暗黒領域 3



「ふん。よい名前じゃろうが」

「そこは否定しねえが」


 パパとママを馬鹿にするのは許せんと思ったが、我を尊ぶがゆえならばスルーしてやろう。


「して、そこのゴブリンよ。今、この地は今、何の闘技ゲームが行われておる?」


 暗黒領域は闘争が尊ばれる。

 だがそれは無秩序なものではなく、守るべき法の下で行われる。

 その闘争のルールや枠組みを、闘技ゲームと呼んだ。


「ゲーム? なんだそりゃ」


 だが、リーダーが首をひねった。


「ほれ、色々あるじゃろうが。グラップルとか、電光石火とか、ダンスマカブルとか。国盗りとか。まーったくもの知らずな若者じゃのう」


 我は純粋な腕自慢以外にもチャンスを与えるため、速さに秀でた者、知恵や統率力がある者、あるいはダンスが達者な者が勝てるルールも設けていた。特にダンスバトル王者決定戦は、それはそれは盛り上がったものじゃった。


 だがゴブリンどもは、なんだそれ? といった様子である。


「なんでガキに若者扱いされてんだ俺たちは」


「おばあちゃんに叱られたの思い出した」


 話が噛み合わぬ……と思ったものの、若者たちの後ろの方から、一人の老ゴブリンが進み出てきた。


「今は、というより千年間ずっと『国盗り』が続いておられます」


「じいさん、知ってんのか?」


「支配者と認められた者同士で領土を奪い合うのが『国盗り』であります。つまり、今のこの暗黒領域の社会そのものですな。唯一無二の勝者が現れたとき暗黒領域の王者チャンピオンと認められ、ソルフレア様が降臨して願いを叶えてくれるそうな」


「なんだって、ソルフレア様が……!?」


「また、過去には国盗りの他にも王者を選出する闘争の形は様々でありました。今は他の闘争は失われておりますが……」


「うむうむ。懐かしいのう……って、失われた?」


「もう誰も覚えてはおりませぬ。千年もの間、領域内の国主同士で同盟が起こり『国盗り』の決着がついておらぬのですから。……もっとも、ソルフレア様がおかくれになった暗黒領域を守るため、致し方ないことではありますが」


「なんと……」


 我が死んでいる間に、状況は大きく変わっていたようだ。

 配下の魔物たちが守ってくれているのはありがたいことだが、わが身のふがいなさも痛感する。

 力を蓄えて今の国主に会わねばと思ったが、少し疑問もある。


「いや、しかし、それでは戦も起きぬはず。その割にはどいつもこいつも戦に負けたような有様じゃが」


「なんだと! ……いや、そう思われても仕方がねえか」


 ゴブリンのリーダーが一瞬怒るが、すぐ恥じ入るように顔を伏せた。


「では、戦っておったのか?」


「大国同士はともかく、小国同士じゃ小競り合いは普通に起きてるさ。俺たちゃ負けに負けて、流れに流れたあぶれ者よ」


「恥じ入ることはない。負けたということは戦ったということじゃ。鍛えなおして戦に臨めばよいではないか。やがて誰よりも強くなって、誰もが認める王者となれるかもしれぬぞ」


「へっ、夢がある話だがそうはいかねえよ」


「なんでじゃ」


「本気で旗揚げして王者になろうとする強者もたまに出てくるぜ。だがそういうやつが出てくると他の国主たちが連合を組んで潰しにかかってくる。いくら強くったって、小国の国主で満足するか、大国に仕えるかのどっちかで満足するしかねえのさ」


「なんじゃと……!?」


 驚くソルを見て、老人は溜め息をついた。


「仕方のないことなのであります……。もし暗黒領域に誰もが認める王者が生まれたら、今度こそ人間の国との最終戦争になりかねません。ソルフレア様がお隠れになった今、新たな王者が現れたところで人間には勝てぬでありましょう」


