農場主の娘、ソル=アップルファーム 1
◆農場主の娘、ソル=アップルファーム
我、太陽の化身にして最強の邪竜ソルフレアが人間に敗北した後、どれだけの月日が経ったであろうか。
皆既日食のあの日、我の肉体は勇者の攻撃の前に完全に滅び去ったが、魂だけを物質化して肉体から切り離して逃亡に成功した。
そして宝石のような一粒の石となった魂は幾千、幾万の月日で陽の光を吸収し、今ようやく、長い長い眠りから覚めることができた。今まで生きてきた中で一番のピンチだったが、のどかな景色を見ているだけで「生きてる」という実感がある。
が、それも百年くらいで飽きた。
(うーん……暇じゃの)
魂だけとなったとき、周囲に敵がおらず、なおかつ太陽の光が当たって回復に専念できる場所を無我夢中で探していたところまでは覚えている。
どこかの山の山頂であることには間違いないが、見覚えのある景色ではない。というか見覚えがある場所であれば人間も魔物もきっと気付くわけで、そういう場所は無意識的に避けたのだ。
暗黒領域の外であることは確実。
魔物たちの集落は影も形もない。
知恵のない魔物が闊歩し、それ以外は野鳥やカモシカ、熊が出るくらいのものだ。
勇者たちに見つからぬよう全力で隠れたことが仇になった。人も魔物も訪れることのない山奥とはいえ、月日が経てば魔物たちは権勢を取り戻して発展を続けるだろうと思っていたが、完全に予想が外れてしまった。
(せめて領域内であれば知恵ある魔物に預言を授けて、我を保護してもらうこともできたじゃろうが……。魔物の集落よりも人間の集落の方がまだ近そうじゃの……。いや、待てよ?)
このまま肉体を再生して再び人間に挑んだところで、同じことの繰り返しになってしまう。何の進歩もないではないか。
定命の定めにある人間のような矮小な生き物は、代を重ねて知恵を紡ぎ、我に勝利をもぎ取った。我も、奢りを捨て、人間たちに打ち勝ち、再び頂点に立ってこの世界に君臨する。
それこそ我、誇り高き太陽の化身ソルフレアというものである。
(そのためにまず、人間というものをもっとよく知らなければ。暇じゃし)
我は、人間に転生しようと決めた。
魔物に転生してもよいが、転生した種族に肩入れしたことになるので色々と面倒くさい。人間であれば後でまた魔物たちを統べるときに言い訳も立つ。というか魔物がおらんのでどうしようもない。
そう思いあぐねてさらに百年ほど経つと、我の期待に応えるかのように開拓者が現れ始めた。
しかも暗黒領域の結界のすぐ近くの森を切り開いて、田畑や農園を作っている。
これは幸先が良い。
(……どうやら人間は、家族という単位で生きておるらしいの)
我、人間観察の趣味に目覚めた。
人間は夫婦という番を作り、その番が集まって群れを作る。
馬や牛にも似てるし、ゴブリンやオーガなどとも似ている。
巣作りや道具、服作りに異様にこだわっているが、これはこれで面白い。
(問題は、血の繋がらない幼体を育ててくれるかどうかじゃな……)
この世界の人間や動物は、肉体が滅びた後も魂が別の存在として生まれ直すことがある。我はそれを真似してみようと思う。
そこで我は、集落に住む人間に向けて「声」を放った。
夢の中だけで聞こえるような、か細く小さいかわりに魂に響く神秘の声……つまり、神のお告げや預言と呼ばれるものを届けた。
(子を欲する夫婦よ。そなたらの願いを叶え、子を授けよう)
我は賢いので、群れを作る修正を持つ者は、血の繋がらぬ子であっても世話をすることがあるのを知っていた。特にそれは、子を産むことができぬ番に多い。
しかも、神聖な場所で拾った子は特に大事にされるっぽい。
多分。
そうでもない例もたくさん見たが、案外イケると思う。
「ねえ、ゴルド……本当にこんな山奥に何かがあるのかしら……?」
「わからん。だが昔から神のお告げが昔からあるらしい。ヨナも夢で聞いただろう。正直ちょっと記憶が曖昧なんだが、神聖な声だった……気がする……」
赤髪の壮健な男と、長い銀髪のすらりとした女が、並んで山道を歩いてきた。
ヨッシャ!
人里にこっそり声を掛け続けた甲斐があった。
もう少し具体的な話をした方がよいかと思ったが、手も足もない状態で我の正体が露見されても逃げようがない。曖昧かつ、なんとなく神聖な雰囲気を感じて誰か来てくれと願っていたが、ドンピシャだ。
見たところ、若すぎもせず年を取ってもいない。
恐らく子供を欲しているのになかなかできぬと見た。
(付け加えて……腕前も悪くない。どこかで腕を鳴らした冒険者か?)
男の方は、実直そうなふるまいの戦士だ。荒くれ者といった風情ではあるが、野良の獣や魔物が現れてもよく女を守っている。
女の方はしっかりと槍の技を磨いている気配がある。
防御の一切を男に任せ、十字槍を振るって魔物を屠っている。
……美しい所作だ。
男は無骨で、質実剛健で、優しい。手さばきは荒くれ者だが、立ち位置や足さばきは周囲の全てを見通し、全てを女のために注いでいる。
女は繊細で、華やかで、激しい。奔放だが的確な槍さばきはどんな獣であっても一突きで屠っている。それもこれも、男の一切を信じて託しているからこそ為せる技だ。
かような二人に子が生まれぬとは、人の世は難しいものだ。
「流石にここまで山奥だと魔物も強いな。大丈夫か、ヨナ」
「大丈夫よ……って、ねえゴルド! あんなところに、宝石が……!」
二人の視線の先にあるのは卵ほどの大きさの宝石……つまり我自身の姿があった。
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