4章 3話

「動画、凄い伸びたね!」


『ね、ね! 台本も、すっごく反応いいコメントきてたよね、嬉しい! 私にも声の依頼がきたよ! 本当……こんな未来がくるなんて、想像もしてなかった』


「僕もだよ。……春、君と出会う前までは、ずっと裏方だけで。自信を持って進みたい道も見つけられずに、いつか燃え尽きてたと思う」


 彼女と繋がれた奇跡に、感謝しかない。

 彼女が未来を望む方向へ進む力になれたことに、喜びしかない。


「声依頼の料金は実質、アルバイトより安い報酬かもしれないけど……。大丈夫?」


『うん! こんな状態の私を求めてくれてる人がいるんだって。それだけで救われるから!』


「誰かに必要とされて求められるって、生きていくのに必要だよね」


『そう、本当にそう。……家から出られなくて、人と顔も合わせられなくて。今の私が存在してる意味とか、ずっと悩んでたの。でも……七草兎さんとか、依頼をくれる人に求められて、存在してていいんだなって思えた!』


 分かる、分かるよ。

 もしかしたら、僕が裏方でもいいから全力で尽くしてたのも、誰かに必要と思われたかったから、なのかもしれない……。


『何度も何度も動画を視たけどさ、やっぱりこの物語に出てくる女の子は強いね。虐げられても、不屈の精神と周りの助けで何度も立ち向かってさ……。本当、魅力的』


「波希マグロさんが、こういう自分になりたいって。そう憧れて、望んだ姿を書いたからね」


『……私、こんな強い子になれるかな?』


「どうだろね。でも君は間違いなく、演じられてた。この子に生きた魂を吹き込んでくれた。無責任に大丈夫だよとは言えない。それでも魂を吹き込む人が抜け殻なら、キャラは皆に支持されなかったと思うよ」


 台本やイラストに声と魂を吹き込むのは、演じ手だ。

 彼女の演技は、技術は勿論、迫真に迫る情感に溢れ大絶賛されてる。


 わずか一作品を公開しただけなのに、声依頼が何件も来るなんてさ。

 元々の彼女の人気、僕のフォロワーという下地があったにしても……。この反響は凄まじいよ。

 そんな彼女の魂が薄っぺらく空っぽなはずがない。強くなれる素養があるに決まってる。


『……今すぐにでもこの扉を開けて、七草兎さんの目を見てありがとうを伝えたい。……震えてドアノブが回せない自分を、認められないよ』


「急がなくてもいいよ。君が外に繋がる窓を開けたり、挑戦して玄関にまで行ってるのは聞いてるから。それに演技指導を受けるのも再開したじゃん? 粉々にされた心が、急速に戻るわけがないよ」


『……ありがとう。ねぇ、私の今の夢……。こんな情けない状態でも見てる夢、聞いてくれる?』


「うん。教えて?」


 彼女の夢、か。

 劇団とかスクールを出て、有名になってたくさんの人の心を動かす演技者になること、かな?


『いつか、ね。七草兎さんの書いた台本や脚本、絵や人物に魂を乗せて――プロとして演じてみたい』


 今でも僕が報酬を払えば……。プロと名乗れなくも、ない気がする。

 でも、そういうことじゃないんだろう。


『声だけは、こうして叶えてもらったけど、実写でも見せて恩返しをしたいな。君のお陰で立ち直ったよ、輝いてるよって。ゼロから君に手を引いてもらって、這い上がった後の、立派な姿を見せたい!』


 彼女は劇団や事務所に所属して、僕は企業に所属して依頼をもらうような、一線のプロになって。


 彼女が夢見てるのは、そういう姿だ。


 それは、ほとんどの人が挫折する困難な道。

 実力と運を兼ね備えた一握りの人しか辿り着けない場所だと思う。


「そうなるように、僕が頑張らないとね。今は独学でも、高校を卒業したらWスクールで脚本を学ぶ。波希マグロさんは、多少の出遅れなんて関係なく周囲を抜き去るって信じてるから」

『買いかぶりすぎだよ。だけど夢を目標にして、現実に変えるには……それぐらいの気持ちでいないとかもね! Wスクールでさ、身体と心を壊さないでね?』


 本気で僕の身体を心配してくれてる言葉だと分かる。


「気を付けるよ。それで次のボイスドラマ台本なんだけどさ、これどうかな?」


『え、もう書いたの!? 凄い!』


「まだ企画と、物語の設計図――プロット段階だよ。……君が嫌がる内容かもしれないから、無理なら無理って教えてね」


『待っててね、読み込ませてもらうから!』


 扉の下から吸いこまれていく台本原案を見て――はらはらとしていた。


 この台本は、決して面白くない。

 トラウマを乗り越えるために、どうしたらいいのか。

 保険の先生とか、医療知識がある色んな知り合いに相談して書いた物語だ。


『……これ、強い女の子じゃないんだね。むしろ、弱い?』


「そう見えるかもしれない。エンタメの物語には、向いてないのかも。テーマは、本当に辛かった、悲しかったんだって。そういう感情を大切にしながら自分を探す子、だからさ」


『……私に、訴えかけてるみたい』


「その通りだよ。君は自分に厳しいからさ、ネガティブな感情を抱えてるのを許さないじゃん?」


 一足跳びに、元通りの自分にならないとって気持ちが、声と行動から感じる。

 お医者さんも時間をかける必要があるって言ったらしいしさ。

 段階を踏んで、もう少し長い目で見てもいいんじゃないかな。



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