冒険の終わり 1




 死体啜りの森から帰還したディルックとユフィ―は解毒剤の原料を土産にして、故郷、フラウの町へと舞い戻った。


 目的は達成したが、重い足取りであった。自分たちの実家はすでに焼かれており、生き残った村人も依存症に苦しみ、あるいは仲間割れや酒の売人による抗争で深手を負っており、ディルックたちを恨んでいる。二人が抗争を激化させたのは間違いのない事実なのだから。


 いくら解毒剤を持ってきたところで罵声を浴びせられるのは二人ともわかっていた。これは故郷への最後の奉公のつもりだった。


「これは……」

「一体、何があったの……?」


 だがディルックとユフィ―は、我が目を疑った。


 人々の生活が破綻し、道端には腐臭が立ち込め、毒酒に酔って正気を失った人々がたむろっていたはずの街に、活気が戻りつつある。


 暴動によって破壊された商店では瓦礫やゴミが撤去されて、そこかしこで修理の大工が汗みずくになって働いており、その合間を縫うように荷車が行きかって資材を運んでいる。


 まだまだ破壊される前の豊かさを取り戻せてはいないが、それでもここを出立する前には影も形もなかったはずの、希望があった。


「ディルック! それにユフィ―も! 帰って来たのかよ!」

「なんだって!? あいつらが!?」


 多くの大工は見たことのない顔立ちばかりだったが、知人も混じっていたようだ。

 友だったものもいる。


 二人は闇商人ギルドとの決戦に挑む前、彼らの制止を振り切って気まずい別れをした。無駄死にはよせと案じる者もいれば、負ければ俺たちも殺されるのだからやめろと訴えた者もいた。彼らの命を軽んじて戦いに行ったのだから、勝利したとて罵られるだろうとディルックたちは覚悟していた。


「ディルック、ユフィ―、すまなかった……! 俺たちがわが身可愛さに、助太刀もしなかった……!」

「泣くなよ、アルダン。俺たちこそすまなかった……」


 ディルックの友だった者……いや、友の一人のアルダンが、嗚咽しながらディルックたちのところに駆け寄ってきた。


「そんなわけがあるか、俺たちはお前を見殺しにしたようなもんだ……」

「お互い様さ」


 自分が死んだとき、こいつらも殺されるかもしれない。ディルックとユフィ―はそれを承知で闇商人たちを襲った。謝るのはこちらの方で、彼らを責めるつもりなど毛頭なかった。


「それよりこの様子はどうしたんだ? 出発した頃より元気になったような……」

「そうよね。それに街もずいぶんと綺麗になったみたいだし……」

「元気な人が増えたのは、シャイニングルビーのおかげだな。アップルファーム開拓村で、健康になるりんごを売り出したんだよ。あれを食べると、ちょっとだけ毒酒を飲みたくなるのが緩和されて幻覚も見なくなる。おかげで酒が切れて暴れる人も減ってきた」

「そうだったのか……」

「根本的な治療はできねえけどな……。ラズリーの実の誘惑を完全に振り切るには、ラズリーの葉と根から作った薬がなけりゃ難しいってあの子にも言われたし」

「あの子?」

「ああ、それはな……」


 アルダンがちらりと後ろを振り向く。


 彼の視線の先には、ディルックたちの記憶にはないまったく新しい建物があった。一般的な住居でもなければ商店でもない。大きな正門の上には、太陽の光をイメージした円形の金属板に女神像が掘られたレリーフが飾られている。


 これは太陽神を象徴する紋章だとディルックは何となく気付いた。


 この国の人々の多くは叡智をつかさどる『賢神』を信奉する者が大半だ。『賢神』とは古来、星々や太陽の動きを読み取り暦を制定した人間が信奉していた神のことだ。太陽の化身のソルフレア、月の化身ミカヅキを神や精霊ではなく邪竜や悪狼と認定し、同時に、魔物ではなく人間こそが星の支配者であると説いている。


 だが自然そのものを崇拝する人々もまた根強く残っている。大自然の化身は邪悪な存在ではなくたまたま当時の人間の国と対立していただけで、人間という種そのものに敵対していたわけではない。その証拠に、大自然の化身から力を分け与えられた竜人族がいるではないかと。


 そして今、ディルックたちが目にしている建物は太陽神の教会であった。


「……あら? どうされました?」


 表の騒ぎが気になったのか、教会から一人の少女が現れた。



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