覚醒の儀式 2


 シャインストーン開拓村はりんごを育てている。


 元々ここはただの森と草原であったが、冒険者団であったパパたちが魔物退治の功績で土地をもらい、開拓して今の開拓村となった。


 だが麦や稲を育ててばかりではそんなに儲からぬ。旅から旅の不安定な生活ではないが、それでも、もう少し余裕ある暮らしがしたい。


 そこでパパたちは一計を案じた。野生のりんごが生い茂っているのを見て、「りんごを作って都市に売ればいい商売になるんじゃないか」と言い出した。そしてりんごの栽培に詳しい人を別の村から呼んで教えてもらって、果樹園ができあがり、今の暮らしが整ったようである。


「一応説明しておくぞ。あの二階建ての木造の家が我らの家で、玄関の隣にあるのがおぬしの家となっておるが、雪が降ってきたとか嵐が来たときは遠慮なく家の中で寝るがよいぞ」

「わん(おう)」


 玄関から出て20メートルほど歩いたあたりに郵便ポストがあり、その先は道路だ。都会の人間どもが作っていた石畳の道路ではなく草を刈って踏みしめただけの簡素なものではあるが。


 そして通りの向こう側には、果樹園がある。丁度今は花が咲いている時期で、パパや村の男衆が摘花という作業をしておるところだ。


「お、パパじゃ。おーい、パパ!」


 ぶんぶんと手を振って呼びかけると、パパも気付いた。

 にかっと太陽のように微笑んで手を振り替えしてくれる。


「お寝坊なお姫様! これからお勉強か!?」

「うん! 行ってくるのじゃ!」

「気を付けろよ! ミカヅキ、頼んだぞ!」

「我はミカヅキのお世話をしてる方じゃし!」

「わかったわかった……っと、これ持っていけ!」


 パパが懐から何かを投げた。


 りんごである。


 近くの山……我が眠っておった山には洞窟があり、そこは常に冬の精霊が居着いておってりんごも長く保管できる。夏真っ盛りでない限り、我らがシャインストーン開拓村ではりんごが食べられるのだ。


「頂きます、なのじゃ!」

「わぉん!」


 そして我は、果樹園の横の道路をてくてくと歩いていく。果樹園を越えると田畑があり、あるいは羊の農場があり、まだ開拓しておらぬ森があったりする。人の文化の気配は濃いが、一方で森や山にも囲まれており、過ごしやすい。


「ミカヅキ、あれが集会所じゃぞ」


 三十分ほど歩いた先にあったのは、木造の大きな建物であった。

 丸太をそのまま積み上げてできたような素朴な作りで、我のような子供はここで勉強や魔法を習ったりしておる。


「わん(お前がお勉強ねぇ……大丈夫かぁ?)」


 ミカヅキが無礼なことを言いおった。







 集会場に入って一番近くの大部屋に入る。そこが教室である。子供たちが十人、ついでに犬が二匹ほど集まっておった。一番年上はエイミーお姉ちゃんで、次に我。その他は八歳から五歳までのちびっこどもじゃ。


 また黒板のある壁際には、ローブを着て立派な髭をたくわえた老人が椅子に座っておる。


 かの老人の名は、魔法使いヴィルヘイン。


 村で一番の年長……というわけではないのだが、なんか渋く老成した雰囲気のインテリなので長老とあだ名で呼ばれておる。


 ちなみに前回までは人間側の神様、賢神の歴史についての授業で、今日からはソルフレアの神話を紐解く授業が始まる予定である。


 ふふふ……我の栄光ある歴史が人の口から語られるのは、ママの読み聞かせとは違った楽しみがある。逆に、我が叡智を皆の衆に授ける機会があるやもしれぬな。


「……ぐごごご……すかー……ぷしゅるるー……ぐごごご……んごっ……」


 めっちゃ寝ておる。


「長老、起きて―! お勉強でしょー!」


 叡智をひけらかす以前に受業が始まらぬ。


 机の上にはソルフレアの神話の本や、長老自身が書いたらしいメモ書きやノートがあるので準備はしてきたのであろうが、恐らく夜遅くまで深酒しながら準備してたのであろう。まったく困ったものじゃ。


「……クリスティーナ、悪いがしじみのスープ作ってくれ……。頭が痛くってな」

「そーじゃなくて受業! あーもう! お酒臭いし! 二日酔いだよもー!」


 エイミーお姉ちゃんがキレ気味に揺さぶるが、長老は深酒しすぎたのかいまいち要領を得ない。ていうかクリスティーナって誰じゃい。他の子らは、「今日は休み?」とウズウズしておるし。諦めたエイミーお姉ちゃんが、諦めて長老を部屋の隅っこにどかしてバンと机を叩いた。


「しょーがない! ソルちゃん!」

「うぬ?」

「長老の代わりになんか教えて!」

「うぬぬ!?」


 いきなりエイミーお姉ちゃんが無茶ぶりをしてきた。



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