暗黒領域 12




 その後のことはよく覚えていない。


 どうやら我はミカヅキの背中によじのぼって、そのままぐぅぐぅと寝てしまったようである。ミカヅキは凄まじい困り顔をしながらも我を家まで乗せて、パパとママも「まあいいか」と我をミカヅキに任せ、なし崩し的に受け入れることとなった。


 しかも、翌日にはパパが木材と釘を使ってミカヅキのお家を作ってしまった。

 とても立派な犬小屋である。


「それでソルは……ミカヅキって名前を付けたんだな?」


 庭の木の横に作られたミカヅキの家の前で、パパが我に尋ねた。


「そうなのじゃ」

「なるほど、月の神様の一柱か。格好いいな。それじゃ、ミカヅキ、と……」


 木札に名前を掘って、それをミカヅキのおうちに釘を打って固定した。

 ちゃんと「ミカヅキ=アップルファーム」と書かれておる。

 なんだか羨ましい。

 我もここで昼寝をしたい。


「ソル。俺は『勝手に犬を拾ってこないように』って言ってたが…………」

「う、うむ」


 重々しいパパの口調に、我は思わず息を飲んだ。


「……今回に限り! 撤回する! 今回だけは特別に許す!」

「本当!?」


 勝手にいなくなって村人の手を借りての大捜索をさせてしまったので、おしおきが待っているのではないかと内心ドキドキしていた。


 だが、パパは優しい。まさにあっぱれな男ぶりよ。もし魔物たちの軍勢にいたら幾万の兵を率いる大将軍であったことだろう。勇名を馳せ、千年は語り継がれるに相違ない。


「それがなんでかと言うとだな……」


 もちろん我が良い子じゃからじゃな。


「ミカヅキは賢くて良い子だ。お前にも見習って、ミカヅキのようになってほしいんだ」

「うん……うん?」

「お前を背中に乗せて家に帰るとき、ちょっと……いや、かなり迷惑そうな顔をしていたが、落っこちたりしないように丁寧に運んでくれたぞ。それに夜明けに突然起きたかと思うと、牧場で羊を襲いにきた狼を追っ払ってくれたんだ」

「ご飯のときもおすわりしてお利口にして待ってるし、無駄吠えはしないし」

「羊たちもなんだかすでに懐いている。リーダーシップがあるというか、風格があるというか」

「大人っぽいのよね。近所の犬も凄い甘えた声を出してミカヅキにすりよってくるからモテモテなんじゃないかしら」

「わふっ!」


 ママがミカヅキをわしゃわしゃと撫でる。

 ミカヅキはまんざらでもなさそうな表情をしている。


 ずっ……ずるいぞ……!


「だからソル。ミカヅキを見習って規則正しく生活するんだぞ。十歳の誕生日も近いんだから、もっと大人にならなきゃ」

「そうよソルちゃん。あとミカヅキちゃんを拾ってきたのはあなたなんだから、ご飯の用意とか、ミカヅキちゃんを洗ってブラッシングするとか、ちゃんとやるのよ。もちろんママも手伝いますけど、あなたの仕事ですからね!」

「それと門限はちゃんと守ること。約束だぞ」

「わん!」


 まったくその通りとミカヅキがうんうん頷いている。


「わん、ではないわ! ぐぬぬぅ……嬉しそうな顔をしおってぇ……!」


 こうしてアップルファーム家に、頼れる牧羊犬にして我の兄貴分ポジションのミカヅキがやってきたのであった。


 我、我に甘えたり甘やかしてくれたりする可愛いペットが欲しかったのじゃが……?


 我のお株が奪われておるのだが……?


「わぉん!」

「そんなもの最初からなかったじゃと! そんなことないわい!」



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