4章 10話

「あいつだろ、例の晴翔が創った動画の相手。……確かに、声の演技は上手かった。それは認める。だけど表舞台に立てるわけでも、事務所に所属できる実力も根性もないんだろ。だから、ネットで活動して満足してんだろうが」


 好き勝手に、彼女のことを……。

 いや、落ち着け。武内君は、彼女のことを声だけでしか知らないんだから。


「いや……あのさ、彼女も色々あるみたいだから」


「波希マグロだったよな? なんだよ、その名前。本名は、芸名は? 俺はメジャー作からマイナー作の名もない役まで相当チェックしてる。だがな、あんな演技者が出演してるのは、見たことも聞いたこともねぇよ」


 これ以上、彼女を悪く言うな。


「もう、やめてよ」


「そんな程度で満足して、偉そうに人へ教えてるようなやつの演技が俺より上? 声の演技も中々だが、口はもっと上手いみたいだな」


 僕のことは、何と言われようと構わない。

 だけど……彼女は、僕みたいな半端物とは違う。本物の演者で、人格者なんだよ!


「……やめて」


「なんで、やめる必要がある。波希マグロとかいう奴がネットで粋がってるのは事実だろ。否定したいなら、そいつの出演実績やら経歴を――」


「――やめろって言ってるだろ! 彼女を馬鹿にするな!」


「いっつ……! 何しやがんだ晴翔!」


 気がついた時には、武内君の胸ぐらを掴んでた。

 頭の中が、今まで感じたこともない程の怒りで染まってる!


「僕のことはいくらでも馬鹿にしていい! 僕の演技が下手で、台本もまだまだなのは事実だ! それでも彼女は違う! 未熟なクリエイターの僕は無駄に魂を削ってるだけかもしれない。でも彼女は、彼女は削った魂を声音にして世に届ける本物だ! 訂正しろ! 彼女を、波希マグロさんを馬鹿にした言葉を訂正しろ!」


「何キレてんだよ、クソが! ネットで出会った女のためにキレるとか、正気か晴翔!? どうせ下心だろ!」


「どんな出会い方だろうと切っ掛けがどんな繋がり方だろうと関係ない! 本気で好きになる人だったから、好きになったんだ! 好きな人を馬鹿にされて怒らないわけないだろ!」


 彼女のことを何も知らないクセに!

 知らないなら人を貶めるな。誰であろうと――そんなことは許されない!


「武内君にとっては海ほど広いネットに溢れる一人かもしれない。でも僕にとっては、この世でたった一人の相手なんだよ! そんな大切な子を馬鹿にされて怒らないわけないだろ!」


 ああ、怒りで唇が震える……。

 僕の大好きな演者を、憧れで大恩ある彼女を馬鹿にされたのが――許せない!


「おい、春日! 落ち着け! 手を離せ!」


「先輩、ここでキレるのはまずいですよ! 一回離れて落ち着いて!」


「武内君も、謝りな! ごめん、皆! ミーティングは一回中止! 各々で練習してて!」


 呆然としてる武内君から引き剥がされ、僕は抑え着けられながら廊下へと連れ出された。

 怒りに沸騰してた脳が落ち着いてくると、自然と首が垂れてくる。


 やってしまった……。

 耐えきれず、初めて揉めごとを起こしてしまった……。

 喧嘩なんて、初めてだ……。怒りが収まると、自己嫌悪が……。


「……春日、すまん。武内には俺が話す。今日は一回、帰ろう」


「……部長、すいませんでした」


 僕の荷物を持ってきてくれた部長に謝ってから、学校を出る。 


 少し公園で頭を冷やそう。

 これで僕は、演劇部から強制退部処分になるかもしれない。

 彼女のお陰で、やっとできそうだったリアルの居場所を……失うだろう。

 黄昏ながら考えても、彼女のために怒ったことを謝る気にはなれない。

 怒り方と場所が悪かったとは思うけど……。

 僕は……まだ子供。大人になれてないって、ことなんだろうな……。

 暗い気分のまま、はぁと一息吐いてからアルバイトへ向かった――。


 アルバイトを終えて帰って夕食を食べてると、母さんが不自然ほどに僕に視線を向けてくる。




―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!


本作はカクヨムコン10に参加中の作品です。

楽しかった、続きが気になる! 

という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!


読者選考やランキングに影響&作者のモチベーションの一つになりますので、どうぞよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る