覚醒の儀式 3

「こないだ長老が寝てたときは私が先生役やったんだから、次はソルちゃんの番。なんかやってよ」

「そう言われても、我まだ9歳じゃし。子供じゃし」

「最近ソルちゃん魔法覚えたり、ソルフレアの神話の本買ったり、ぶいぶい言わせてるじゃん」

「ぶいぶいは言っておらぬし!」

「それに夜中まで帰ってこなくて心配したんだからねー。あーあ、必死に探してあげたお姉ちゃんのお願いも聞いてくれないんだー悲しいなー」


 うう、それを言われると流石に申し訳なさがある。


 ちらっちらっとこっちを見ながら泣き真似するエイミーお姉ちゃんの言う通りにするのは腹立たしいものがあるが、必死に探してくれた件については詫びねばならぬとは思っておった。


 しかし自分の口で自分をひけらかすのはちょっと恥ずかしいのじゃ。

 適当にガキどもにかけ算を教えてやろう。


「あ、計算以外ね。ソルちゃんそーゆーの教えるの下手っぴ。頭良いけどわからない子のことわからないタイプ」

「失敬な! 我は下々の者と同じ目線に立てるのじゃ!」

「すでに上にいる前提が尊大なんだわ」

「わん!(そうだそうだ。反省しろ)」


 エイミーお姉ちゃんの言葉に、部屋の片隅で寝ていたミカヅキが同意するようにわんわん吠える。ええい、うるさいわい。


「てか元々やる予定だったことやろうよ」

「元々やる予定だったことというと……これかのう」


 長老の読みかけの本を手に取ってぱらぱらめくる。

 ほほう、これは……古式ゆかしき【覚醒アウェイクニング】の魔法ではないか。

 でもところどころ呪文が間違っておるの。

 どうせ酔っぱらって書いたのであろう。


「よし、千年ぶりにこれをやってみるかの」

「ソルちゃん、やる気になった? いいよいいよー!」

「うむ。皆の衆、見るがよい。ここに一つのりんごがある」


 我はパパからもらったりんごを、机の上に置いて見せた。


「りんごを握りつぶして『これが五秒後のお前らだ』って言うやつ?」

「違うのじゃ!」


 エイミーお姉ちゃんのツッコミはスルーしよう。話が進まぬ。


「……古来、ネクタールという酒があった。ソルフレアから魔物たちに下賜された神聖な酒である。であるが、ソルフレアはちょっとスケール感を間違って、池や湖を酒と入れ替えてしまったりして魔物たちは十年もの間、酔い続けてしまった。それゆえ湖よりも多くの酒を飲んではならぬ、という法ができたのである」

「えっ、神話のお話覚えてるんだ。すっご。マニアだ」

「ソルお姉ちゃんすごい! 神話フェチ!」

「ソルはやっぱりソルフレアの真似とかしてるの?」

「真似ではないわい!」


 我の話に感心したちびっこどもを落ち着かせて、話を続けた。


「ここからは秘密の話であるぞ。神の酒は、天上の世界の果実から作られたと言われておるが、その果実が何なのかは諸説ある。りんごであるとか、桃であるとか、妖樹が実らせる悪しき毒の果実であるとか……。どれが正しいかは諸説あるのじゃ」


 なんで我がそんなことを知っているかと言うと、神酒の原料はなんなんだ論争が度々、大人たちの間で勃発しているからである。


 我らシャインストーン開拓村はりんごが特産で、そして隣村のピーチフォレスト開拓村は桃が特産で、合同での収穫祭の時期などは「神聖なる果実はりんごだ」、「いいや桃だ!」とよくケンカをしておる。半分冗談だが半分本気なので殴り合いに発展したこともあった。


「ウチの村はりんご派だよね。ていうかりんごだって信じてる人が一番多いんじゃなかった? 次は桃で、三番目は梨だっけ」

「それなのじゃが……りんごでもよく、桃でもよい。毒のない果実であればなんでもよい。そこから作られるものであるならば、酒でなくてジュースであってもよい。これが諸説ある原因と思う」

「なんでも? どゆこと?」

「太陽の力を吸って育ったものは神聖な力を帯びる。まあたくさん作ったり育て続けるには薬などもいるが、太陽がなければ育たぬ」

「ま、野菜果物は基本そうだね」

「その太陽の力の真髄を示そうぞ。外に出るが良い」





 我は大酒飲みであった。


 具体的には、一度に飲む酒の量は大きな湖が2つか3つ分である。もっとも酒を飲むときは、邪竜ソルフレアにとっての百日に一度あるかないか……つまり人間換算で百年に一度ほどである。まあそれでも湖に住んでいたであろう生き物共にはすまぬことをしたものだ。


 なぜそんなにも飲んだのかというと、我が作る酒は、我自身で作っておった。


 献上された果実に太陽の力を注いで、それを酒精とともに湖にぶちこんで神の酒を作ってたらふく飲んだものであった。


 今は無理じゃ。

 おしゃけきらい。パパがたまに飲んでおるが、くちゃい。


「よし、では祭壇に実りの果実を置くがよい」

「ヘイ、ブラザーズ! やっちまいな!」

「「「おー!」」」


 エイミーお姉ちゃんにどことなく似た男児三人組が我のところに駆け寄ってきた。


 こやつらはエイミーお姉ちゃんの五つ下の三つ子の弟である。似すぎててたまに誰が誰かわからなくなるが、それはさておき我にとっても可愛い弟分である。


 ブラザーズは集会場の机を外の原っぱにでんと置いて、そこに座布団とりんごを置いた。


 本来ならば神樹ユグドラシグの蔦で編んだ果物篭に奥のだが、まあよかろう。


「ちょうどお昼の時間、もっとも太陽の力が強くなるときに呪文を唱えるのじゃ。これが太陽属性の儀式魔法……【覚醒アウェイクニング】である」


 我は太陽の力を借りて、その生命本来の力を引き出したり新たな才能に目覚めさせたりすることができる。それは生き物であれば何でも可能で、果実であったとしても問題ない。


「偉大なる月、雲、風、海に願う。太陽への拝謁を我らに許したまえ」

「「「ゆるしたまえー」」」

「……太陽よ。万物に成長と繁栄をもたらす偉大なる光よ。定命の者はその貌を見ることさえ能わず、平伏し雲と空気の御簾の向こうを想うばかりなり。その矮小たる我らの果実に、一度、妙なるお姿を晒し祝福をもたらしたまえ」

「「「もたらしたまえー」」」

「【覚醒アウェイクニング】!」



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