあっさりと答える。
「考察??」
透の言葉に奏の頭の上ではてなマークが飛び交う。
「透はミステリー小説の登場人物を考察していくのが趣味なんだ。そうすることでその話がより面白いものになるらしい」
よく分かっていない奏に槙がそう説明する。
「みんな、休みの日に集まってもらって悪いわね。じゃあ、早速、捜査を開始するわよ!」
「「「はい!!!」」」
――――トゥルル……トゥルル……。
そこへ、冴子のスマートフォンが鳴り響いた。
「……拓海?大丈夫?」
今日の朝、「休日だけど出勤してくる」と言って部屋を出た拓海が帰ってくるなり、表情が何処か追い詰められたような険しい顔をしていたので美香が心配して声を掛ける。
「美香……」
拓海はそう名前を呼ぶと、美香を抱き締めた。
「拓海……?」
美香が拓海を心配して名前を呼ぶ。
「……いつか、南の島に二人で行こうな……」
どこか苦しむように、悲しみが入り混じった声で拓海が言葉を綴る。
「うん……」
美香がその言葉に力なく言葉を返した。
夜も更けてきた頃、拓海がそっと部屋を出る。隣で寝ている美香を起こさないように注意を払いながらベッドから出ると、静かに着替えて外に出た。
そして、ある場所を目指して歩きだす。
「拓海……」
美香が一人残った部屋でそっと名前を呼ぶ。美香は拓海がそっと部屋を出ていったことに気付いていた。美香の表情はどこか苦しみを湛えている。なんとなく……なんとなくだが、拓海がこれから何かとんでもないことをしようとしているのではないのかと言う不安が拭えない……。
「また……離れ離れになっちゃうのかな……。それとも……」
美香の中でいろんな記憶がグルグルと駆け巡る。ベッドから出て、小さな棚の引き出しを引くと、一枚の写真を取りだし、その写真を見つめる。
「……まだ、あの頃の方が幸せだったのかな……?」
瞳に涙を溜めながらそうぽつりとそう呟いた。
夜の遅い時間のせいか、人気のない閑静な住宅街にある一軒家を拓海は見上げた。そして、手に持っている鞄から新聞紙を取り出すと同時にポケットからライターを取り出す。
「……何をしようとしているのかしら?」
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