3章 8話

「波希マグロさんはさ、嘘から出た誠って信じる?」


『どうしたの、急に?』


「演技ってさ、究極的に言うと自分ではない自分。嘘を如何に本物のようにするかじゃない?」


『それは、うん。そうかもだね。その結果、自分を見失うぐらい、本物に限りなく近い嘘だと思う』


 それが聞ければ、十分だ。


「――僕、台本を書いてみるよ」


 彼女が嘘から出た誠で……望む自分になれるような台本を、さ。


『え。台本、書けたの?』


「初めて挑戦してみるよ。だからこそ、いいんじゃないか。新たな道を探す一歩が、君がなりたい役を書くためなんて……。最高に燃えるよ!」


『七草兎さん……。でも、キャパシティオーバーじゃない? 夢に向かって挑戦するのは、格好いいけどさ。ちゃんと、寝られてる? せめて寝落ち通話は、やめようか?』


「僕の元気の源には、その寝落ち通話も入ってるんだよ。だから、波希マグロさんが大丈夫なうちは、続けたいかな~」


 好きな子の喜ぶ声、眠くなってきたときの可愛い声。

 口には出せない約束だけど……。そのエネルギー源を断たれなければ、いけると思う。

 格好つけられると思う。


『私、こんな……。こんな幸せをくれる思いに、応えたい。応えられない自分を必ず変えるから……』


「お医者さんが、時間をかけないと難しいって言ってたんでしょ? 今は、その気持ちだけで嬉しいよ」


 トラウマについては、僕も調べた。

 心に深くついた傷は、風邪や骨折みたいに時間と薬で治るほど単純なものじゃないそうだ。


『それなら、せめて……これだけ言わせて』


 彼女の声が、これまで以上にすぐそばから聞こえる。

 僕が背中を預けてる扉を伝って、彼女の熱が伝わるような距離だ。

 彼女も僕と同じように、扉に背を預けてるのかな?


『七草兎さんに会えて……。ネットの広い海で繋がれて、本当によかった!』


 それは――こちらのセリフだよ。

 いつかのお返しじゃないけど……。僕のセリフを取らないでよ、意地悪……。


『七草兎さんも私と同じ気持ちになってくれるように、頑張るから!』


 もう、なってる。

 君と出会ってからこそ見えた景色だらけで……。君と会えてよかったって。

 恋愛関係のことは言わないって約束をしてなければ……。

 君が悩みを解決できたなら……。

 すぐにでも、この気持ちを添えて伝えたい。


「う、うん、応援してる! 今日はそろそろ、夜行バスの予約時間だから。またね!」


『うん、来てくれて本当にありがとう。いつか私から会いに行けるように克服する。約束ね!』


 僕がそういって立ち上がると、凪咲さんが玄関に立っていた。

 僕が帰る時間に会わせて、準備をしてくれてたんだろう。

 そうして今日は、凪咲さんが運転する車に乗る。


「晴翔君。今日も来てくれてありがとね。……正直、驚いた」


「何がですか? 僕が諦めず、本当に通ってることがですか?」


「そういう根性の話だけじゃない。私たちには予想もつかない方法で、あの子を前向きにさせてくれるんだなって、さ」


「いや、僕は……。思考が偏ってるだけじゃないですか?」


 声劇に誘いまくるとか、台本を書くだとか。

 こんなの、一般的な治療方法じゃないはずだ。


「……知らなかったんよ。今日、話してた内容のほとんど、家族ですら聞いたことないの。紛れもなく、あの子が抱える本音の奥底だった。……悔しけど、嬉しい」


 バックミラーに映る凪咲さんは、儚げな笑みを浮かべてた。

 家族っていう血の繋がりがある人を差し置いて、僕は何も言えない。

 なんで波希マグロさんが僕だけに話してくれたのかも、聞けなかった。


 互いに無言のまま八王子駅のロータリーへ着いた。


 車を降りた僕に、凪咲さんは真剣な表情で

「一応だけどさ。あの子の頑張るって言葉、口だけじゃないかんね。……カーテンで閉じきってた窓を開けたり、玄関まで歩いていったり。震えながら毎日、挑戦してるの」

 そう教えてくれた。


 僕の存在が、どこまで貢献できてるのかは分からない。

 それでも、彼女が抱えた問題を乗り越える力になれてるなら、嬉しい。


 帰りの夜行バスの中、早速台本の構想を練り始めた――。



―――――――――――

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