農場主の娘、ソル=アップルファーム 3



 やってきた隊商は村特産のリンゴと羊毛を買い込み、そして村人たちは娯楽を求めた。


 シャインストーン開拓村は辺境も辺境、田舎も田舎。少し先にいけば結界によって閉じ込められた暗黒領域がある人間の支配地の最果てであり、大変失礼ながら未開の地と思っている人間も多い。よって外からの情報がないのである。


 隊商が持ってきた絵本や滑稽本は飛ぶように売れた。そこに創世神話を書き綴ったものがあり、邪竜ソルフレアについて書かれてた絵本を買ってきた。


 我は齢9つにして本が好きで、挿絵のない本だって読めちゃうアンニュイ&ミステリアスな美少女ではあるが、「絵本が少なくて読み聞かせしたこと少なかったからやりたいの!」というママの願いを聞いて、朝食の前にしぶしぶママの絵本読みを聞くことにした。


「むかーしむかし。竜は災厄であり、恵みでありました。本当に竜だったのかは誰にもわかりませんが、遠吠えはまさに竜としか言えないくらい大きくて恐ろしいものでした」


「ふーん……」


「竜はお寝坊さんで、みんな困っていたのです。眠りが浅いと冬がすぐに終わっちゃいます。あくびして涙を流すと雨がざあざあ降って川が溢れちゃいます。……ソルちゃんも規則正しい生活しようね」


「ちゃんとしてるのじゃ。魔物がみんなの魔力を使って巨大化して我に聞こえるくらい大きな声で頼んできたから、決まった月に起きて、決まった月に寝るようにしたのじゃ」


「ソルちゃんにはもっと小さい単位で寝起きしてほしいのだけど……」


「うむ」


 人間の世は時間が細かくて大変である。


 ……んんん?


 いや、我は何を思っておるだろう。


 一年はめちゃめちゃ長いのに、不思議と、一日くらいの感覚で考えていた。


「ともかく竜は、ようやく地上にいる人と魔物に気付いたのでした。そして竜は、人間をいじめて魔物に味方するようになっちゃいました」


「いじめてなどおらぬし! むしろ人間だって魔物をいじめたりしたのじゃ!」


「そうよねぇ。人間の方が魔物をいじめてたから竜は魔物に味方したって解釈の方が私は好きだなぁ……って、あれ? この話したっけ?」


「え……? いや、したような、してないような」


「多分したのかしらね……。ともかく竜は、魔物と一緒に暮らすようになりました。魔物たちは血気盛んだったので、竜はみんながケンカしても大怪我したり死んだりしないよう、法律やルールを作ることにしました」


「うむ、うむ。流石は古来の竜である」


「でもその法律は割と雑で、『うっかりくしゃみして台風を起こしてはいけない』、『殴り合いのケンカは一年以内で終わらせること』、『湖よりもたくさんの酒を飲んではならない』みたいな竜から目線のものが多くて、魔物は頑張って竜を説得して、役立つルールに変えていきました」


「そ、それでも一生懸命考えたと思うのじゃ! ウチの村にも『三日三晩宴会してはいけない』とか変なルールあるのじゃ!」


 奇妙な気分であった。


 おねしょしたときのことを近所のエイミーお姉ちゃんに茶化されたときのような、恥ずかしい気持ちが湧き上がってくる。


「えっと、ママはソルちゃんのことを馬鹿にしているわけではないのだけど……?」


 ママが不思議そうに、こてんと首をかしげた。


 言われてみればその通りだと我もこてんと首をかしげる。


「あれ?」


 昔話のはずなのに、まるで自分の絵日記を読まれているような気恥ずかしさがある。


 ママが読む絵本にうんうんと頷き、ときには「違う、そうじゃない」と反論し、そしてママのお話が終わる頃であった。


「……もっとも偉大で、同時にちょっと傍迷惑な竜の名前は、ソルフレア。太陽の化身である大いなる竜はお隠れになりましたが、明けない夜がないように、いつの日か再び姿を現すときが来るのかもしれません」


 ママが絵本の末尾の言葉を読み終えたとき、我の背中に電撃が走った。


 ソルフレア。


 魂に刻まれ、しかし今は失われた我だけの名前だ。


 悠久のときを過ごし、魔物と共に栄華を極め、しかし人間に敗れた記憶と共に思い出していく。いや、思い出してしまった。


「ママ」


「なあに、ソルちゃん?」


「いつの日か、というのは、今である」


 我は……我の本当の名は、ソルフレアである。


「どうしたの、ソルちゃん?」


「ま、まさかこんなことで過去を思い出してしまうとはのう……。不幸中の幸いと言うべきか……」


 ただソルと呼ばれていた状態では我はアップルファーム家のスイートダイヤモンドにして村一番の美しき娘であったが、本来の名前と共に昔話を聞かされたことで魂が揺さぶられ、大いなる太陽の化身、邪竜ソルフレアとしての記憶が蘇ってしまった。


 わなわなと震えていると、隣の部屋で斧の研ぎをしていたパパが休憩しに居間にやってきた。


「ソル、どうかしたか?」


「さあ……私にもさっぱり」


「やっぱり誕生日に犬ほしいか? 俺も牧羊犬は欲しいんだが、調教しなきゃいけないから中々難しいんだよ」


「もしかしてお腹痛い? 変な物でも食べたかしら……?」


 頭を抱える我を心配して、ママとパパが語り掛けた。


「ママ、パパ……いや、母上、父上」


「お、おう。どうした突然かしこまって」


「我が名は大いなる太陽の化身、業火の邪竜ソルフレア。幾星霜の果てに再びこの世に覇を唱えるため、人の身にて顕現したものである」


 我はそう言い放ち、魂から湧き上がる魔力を練り、体に循環させる。

 記憶の復活と共に、大きな魔力がその身に宿りつつある。


 そして我は魔力を使って体を成長させ……ようとしたがなんか上手くいかない。しまった、人間の体に魂が馴染みすぎた。もうちょっと身長がほしいのじゃが。


「な、なんて力だ……ヨナ……もしかして」


「ええ、ゴルド……これはもしかしたら……」


 パパとママが目配せする。

 怖がらせてしまったと、少し心が痛む。


 前世の記憶を思いだしたが、今の記憶……パパとママと共に過ごした記憶を忘れたわけではない。いや、忘れられようはずもない。子守歌を歌ってくれたことも、誕生日にアップルパイを焼いてくれたことも、すべて覚えている。


 だが今は、別れのときだ。


「そなたらの献身、大義であった。我はこれより覇道を征く。別れの時だ」


 上を向こう、涙が流れぬように。

 引き止められるだろう。

 だがそれでも振り切って行かねばならない。


「ソル……お前、まさか……」


 パパがわなわなと震えている。

 我の正体にようやく気付いたのであろう。


「もしかして……反抗期が、来たのか……?」



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