3章 7話

『……私ね、中高一貫の女子校に通ってるんだ。芸能活動にも理解があって、同じ劇団やスクールに通ってた子も……同級生なの』 


「それは……。学校にも、行きにくいよね」


『うん。だけど……。スクールの先生にも、学校の先生にも、私が行かない事情は説明できなかった』


「なんで? その、動画観ちゃったけどさ、あれがあれば相手が悪いってなるんじゃない? そりゃオーディションで変な噂とか、流れちゃうかもしれないけど……」


 とてつもなく不利になるとは思えなかった。

 波希マグロさんの声をスクールの先生に聞かせたら『この子、めっちゃ上手いね。まだまだ伸びそうだけど』って、驚いてたし。

 プロの声優として事務所にも所属してる先生が言うんだから、実力は間違いない。


『……これは誰にも言ってないんだけどね。あの子たちが改心してくれるって、信じてたんだ』


「は?」


『昔、小さかった頃は……。一緒にプロになろうねって、笑いあってた友達だったの。でも私がいい役をもらってばっかりで、実力判定とかスクール内審査で最高評価をもらってばっかりになると、変わっちゃった』


 幼い頃からなら、変わりやすいだろうね。

 無邪気な状態から、徐々に現実を受け入れられなくなってくる。

 僕が適正のない夢を追って不安で押しつぶされそうに変わったのと、少し似てるな……。


『私だって、あの子がいなければとか、あの役は私の方がいいのにとか……。魔が差した考えをしたことはある。だから一時の気の迷いなら……なかったことにしたかった。バラしちゃったらさ。あの子たちは確実に、どこの事務所も取ってくれないでしょ?』


「それは……。優しいけど、甘いね」


 あの子たちは、もう性根から歪んで憎しみに取り憑かれてるように見えた。

 今更、改心するとか……。そんなの、ないと思う。

 改心の余地があるならイジメ動画を撮って送りつけて、精神を粉々に壊そうとは考えないはずだ。


『冷静になった今なら、そう思う。……私が耐えて強くなれば、それで済むとか思ってたけど……ね。私は思ってたより弱くて、こんな状態から抜け出せないでいる。SNSも、あの子たちにあることないこと言われて、大炎上したのが怖くて消しちゃった。……炎上で通知が止まらないのって、怖いね』


「……どう考えても、君は悪くない。強いて言えば、やり返す勇気を出してほしかった」


『やり返すのってさ、本当に勇気がいるんだよ。本当に、さ……』


 それは……便利屋扱いされても仕方ないって、勇気を出して配役や責任ある仕事に立候補しなかった僕にも刺さる言葉だ。

 三人がかりでイジメられたり、不特定多数のネットで誹謗中傷されたら……厳しいだろう。

 物語のキャラみたいに強くなるのは、難しいもんだな。


『波希マグロってハンドルネームの由来も、本名をもじったのはあるけど……。広い海に延々と起こる波の中、常に泳ぎ続けて希望を見つけたいって願いを込めたんだ。……七草兎さんのハンドルネームは?』


「僕のハンドルネームは、本名のイメージを縁起良くしただけ、かな」


 お互い、まだ名前すら知らない繋がり。

 それでも、これだけ深くのめり込んでるんだから――不思議な感覚だ。


「演技やイラストで、少しでも良縁がありますようにってさ。波希マグロさんが声劇のハンドルネームに願いを込めたのは、そんなキャラを演じたい。なりたいって思いからだったんだね」


『そう、だね。……お芝居をしてれば、気が強くて何ごとも立ち向かって困難に打ち勝つキャラって、いるじゃない?』


「うん、いるね」


 初めて彼女と生声劇で演じた女性騎士もそうだった。

 自分の守るべき信念のために、親友と闘い抜いた。

 その生き様は、切なくも格好よかったけど。

 君は、君じゃないか。


『人物を深く分析してから演技で没入してるとさ、熱中して自分に戻ってこられなくなる時があるよね。登場人物に憑依しすぎて、本当の自分はどんなだっけみたいな』


「それ、聞いたことはあるよ。僕の演技力だと、その領域に至れてないけど」


『楽しいんだよ~。七草兎さんにも、味わってほしいな。……演技をしてれば、弱い自分を忘れられる感覚。何者にでもなれちゃう感覚』


「僕は……とことん、演技の才能がないみたいだから」


 イラストは少し上達や進歩を感じるけど、劇は全くだ。

 努力してるつもり、程度なのかもしれないけど……。


『私は、七草兎さんの全力と真面目さが伝わる熱い演技に、元気をもらってるよ?』


 その言葉だけで、嬉しさで胸が震えるよ。


『初めて生声劇した時から、技術とかより熱意に引っ張られた。演技の原点、楽しさに導かれた』


 あの時、僕は君の素晴らしい演技に導かれてばかりだと思ってた。

 僕も、君を導くことができてたんだ。僕は……君の役に立ててたんだね。

 じゃあ、お互いに救われたってことだ。


『……私も、あの時の女騎士さんみたいに強くなりたいなぁ……。立ち向かって決断できる、強い自分になりたい』


 彼女の願いを聞いて――僕は一つ、閃いた。

 いや、でも、これは……。

 僕に、できるのか?


 いや、できるかできないかじゃない。

 僕が――やりたい!



―――――――――――

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