農場主の娘、ソル=アップルファーム 4




「そんな……家出したくなっちゃうなんて……このままじゃソルちゃんが不良になっちゃう……!」


「うむ……うむ?」


 パパとママが愕然とした顔をしているが、なんか予想してる方向と違う。


「男の子なら一度はソルフレア様の神話にハマるもんだが、まさかソルもそうなるとは……。あ、もしかしてソルフレア教団とかに入ろうとしてるんじゃないだろうな……?」


「このあたり見たことないわよ? いるのかしら……でもソルちゃんが知ってるくらいだしいるのかも……」


 パパが心配そうな顔をして我に質問してきた。

 けど知らない。全然そんなの知らない。


「ソルフレア教団って、なに?」


「あれ、知らないのか? 古き神ソルフレア様を崇め奉るって建前で、夜な夜な廃教会や廃屋に集まって酒を飲んだり暴れ馬や暴れ竜を乗り回したりする若者たちのことだ」


「今時、魔物でもソルフレア様を崇めてないのに、不思議よね……」


 パパは困ったものだと眉をしかめ、ママが首をかしげる。

 いやほんと不思議なんじゃが。


「ほら、やっぱり神話に出てくる存在の中じゃ一番強いってところが子供心をくすぐるんだよ。勇者様以外に負けらしい負けはないし」


「そういうものかしらねぇ……男の子がハマるのはよく聞くけど」


「好きなものがあるのはいいことだけど、もう少し同世代と触れ合って社会性を身に着けた方がいいと思うんだ。やはり村の中だけだと刺激も少ないし、変な組織に勧誘されたりしてコロっと靡いちゃうかもしれない」


「そうなのよね……隣町に学校ができるらしいし、相談してみようかしら……」


 パパとママはそう言いながらチラッチラッとこっちを見てくる。


 これは……転生したとかじゃなくて、なんか格好いい雰囲気に憧れてるお子ちゃまとみられておる……!


 な、納得がゆかぬ……!


「わ、我は遊びじゃないのじゃ! その証拠に……」


 魂がしっかりと肉体に定着していて外見を操作するのは無理っぽい。

 じゃが、竜の力を一時的に自分の体に宿すことはできるはず……!


「むん!」


 体内に貯め込んだ魔力を放出すると、背中に翼が生まれた。

 そして肘から先と膝から先が、猛々しい竜のように変化する。


 おお……けっこう格好良いかもしれぬ……。


「これは……【竜身顕現】か……?」


「凄い……この年で竜の力を宿すなんて……」


「りゅうしんけんげん?」


 なんかまた知らない言葉が出てきた。


「大昔、ソルフレア様や太古の竜から竜の力を分け与えられた人間は竜人と呼ばれていて、【竜身顕現】という魔法が使えるんだ。ママも竜人の地を引いてるから使えるぞ」


「私とおんなじね! でもソルちゃんほどちっちゃい頃には使えなかったなぁ。13歳くらいだったかしら」


「いやいやいや! 我がオリジナルじゃし!?」


 そういえばそんなこともあった。

 力を人々に分け与えた結果、我のサイズがちょっと小さくなったのじゃった。

 だから我はママの真似をしているのではない。

 ママやママのママとパパ、ご先祖様たち全員が、我の力の真似っこなのじゃ。


 我こそ開祖である!


