4章 11話


「……何?」


「なんかあったでしょ? 顔に書いてあるよ」


 顔に書いた覚えはない。

 でも、目は口ほどに物を言うとも聞く。

 母さんには、隠してもムダだよな……。異常に鋭いから。


 僕は、正直に全てを話した。

 彼女のお陰で台本を書けたこと、部活で一時は認められたけど、彼女を侮辱されてキレて……。

 全てを台無しにしてしまったこと。


 一通り、僕の話を聞き終えると――。


「――よくやった!」


「……は?」


 満面の笑みで褒める母さんの言葉で、呆気に取られた。


「自分を守るために、すぐ周囲に当たり散らすやつはダメだ。でもね、好きな人のために怒るのは正しいよ。たまに暑苦しいけど、自分の意見より他人の意見。見事に都合のいい男だったあんたがね……」


 感慨深そうに言う母さんの言葉が、分かるようで分からない。

 もっと怒られると思ってた。

 短気になってるんじゃないよって……。


「本当のいい男に、成長したじゃない」


 まさか、こんなに手放しで褒められるなんて、予想外だ。

 こんな嬉しそうな母さん、久し振りにみたかもしれない。


 何が何だか分からないまま、僕は自室へ向かう。

 イラスト用の液タブを起動し、波希マグロさんとの作業通話を繋いだ。


「……もしもし? 聞こえる?」


『うん、聞こえるよ! 画面も共有できてる。今日も学校にバイト、お疲れ様!』


「ありがと。そっちも、お疲れ様」


『……ねぇ。何かあった?』


 どくんと、胸が跳ねた。

 え、これ! ビデオ通話になってないよね?

 母さん曰く、何かあったと書いてある顔は……彼女に見られてないはずなのに、何で?


『やっぱり。何か、あったんだね? 声で分かるよ』


 声優や舞台俳優を目指してる彼女の観察力にかかれば、顔を見なくても声で分かってしまうのか。

 隠しごとができないなぁ。

 でも、まさか喧嘩の理由を馬鹿正直に言うわけにはいかないし……。


「……演劇部で、ちょっと喧嘩して、ね」


『あの台本、ダメだった? 七草兎さんが喧嘩する程、ボロボロに言われたの?』


「ううん、違うよ……。拘りとかプライドのあるクリエイター同士が、譲れない部分で喧嘩するのって、よくあるでしょ? あんな感じだよ」


『……本当に?』


 嘘はついてない。

 自分の惚れ込んだ演者が貶されるのが、クリエイターとして許せなかった部分もあるんだから。


「うん」


『……そっか。じゃあ、これ以上は聞かないでおくね』


 納得してる声には、聞こえなかった。

 多分、僕の追求してほしくないという感情を察してくれたんだろう。

 その夜は、お互いにどこか歯切れの悪いままに、寝落ちするまで通話を繋いだ――。


 翌朝。

 学校へと向かう道中、スマホにが通知で振動した。


「え、凪咲さん?」


 メッセージを送信してきた相手は、波希マグロさんの姉。白浜凪咲さんだった。

 駅のホーム、電車を待つ間にメッセージを開いてみる。


『妹から朝、相談されたよ。晴翔君が何か隠してるみたいで、無理してるんじゃないか心配だってさ』



―――――――――――

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