3章 9話
そして始まった二年生の三学期。
まだまだ暑い九月。
もうすぐ三年生の引退記念で、部内公演がある。
部活中は、裏方としてやるべきことに全力は尽くす。
実際に武内君から前にもらった台本に書かれてるセリフが、どのように演じられるのか。
演じ手じゃなく書き手としての見方に変えると、凄くセリフ運びの参考になる。
休み時間や、登下校の電車内。
あらゆる隙間時間を使って、台本に頭を悩ませた。
人物造形から歩んできた物語に描かれない背後まで。
そうして、あっという間に次の土曜日。
僕は印刷した台本を手に、白浜家へとやってきた。
「波希マグロさん、お待たせ」
『七草兎さん、今日も来てくれてありがとう!』
部屋の中を小走りに走って、扉の前まできてくれた音が聞こえる。
扉のほんの少し前から、蕩けそうになる君の声が聞こえてくる。
「はい、これ。メッセージで話してた約束の台本」
扉の下から、僕が初めて書いた台本を渡す。
するすると室内へ吸いこまれてく台本を見て、胸がどきどきとする。
『……凄い、凄いよ』
「どう? 演じてみたいって思うような仕上がりになってるかな?」
『うん、うん! 私が目指した、困難に立ち向かって乗り越える強い子だ!』
「喜んでもらえてよかった! 僕は書いた側だから、読み込みできたら演じよう!」
お世辞かもしれない。
気を遣ってくれたのかもしれないけど……。
書いてよかった!
『OK。いけるよ!』
そうして、台本主と貴族子息役が僕。
悪役令嬢と、虐げられてた女性生徒役を彼女が演じる劇が始まった。
情感がこもった、うっとりする程に魅力的な彼女の演技。
つい聞き惚れてしまうけど……。
最後、虐げられてた子が困難に打ち勝つシーンの力強さ、演技に込められた想い。
これを聞いた瞬間、彼女の演技を超えた――本気で打ち克ちたい、強くなりたいって心が伝わってきた。
「……どう、だった?」
『……楽しかった。楽しかったよ! このキャラ大好きだし、物語も面白い! 感情移入とか没入とか超えて、本当に一体化してる気分になれた! 気持ちよかった~!』
「君をイメージしたからね。僕も、安心した~……」
ヘナヘナと、扉に背を預け座りこむ。
『七草兎さん、この台本……。私、大好き! お世辞とか抜きで、先生とか公演で使う台本みたいだった! 本格的にプロと細かい修正をやれば、もっともっと最高になるかも!』
「ははっ……。本気にしちゃうよ?」
『本気にしてほしい! 私、気は遣うけど、演技に関して嘘は言わないよ。人物の感情とか、自然で繊細で……本当にいる人物だって思うぐらい。これ、もっと色んな人に見てほしい台本だなぁ……』
しみじみと言う声……。本気、なんだろうな。
確かに、彼女は大好きな演技に嘘は吐かないだろう。
そっか……。時間はかかったけど、見つけたかもしれない。
僕の適性、僕が進むべき――道を。
人の感情の機微に敏感って特技が、こんなところに活きるとは……。
彼女と会ってなければ、気がつかなかった。
「……僕さ、脚本家とか作家になれると思う?」
『それは、演じ手の私には分からないかなぁ。すっごく素敵な台本だと私は思うけど、評価って皆が決めるもんだし』
「そっか、そうだよね」
芸術全般、いいものかどうかは人の評価が決めるものだ。
誰かに評価されないと、そもそも価値は分からない。
それなら――。
「――これ、受け取ってくれないかな?」
彼女とのチャットに、データを送信する。
『もしかして、この物語の登場人物?』
「そう、台本を書いてるときに具体的なイメージをしたくてさ。今回は流行のファンタジーだったけど。イラストに描いてみたんだよ」
『へぇ~! やっぱり上手! 特にこのドレス、繊細なレースが凄い! 舞台で着てみたいなぁ。この貴族子息が騎士礼服姿で身に付けてる金のチェーンとかも、丁寧……』
「この台本とイラストを使って――君とボイスドラマを創りたいとか、思ってるんだよね」
ボイスドラマ動画にすれば、ネットで多くの人に視聴してもらえる。
多くの人から評価をもらう、機会になる。
『いいね! 七草兎さんの実力が皆に評価されてほしい!』
それに――。
「――これで名前が売れれば、有償依頼がくるかもしれないよ」
『うん、きっとくるよ! 台本とかシナリオ依頼とか! 七草兎さんはイラストも素敵だから、そっちもだね!』
「ううん、違うよ。僕が有償依頼がくるかもって言ってるのは、違う」
『違う?』
こんなことを口にしたら、嫌われるかもしれない。
それでも彼女が前へ歩み出す切っ掛けになるかもしれないから……。
勇気を振りしぼって、言おう。
「波希マグロさんの――声優活動に、だよ」
『……ぇ?』
―――――――――――
ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!
本作はカクヨムコン10に参加中の作品です。
楽しかった、続きが気になる!
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