噂話 2



 我の褒め言葉に、ジェイクは真面目な顔をしたまま頷いた。


「ああ。敵はラズリーだけじゃねえしな」

「どこぞの領土に攻め込むのか? 積極的であることは悪くないぞ」

「いや、他の領地の主が攻め込むことはありえねえよ。主が変わったから様子を窺いに来ることはあるだろうが、上の方の国主の戦争許可はそう簡単に下りねえ」

「なんじゃいそれは。つまらん、つまらん、つまらんのう」


 そういえば、暗黒領域の王たちが示し合わせて戦争をしていないと言っておったな。

 新興勢力が現れても、王たちが連合を組んで叩き潰されるとか。


「ん? では何と戦うつもりじゃ? ラズリーか?」

「そうだな。ダメージを癒して報復に来ないとも限らないが……それよりも最近、妙に強い人間が現れた」

「ほほう? 冒険者か?」

「いや、違うらしい。冒険者なら領域の正門から入ってきているはずだが、リストにない。ここに住み着いているのか、俺たちの知らない方法で出入りする術を使ってるのか」

「むう」


 我以外にはおらぬとは思うが……。


 この結界を作った大自然の化身の力を借りねばここへの転移はできぬはずであるし。


「ただ妙な技を使って凄腕の魔物たちを倒して回ってるって噂だ。お前じゃないよな?」


 ジェイクの質問に、我は堂々と首を横に振った。


「我が来たのはラズリーを倒しに来たときが初めてじゃ」

「そうか……。いや、それもそうだな」

「曖昧じゃのう。もっとはっきりした特徴はないのか。種族の特徴とか得意な武器とか」

「ただの人間だ。認識阻害の仮面を被っているからわかりにくいが、角とか翼とかはないらしい」

「ほう?」

「だがなんか……妙なんだ。ただの人間の癖に妙に強くて、妙に打たれ強い。遠く離れたところから敵の骨を折ったり、炎を放ったり、色々と特技があるらしい」

「では、魔法使い職の冒険者であろ?」

「違う。魔力は全然感じないし、詠唱もない。そこは皆、話が一致してる」

「魔法ではない……?」


 奇妙だ。

 魔法以外でそんなことをできるものであろうか。


「炎の魔法が封じられてる場所でも炎を出して、森が火事になりそうになったんだってよ」


 火属性でないならば太陽魔法……ではなさそうじゃの。

 恐らく太陽魔法で火を付けたとしても、森野力によって燃焼が広がることはないはずだ。


「それは流石に洒落にならんのう。竜の涙でもあればよかったのだが……」


 竜の涙とは、つまり我の涙である。


 太古の昔、我があくびをして涙を落とすのは冬の訪れを告げる合図であった。それゆえ冬の精霊にとっては我の涙は大好物である。一時的に精霊の力を借りて火を鎮めたり、氷属性の魔法を強化したり、便利に使えるものとなった。数年で湖がいっぱいになるくらいは流したから、今の世でもまだまだ余っているとは思うのだが。


「涙は一瓶くらいあったはずだが……ラズリーの懐だな」

「カツアゲしとけばよかったの」

「んなことできるのはお前だけだよ」


 ジェイクが苦笑いを浮かべた。


「だが火を使うやつより危険なのは、赤い手をした人間……『赤手』ってあだ名のやつだ。身の丈10倍はある鬼の足を蹴って倒れさせて、拳で顎を打って昏倒させた。ダイヤモンド並の硬い甲殻も、優しくなでたかと思うと中身をずたずたに破壊した」

「ほほう……?」

「そいつらはどの領土にも属さず、冒険者として名を挙げるでもなく、ひたすら強い魔物に喧嘩を売ってる。血塗られた手を見て、誰かがそいつを赤手と呼び始めた」

「今どき面白いことをするものがおるものよな」

「他にも、魔法とは違う不思議な力を使う連中がいるようだが、暗黒領域の王たちにとっての一番の悩みの種は『赤手』さ」

「面白い。会えぬか?」

「そう言うと思ったが、無理だよ。誰も足取りが掴めないらしい」

 ジェイクがやれやれと肩をすくめた。

「ふーむ……惜しいのう」


 法を破る邪悪な者はともかく、ケンカを売りまくる乱暴者であれば一度出会ってみたい。

 よき闘士との出会いに、我は旨を高鳴らせた。







 そんな感じでミカヅキを伴ってこっそり暗黒領域に遊びに……ではなく、主として配下の面倒を見に行く日々が続いた。


 だがいかんせん、門限が厳しい。


 まず、ママとパパは我の単独での出歩きを禁じている。常にミカヅキを伴って歩くようにというお達しを我は忠実に守らねばならない。


 ミカヅキは我が家に来て以来、狼や魔物を追い払ったり、郵便受けに手紙が来たら届けたり、うっかり外で昼寝をした我を背負って家に帰ったりと獅子奮迅の活躍をしており、ますますパパとママの信頼が厚くなった。ミカヅキがいればちょっとくらい遠出したって問題ない。時間の制約はあれども、行動範囲自体は大きく広がったと言えよう。


 しかしミカヅキは門限にうるさく、時間が近くなると我の首根っこを咥えて疾風の速さで家に帰る。それがあるからこそパパとママも外出を認めてくれるのではあるが。


 ……なんだか、我よりもミカヅキの方がおうちの中のポジションが高くなってる気がする。


「わん!(今までお前が甘やかされてたんだよ)」

「そんなことないわい! 前世の頃よりちゃんとしてるわい!」

「わんわん!(嘘つけや! だったら一人で起きろ!)」



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