4章 8話

『私、台本はもう読み込んであるからさ。全部の役を演じるから。男性役の声は違和感凄いかもだけど……。シーンの入れ替えも含めて、舞台を脳内でイメージしてみてね?』


 そういう、ことか。

 彼女が実際に全ての役を演じてくれて……。

 それを僕が脳内でイメージする。

 なるほど。音読するとセリフの違和感が見つかるのと同じ。


 実際に上演するわけにはいかないけど……。

 舞台をイメージして演じてみれば、今の台本で無理があるところが分かるってことか。

 そんな大変なことを、やってくれるなんて、さすがに……。


『声劇じゃなくて、身振りを交えた演劇ぃ……。久し振りで、楽しみすぎて、私おかしくなりそう!』


 あ、嬉しそうな可愛い声。

 それなら……いっか。

 僕はそっと目を閉じ、脳内で舞台を想像する。

 床が軋み、足音……呼吸音すら、聞こえてくる。


『突然の大雨なんて聞いてないぞ! せっかくの気分転換が台無しだ!』


『天気予報には山の天気も追加してほしいですよね!』


 雨にうたれる男女が……探偵をしてる男女の様子が、脳内にはっきりと浮かんできた。

 顔も見たことない彼女の姿が、イメージできる。

 鼓膜越しに聞こえた音声情報が、脳で勝手に映像化されていく。


『そんな予測しにくいもの誰が――……。おい、あれ……。お前にも見えるか?』


『え、あ! 家がある? やった、雨宿り――』


『――ちょっと待て!』


『いたた! 先生、髪を引っ張らないで! もう、何をするんですか!?』


 無邪気に走りだす探偵助手の女性。

 そして森深い山に突然見えた洋館に違和感を感じた探偵が、長い髪を引いて止める。

 そのやり取りが、脳内で鮮明に動いてる。


 背景、舞台も一緒に……。世界が、構築されていく。

 目に浮かぶ……。物音、一挙手一投足、そこに何があるのかまで……。

 何てリアルな……演技なんだ。

 そうして劇が進んでいき、どんどんと問題点が浮き彫りになった。


「……ありがとう。脳内に浮かぶ、素晴らしい劇だった」


『はぁ、はぁ……。ありがと! 一人で一時間近く演じるの、大変だけど楽しいね! どう、何か分かった!?』


「うん。お陰様で! ト書きってさ、セリフの連続だから一見、声劇と一緒じゃない? でも舞台が頻繁に切り替わると、セットも変えなきゃいけない。ソファーや椅子、机一つでもそう」


『うん、そうだね。私も演じてて、そこにある前提でやったけどさ。廊下から部屋一つ移動するだけでも違うね! 裏方とか舞台を意識したら、部員さんたちの意見も確かにってなった!』


 その通りだ。

 廊下で会話して、事件が起きた部屋に入り驚く。

 声とかイラストで表現して映すのは容易でも、舞台なら丸見え。

 見せる相手の観客からしたら、何も衝撃がない。舞台上と下で温度差がありすぎるな。


「君のお陰でセットすべきものとか、無理にシーンを変えなくても繋げられる場面やセットとか。あと衝撃的なシーンの演出だとか……。うん、調整できそう! 直したいところが、どんどん浮かんできた!」


『よかった~。私も、未来の大脚本家様のお役に立てたかな!』


 大脚本家になんて、なれる気がしない。

 だけど、脚本家にも色々とある。

 アニメーションの脚本、今みたいに舞台の脚本やドラマなど。

 色々と体験して、違いが分かるのは大きい。

 彼女への恩が、また増えたなぁ。

 八王子市から春日井市への帰りのバス。


 そして日曜日を費やして修正をして、月曜日を迎えた――。



―――――――――――

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