農場主の娘、ソル=アップルファーム 2


 二人の男女にようこそと声をかけたかったが、生身の声は出せぬ。

 せめて二人を歓迎するよう、光を放ってみた。


「本当に子宝祈願の神様じゃないかしら。あんなに神聖な魔力が込められてるだなんて……きっと御神体か何かよ」


「よし、不妊が治るか、それとも天から子供を授けてくれるのかはわからんが……やるだけやってみようじゃないか」


 男女が我の前に跪いた。

 うむ、素晴らしい態度じゃ。褒めてつかわす。


「夫婦として連れ添って五年、一向に子供が生まれる兆しがありません。医者にも祈祷師にも願ってもどうにもなりませんでした」


「どうか私たちに子供をお授けください」


 子を望む思いが、家族と共に生きていきたいという定命の者の祈りが、我に伝わる。


 ようやく千載一遇の好機が来た。


「ゴルド! これは……!?」


「宝石が……赤ちゃんに……!?」


 我は多くの者の願いや望みを叶えてきた。

 それはただ自分の力を譲り渡したり、施しをしただけではない。

 我自身が制御しきれない大いなる自然の力を、祈りを利用して形にできる。


 つまり、子供が欲しいという願いを叶えるということは、我が子供になる、ということを意味する。


「……どことなく……お前に似てるんじゃないか」


「背中にウロコがあるし、竜人の血筋ね……。でもあなたにもなんだか目元が似てる気がするの。髪もあなたと同じだし……」


 えっ、いや、そこは偶然じゃぞ。


 古来、我が力を分け与えたのは魔物ばかりではない。

 魔物の側に鞍替えして人間の国と袂を分かった人間にも与えたことがある。

 たまたまこの女の方が竜人で、女の方こそ我に似ているだけである。

 髪の色が男に似ているのも偶然だ。

 あえて言うなら、目の前の人間の姿をちょっとばかり参考にしただけで。


 だがそれらの偶然は夫婦にとって、大いなる天啓となったようだ。


「あのお告げは、この子を拾って育てろ……ってことなのか?」


「お告げはわからないけどこのままにしておけないわよ……わわっ」


 だがこの瞬間、大いなる過ちに気付いた。


 まずい……瞼が重い。


 人間の体は思ったよりも視界が狭いし、手も足も弱い。


 思い通りに体が動かぬ……空も飛べぬ……!


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


「よしよし、恐くない、恐くない」


「大丈夫か? お腹空かせてるんじゃないか?」


「お腹を空かせてるって言っても……乳母を探さないと……」


「急いで村に戻ろう。このままじゃまずいぞ」


(い、いかん……! 今の肉体に引っ張られて、我が、我であることを忘れてしまう……!)


 今の我は名も無き赤子だ。

 名も無き、というところが非常にまずい。転生してまったく新たな肉体に宿ってしまった以上、ソルフレアという名前の繋がりが消えてしまっては二度と記憶を思い出せなくなる可能性がある。


(しまった……この状態で正体が露見するのを恐れて、名乗るのを忘れておった……せめて、名前を告げねば……。炎よ、我が名を刻みつけよ……!)


 我は、魔力を振り絞って岩に文字を刻みつけた。

 これで正しき名で呼ばれればすぐに記憶も失われることはない。

 魔力を使って、人間の全盛期の体に成長させることができる。

 ともあれ赤子の体のままではどうにもならぬ。


「おや、赤ちゃんのいたところに文字が……ソル?」


「ふむ……この子の名前じゃないか?」


 だがそれはすべての文字を刻みつけることなく途絶えた。


「いい名前だな」


「……ソルちゃん。うちの子になる?」


 二人の優しい笑みだけが、我の瞼に残った。




 我の前に現れた男女……開拓村の村長ゴルド=アップルファームと、その妻ヨナ=アップルファームは、我を拾ってから激動の日々を過ごしたそうだ。


 二人は元々、在野の冒険者パーティーの集合体の旅団であり、魔物たちと戦って土地を手にして、そこを王国に認められて開拓村を手に入れた。


 それまでの熱き闘いの日々は終わり、平穏な日々を過ごすはずであった。


 ある者は麦を作り、ある者は山で山鳥や猪を狩り、そしてある者は果物を作った。


 ある者は結婚し、家族を作った。


 アップルファーム夫妻は結婚してから子供ができないことを悩んでいたが、ある日突然、子宝祈願の山に登ったと思ったら子供を拾って降りてきて乳母を探し始めた。


 村人たちは度肝を抜かれた。

 人間も魔物もおらず、獣しかいないような山に子を捨てるなどありえない。


 あれは神の子だと囁く者もいれば、あれは悪魔の子だと囁く者もいたが、ゴルドたちは「俺たちの子だ。俺たちが育てる」と言い、それ以上は語らなかった。


 幸いにも、村人たちはそれを受け入れた。開拓村はつまるところ伝統も家柄も持たざる余所者たちの集まりであり、他人の生まれの良し悪しを指摘すれば自分に返ってくる。


 そしてやがて、我の生まれの珍しさを忘れた。


 むしろ才能と元気溢れる我を見て、神の子とか悪魔の子とかの異名よりも「アップルファーム家の悪戯っ子」、「シャインストーン開拓村で一番の悪ガキ」として世に憚ることとなった。


 どうやらハイハイしかできないのに親の目を盗んで外に遊びに出かけようとしたり、歩けるようになったら子供たちの間でガキ大将となって年上の子供とケンカをしたり、馬や牛の背中に乗ろうとして厩舎に忍び込んで、翌朝、牛と一緒に寝ている我が発見されるなど、大人たちを散々困らせていた。


 ごめん、我、その記憶ない。


 なんか寝てたら馬にほっぺ舐められたのはかろうじて覚えてる。


 ともあれこうして転生してから数年、我はアップルファーム家の至宝にして村一番の美少女ガキ大将として過ごした。


 転機が訪れたのは我が十歳の誕生日が近付いていた頃……つまりごく最近の話だ。


 シャインストーン開拓村に、隊商がやってきた。



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