「いや、ソル。わかる。気持ちはわかるぞ。名前も被ってるしな」


「そうそう! そうなのじゃ!」


「けれどソルフレア様にあやかってソルって名前を付けられた子や、ソルって付いた地名は世の中そこそこあってな。ソル・マウンテンとかソル・リバーとか」


「あれ紛らわしいのよね。朝日山とか日輪川とか、古地図だと全部ソルなんとかになっちゃうし」


「古代語で太陽って意味だからよく使われるんだよ。朝日とか夕日が綺麗に見える観光名所はソルって名前が地名に関係してるんだよ」


「さすがパパ! 博識!」


 ……そういえばそうじゃった気がする。


 領土の名前にソルって付けていいですかとか千年くらい前に聞かれてたような。


「あと、もう亡くなったけど私のひいおばあちゃんもソルって名前だったのよ」


「ウチの地元にもソル爺さんとかいたな」


「ちょっと古い名前だけどいい名前よね。最近はかっこいい名前の子供も多いけど、私やっぱり、あなたの名前がしっくりくるし好きよ」


「そうだよなぁ……。ソルは、しみじみいい名前だ」


 ママとパパから頭をなでられる。

 なんとも心地よい気分じゃ……我が竜だった頃には考えられぬ悦楽の境地よ……。


「えへへ……ではなく!」


 いかんいかん、流されてしまうとこじゃった。

 我があまりにも偉大過ぎたゆえに「ソル」という名はありふれた名前になってしまったようで、ソルフレアと特別な縁があると言ってもピンと来ぬのじゃろう。


 じゃが我こそが正真正銘のソルフレアである。

 それを理解してもらわねばならぬ。


「パパ、ママ。聞いてほしいのじゃ」


 我は咳払いをして、居住まいを正した。

 できる限りこの二人の恩に報いることができるように。


「我こそ太陽の化身、業火の邪竜ソルフレア。悠久の眠りの果て、再びこの世に覇を唱えるために顕現したものである」


「お、おう」


「そ、そうね、ソルちゃん」


「巣立ちのときは来た。じゃが……そなたらには格別の恩がある。恩賞は思うがままじゃ。望みを言うてみるがよい」


 つまり、【竜身顕現】を使えるソルという名前の子……というだけでは、我が偉大なる竜である証拠としては薄いということじゃ。


 であれば我の、願いに呼応する力を見せれば、きっと信じるであろう。

 夫婦を望めば子となることができる。

 他に願いがあれば、その願いに合わせて魔力を使えるはずじゃ。


 恐らく。


 多分。


「そうねぇ……ソルちゃん」


「うむ」


「犬が欲しいからって野良犬を捕まえようとしないでね」


「だ、だって、牧羊犬がいたら助かるってパパ言ってたしぃ……」


 ママがパパを凄まじい目で睨んでいる。


「い、いや! 確かに言ったが絶対必要ってわけじゃないし、難しいんだよ!」


「いい、ソルちゃん。牧羊犬はちゃんと躾けられた頭の良い犬じゃないとダメなの。ソルちゃんはエイミーちゃんの家の猫ちゃんが羨ましいだけでしょ」


「我だってペットと遊びたいのじゃ!」


「だったらちゃんと良い子にすること。タマネギも食べて。ご飯冷めちゃうわよ」


 テーブルの上には、カリっと香ばしく焼き上げられたライ麦パンがある。

 その隣には、玉ねぎとソーセージのスープ。

 ソーセージもパンも大好きじゃ。

 じゃがタマネギだけはいかん。


「……だ、だぁって、苦いしぃ……」


「だからスープにしてあげたじゃない。甘いから。大丈夫だから」


「でもぉ、なんかぬるぬるするしぃ……歯に引っかかるしぃ……」


「だからちゃんと細かく切って、甘くなるようにしーっかり炒めました! あなたが邪竜ソルフレア様なら、なんでも喰い尽くす最強の顎と牙があるんでしょ! おてても人間に戻して! お洋服ひっかけちゃったらどーするの!」


「はい、ママ……頂きますぅ……」


 我は観念してちびちびと飲み始めた。

 願いを聞く態勢でママの話を聞いてしまったので、逆らおうとすると肌がピリピリする。

 普段と違って義務感がわいてくる。


「お、反抗期が来たと思ったら素直じゃないか。偉いぞ!」


「やったぁ! いい子よソルちゃん!」


 パパとママが手を合わせて喜んでいる。

 それを見ていると「我、がんばった」と自分をほめてあげたくなる。


「それと、お寝坊もしないように朝がんばって起きてね。ソルフレア様は地上の生き物のために規則正しく起きるようになったのよ」


「う、うむ。我もそのときは反省して……って、そうではなく!」


「ああ、そうだ。最近、猪の魔物が現れて垣根を荒らしてるみたいなんだよな」


「ほほう。敵が現れたのか。ならば我が……」


「けど今日の仕事はそれで終わりだ! 午後はパパと遊びに行こうな! また行商人が市を開いてるから本も買えるぞ!」


「やったぁ!」


「邪竜ソルフレアと月光の狼ミカヅキの決戦のお話が読みたいんだったかな」


「違うのじゃ、その続きなのじゃ!」


「ははは、わかったわかった。ちゃんと読んであげるから良い子にしてるんだぞ!」


「うん! いってらっしゃい!」


「それじゃソルちゃん。それともソルフレア様? 歯磨きしてお着替えして、集会所にいきましょうね。今日は隣町から神官さんが来て、聖書を読んだり文字を教えてくれたりするから、しっかり聞くのよ」


「はーい! なのじゃ!」


 集会所でお勉強した後は村の子供たちと一緒に遊べる楽しい時間じゃ。

 だがこないだは鬼ごっこをして全員5秒で捕まえたので我だけ鬼禁止となっていて、他の遊びを考えねばならぬ。


「……って、ちっがーう! 我は世界を再び支配するために力を取り戻して……」


「ほーら、ソルちゃん行くわよー!」


「いってらっしゃい! 良い子にしてるんだぞ!」


「違うのじゃママ! パパ! だからぁ……!」


 今日は我が記憶を取り戻した記念すべき日である。

 そのはずが、よくあるいつもの日と変わらず過ごすこととなってしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る