覚醒の儀式 1



 ミカヅキがうちに来て一週間ほど経ち、家族が増えた生活にも少しずつ慣れてきた。


「ソルちゃん、起きなさい!」


 我は6歳のときに部屋を与えられたので、もうママとパパとは寝ておらぬ。

 一人寝は寂しいものだが、我は不撓不屈の精神で一人でも熟睡できるようになった。

 つまり、めちゃめちゃ眠い。


「んむぅ……まだ早いのじゃあ……」


 起こしに来たママに抗議を上げるが、ママはこういうとき我の話を聞かぬところがある。


「ミカヅキちゃんの面倒を見る約束でしょ! はい起きた起きた! ミカヅキちゃんのご飯を用意して、お着替えして、ご飯食べなさい!」


 そうじゃった。流石に犬を飼うというワガママを通してもらったわけで、ここで挫けては申し訳が立たぬ。


 それに、立派な毛並みの犬と共に歩くという栄光と威厳に満ちあふれた姿を村人たちに見せてやるのが、太陽の化身たる邪竜ソルフレアの務めであろう。これを続ければ、いずれパパとママも我をソルフレアの生まれ変わりであると、自然に認めるようになるに違いない。


「おはようなのじゃ……ふあーぁ……」

「わん(おせーよ)」


 2階の我の部屋からキッチンに降りると、ミカヅキが自分用の皿を加えて我を待ち構えておった。まあまあ、落ち着いて待つがよい。


「はい、これをお皿に盛ってね」


 雑穀を硬く焼きしめた、小さなクッキーみたいなものを皿に盛る。

 ついでにママがそこに、茹でた鶏のレバー一切れをちょこんと乗せた。

 それらを皿に盛って、ついでに深皿に水を入れてミカヅキの前に差し出す。


「おっ、今日は肉付きじゃの。よかったではないか」


 我は大人なのでミカヅキの食事がちょっと豪華でも妬んだりせず祝福をするのである。

 レバーは嫌いであるし。


「朝方、ネズミ退治してくれたからご褒美よ。ありがとねミカヅキちゃん」

「わぉん!(いえいえ、お母上。傷み入ります)」


 ミカヅキはガツガツと食べ始めた。

 そして次に我の朝食である。

 今日は黒パンにチーズ、豆の煮物、キャベツの漬物である。

 そして相も変わらず玉ねぎのスープが添えられておった。


「ミカヅキも玉ねぎのスープはないのじゃ。主人として同じようにするべきではなかろうか」

「じゃあソルちゃんもドッグフード食べる?」

「一粒食べたがあんまり美味しくなかったのじゃ」

「それなら玉ねぎのスープも食べなさい」

「はぁーい」


 そんなわけで、もそもそと食べ始める。


 しかし考えてみれば、我がソルフレアであった頃に比べたら美食も美食である。超巨大ウミヘビ一頭とか献上されたことがあったが、小骨ばっかりで本当食べにくかった。人間の食事は全体的に食べやすい。過去のまずい飯を思えば玉ねぎも食べられる。


 というか最近、玉ねぎの美味しさがわかったような気がするのじゃ。


「あら、今日はちゃんと食べられたわね。偉い偉い」

「うん! ごちそうさまでした!」


 あとは歯磨きをしてお着替えする。

 今日はミカヅキの散歩ついでに、行くところがある。

 シャシャシャシャっと歯磨きして、ダダダダダっと2階の部屋に行き、すぽぽぽぽんと寝巻から余所行きの服に着替える。


「ソルちゃん、もうちょっと落ち着きなさい。それと外は暑いから帽子もかぶりましょうね」

「うん!」

「今日は集会場でお勉強よね」

「うん。長老の歴史の授業なのじゃ」


 この村には都会のような学校はない。とはいえ幼くして親の手伝いばかりだったり、あるいは遊ばせてばかりではいかんと思った大人たちが、持ち回りで勉強を教えておる。


 長老は元々は学識ある魔法使いで、我ら村の子供たちの勉強を見る機会が多い。


「そういえば長老も昔はソルフレア信仰をしてたのよ。昔の魔法を復活させてみせるとか古文書を研究してたもの。もしかしたら、ソルちゃんの興味ある話が聞けるんじゃないかしら」

「ほほう。それは楽しみじゃのう……!」

「あと、行き帰りはちゃんとミカヅキちゃんと一緒にいること」

「わかったのじゃ!」


 ママはお洒落である。

 行商人に頼んで我に似合う服を見繕ってくれる。

 他にも、都会に服職人の知り合いがいるらしく、ポシェットや帽子なども買ってくれた。

 完全装備の状態で我は姿鏡の前に立った。

 頭のてっぺんから爪先までチェックし、その場で一回転する。


「くるっと回って」

「はいタッチ! オッケー! 気を付けていくのよ!」


 ママと手を合わせて、ぱぁんと音を鳴らす。


「ミカヅキ、征くぞ! 今日も我の覇道が始まるのじゃ!」

「わぉん(寄り道と拾い食いはすんなよ)」



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