「し、しかし、我……ではなくソルフレア様がいなくなったとしても、月の化身がおるじゃろ?」


 月の化身は我ほど積極的に魔物を庇護してはいなかったが、それなりに信仰している魔物がいた。

 我が死んだとで、それで逃げるようなやつではない。


「知らぬのですか? ミカヅキ様も人間に敗北しましたが。他の大自然の化身様も散り散りになって、今はどこへいるのやら……」


「し、知っておったが?」


 うっそじゃろ。


 いや、だが、我が敗れたことを思えば、月の化身ミカヅキにも何か弱点があったのかもしれぬ。それにもし生きていたならば、暗黒領域はもう少し昔の雰囲気を保っていただろう。


 今ここは神なき地。本当の暗黒となってしまった。


「……魔物は闘争を尊ぶもの。特にゴブリンよ。そなたらには戦士としての矜持があろう」


 ソルフレアは何も、矮小な生き物たちが戦ってる姿を見るのが好きだったわけではない。

 だが魔物は闘争本能を持て余した種族たちばかりだ。

 彼らは闘争に喜びを見出し、正々堂々たる戦いに勝つことを誉れとした。

 それに感銘を受けたからこそ、ソルフレアは魔物の主となったのだ。


「矜持は、ある。だが力が無い」


 リーダーが悔しそうに拳を握りしめる。


「俺たち奴隷だもんなぁ……」


「女子供も人質に取られちまった。今頃どうしてるか」


「逆らわなきゃ家族の命は守られるって話だが……あいつのところに行った連中は帰ってこねえよ。あいつは惜しみなく果実を与えてくれるが、そうなったらあいつの奴隷さ」


「腹ぁ減った」


 ゴブリンたちが口々に絶望の言葉を吐き捨てる。

 それは聞き捨てならない言葉だ。


「……奴隷とはどういうことじゃい!」


 我の怒りの前に、ゴブリンが後ずさった。


「な、なんだお前……熱いぞ……?」


「リーダー、なんかやべえよこいつ」


「魔物が魔物を隷属させるのは禁じたじゃろうが!」


 リーダーが、困惑しつつも納得したように頷く。


「暗黒領域じゃ奴隷は禁止されてるってルールか……? そんなの誰も守っちゃいねえさ。破ったところで罰する神様がいねえんだからな」


「ぐぬぬ……それはそうじゃが……」


「どうやってるかは知らんが、結界を飛び越して人里から子供を攫うやつだっているし、逆に人間が正門以外から忍び込んで魔物を攫うこともあるって話だぜ」


 暗黒領域で尊重されたのは勝者を讃えると同時に、敗者も讃え、いたぶらないことだ。

 魔物の多くは闘争本能を持て余しており、苛烈な戦いは度々あった。惨劇を生み出さないために敗者もまた尊重されるべきとしたのが、獣の時代に守られた美徳だ。


 だがそれは今、破られている。


「お前を献上するってことで奴に近付いて、せめて一矢報いようと思ったが……それも卑怯くせえしな。もういいや。どっかいけよ。そんなに元気なら別の領地でも生きていけるだろう」


 ゴブリンのリーダーが優しげに別れを告げる。


 だがこのまま大人しく帰るつもりなど我にはない。


 我がいないためにこの地は歪んだのかと思えば、帰れるわけがない。


「おぬしらの主は誰じゃ」


「誰って……決まってるじゃねえか。死体啜りの森の国主、妖樹ラズリーだよ」


「ラズリー……? どこかで聞いたような……まあええわい。近衛や側近はおるのか?」


「美男美女を侍らしちゃいるが、戦争じゃ自分だけしか信用しないタイプだ。……あいつの人格はともかく戦いとなれば強いし、一人でどうにかなるしな」


「よし。こちらはおぬしらで全員か? ひい、ふう、みいの……十人くらいじゃな。国というには流石に小さい所帯じゃが、よかろう。見物は多い方が良い。声を掛けて集めてくるが良い。ああ、戦えんでも構わん。見届けるだけで十分じゃからな」


「お、おい、お前、一体何をするつもりだ」


 そんなことは決まっている。

 我は大いなる邪竜ソルフレア。

 自然に帰依する者を照らし、敵を焼き尽くす太陽の化身である。

 再び人間たちに挑み勝利すると誓い顕現したが、その前には我が領土を再び平定せねばなるまい。


 ……と言いたいところじゃが、まだ何も為してない自分が言ったところで格好は付かぬ。


 今の我にできることは、法に則った遊びくらいのものだ。


「そうじゃな……国盗りじゃよ」



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