覚醒の儀式 5


「美味い物が増えるな……」

「それより商売だよ商売」

「隣村にマウントが取れるぞ!」


 なんか俗っぽいのう。


「ところで可能性を広げるってことは……もしかして人間には使える、ってことか?」


 大人たちのうちの一人が、そんな言葉を放った。


 その問いの不穏さに気付いて一瞬静まり返る。


「……え、お前人間食うの?」

「そうじゃねえよ! 子供の才能を開花させるとかあるじゃん。」

「あ、なんだそっちか」


 びびった。

 我も食われるのかと思った。


 しかしそれはさておき、人間にはあまり使いたくないのう。


「いや、使えない。使えたとしたとしても、やるべきではないだろう」


 長老が、我と思っていることと同じことを言った。


「なんでだ?」

「ソルフレア様のような偉大な魂を持った者ならば強力な力を覚醒させることはできる。だがそれでも危険なのだ」

「でも長老。村長の奥さんみたいな竜人族って、ソルフレア様から力を分け与えられた人間の子孫なんだろ?」

「そうだ。竜人族も人間が覚醒によって目覚めたと言われているが、成功例はそれだけ。力を求めた人や魔物が覚醒に失敗したことも多い」


 そう、人間の潜在能力を開花させるのは少々難しい。魔物はすでに進化の方向性が定まっておって事故は滅多にないのだが、人間は可能性がありすぎてどうなるかわからぬ。


「一代限りの力として『異能』と呼ばれる魔法とは違う力に目覚めた者もいたが、力を扱いきれず暴走してしまったり、古代は色々と事故があったと古文書に書かれている。それを悔やんだソルフレア様が、『自分と似た力を宿らせる』という方向性で安定して覚醒させられるようになったらしい。恐らくソルが古文書を読んで復活させた太陽魔法も、人間を妙な方向に覚醒させることはできないだろう」


 そういうこと……って、今なんか妙なことを言いおったぞ。


「凄いぞソル。絵本を読んだだけで古文書を解読して太陽魔法を復活させるなんて」

「うちの子……やっぱり天才じゃないかしら」

「こもんじょかいどく?」


 いや、普通に長老のノートを読んだだけじゃが。


「太陽魔法を現代に蘇らせるのは、長老の昔からの研究テーマだったからなぁ。けれど文献が間違ってたり歯抜けだったりして、どうすれば正しい呪文になるのかずっとわからなかったんだ」


 あっ。


 間違えてたんじゃなくて、謎だった……というわけか。


 そういえば祭壇の作り方もちょっと間違っておったの。


「ええと、なんというか……偶然なんじゃが?」


 古文書の謎の部分を読み解いたとかじゃなくて、本来の正しい魔法詠唱や祭壇の作り方をしっかり知っておっただけじゃが。


「強いて言えば我がソルフレアであるという話であって……」


 我の言葉に、皆が黙った。

 そして深く静かに感じ入っている。

 おっ、これは……ようやく信じてもらえるターンが来たというのか……?

 そうである、我こそが……。


「ソル、お前はなんて謙虚な子なんだ……」

「冗談を言って、長老の業績を奪わないように気遣ってるのね……」


 あれ?


 なんかパパとママが盛大な誤解をしている。


「ソル。お前が俺を気遣ってくれるのは嬉しいが、違うんだ。お前の才能だ」


 長老が感涙にむせびながら我の肩をがっしりと掴んだ。

 いやいやいやいや我が長老の研究を完成させた、みたいな重荷は背負いたくないんじゃが!?


「いやあこの村は安泰だな!」


 話を聞いてほしいんじゃが!?





 で、結局誤解を解くことはできなかった。


「はぁー、大騒ぎで疲れたのじゃ、まったくもう」

「くぅーん(別にいいじゃねえか。褒められたし)」

「よくないのじゃ! 一向に信じてもらえぬし!」


 我は遊んでくると言って集会所を抜け出して、近くの一本のりんごの木の下に腰を下ろした。


 これは果樹園で植えているりんごの木ではなく、もともとここにあった野生のりんごの木である。生命力に溢れていて、ほんのり魔力が漂っていて心地が良い。


「わぉん(でもお前、まだ9歳じゃねえか。正体は隠しておけよ。勇者の子孫とか派閥が生き残ってて殺しに来たらどうすんだよ)」

「え……おるのか?」

「わん(知らねえよ。けど、いるかもしれねえって思っとくもんだ)」


 ミカヅキの言葉は道理だ。

 だがしかし、頷けないところもある。


「でも……嘘をついているようでイヤなものはイヤなのじゃ」

「(嘘か本当かなんて、どうでもいいことだ。お前は何となくみんなのために何かをした。大人たちはそれを喜んだ。別にそれでいいじゃねえか)」

「そーゆーもんかのう」

「わぉん(そーゆーもんだ。どうせお前も人間みてえに大きくなるんだ。焦る必要はねえよ)」

「そういえばおぬしも全然焦っておらんのう。本来の形を取り戻したいとは思わんのか?」

「がるぅ!(俺が犬なのはお前のせいじゃねえか!)」

「そこはまったくもってすまぬ」

「くぅん……(ま、そこまで不満じゃねえさ。しばらくは世話になるよ。人間の国や社会は面倒だし好きじゃねえが、お前の親父とおふくろは気のいいやつらだ)」


 そう言われると、我も悪い気はしない。

 とりあえず今日のことは腹に収めておこう。

 皆に褒められたのも悪い気はせぬし。


「……ここはお気に入りの場所じゃ。別に秘密基地とかではないが、記憶を思い出す前からよくここに来ておった」

「くぅーん(ふーん)」

「山に夕日が落ちていくのをここで眺めていると、なんとなく良い気分になれる。我は大いなる太陽の力によって生まれた太陽の化身なのに、不思議じゃな」

「わん(俺も、満月より三日月が好きだよ)」

「そうか」


 なんとなく黄昏ていると、エイミーお姉ちゃんが「おーい! 遊ぼうよー!」と手を振りながらやってきた。縫い合わせた鞠のようなものを蹴っ飛ばして我の方に寄越す。


 蹴玉という遊びじゃ。


 3対3で、足だけを使って鞠を奪い合って、ゴールに入れた方が勝ちというルールで、エイミーお姉ちゃんは凄まじい運動神をしていて、これだけは我でも勝てぬ。


「よし、今日ばかりは我も負けぬぞ!」


 こうして、いつものように一日が過ぎていく。




 我の思惑はさておくとして、我らがアップルファーム開拓村の新品種「シャイニングルビー」はりんごの買い手から高い評価を受けた。


 美味で、保存が効き、デトックス効果が高いと評判になって、行商人がどんどんやってきてシャイニングルビーを買い求めた。我もご褒美に本をたくさん買ってもらって、ついでにワンピースや靴も新しいのにしてもらえた。


「ふふん。これはこれで悪くないのう」

「うちの娘最高だわ……王都の劇団とか勧誘に来るんじゃないかしら……」

「い、いやだ! 芸能の世界になんかやらんぞ!」

「でも、もっともっと綺麗に可愛くなるかもしれないじゃない!」


 パパとママがよくわからない喧嘩をおっ始めて、翌日には仲直りした。

 大人はよくわからぬ。

 同時に、もっとよくわからぬことが置き始めた。

 我が「古代魔法を使って新品種を開発した天才少女」としてなんだか名前が売れ始めた。


 まあ、天才美少女であることは何も間違っておらぬから捨ておいたが、これがまったく予想がつかぬ事態を呼ぶことに、我は気付いておらなかった。



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