3章 6話

『私の外見はママとお婆ちゃん似だよ! 中身は……。うん、ね?』


 ダメだ、面白い。彼女に怒られても、笑いを抑えられずにはいられない。

 不思議なもんだ。


 身体は長旅で疲れてるのに、心は――ここ数日で一番、楽なんだから。


 耳から入って来た声が、全身のストレスとかを洗いながしてくれてる気分だ。

 超音波洗浄機みたいな……のとは、ちょっと違うか。表現が難しいけど――幸せだ。


 結局、その日。

 僕たちは寝落ちしても通話を繋ぎ続け、翌朝どちらともなく『おはよう』と目覚めた――。


 それから、いつもSNSで反応をくれる人から有償依頼のメッセージが届き、僕は超特急で描いた。

 波希マグロさんにもリアルタイムで見てもらい、今まででは考えられない速度で描き上げた。

 ラフ画の時点で一発OKをもらってたのも大きいけど、二人でささやかにお祝いをして……。

 それが、たまらなく幸せで……。夢にも近付いてる気がしてる。

 価格は相場の中で最安値だから、イラスト一本で食べていくのは厳しいけど……副業とかなら。


 そんな小さくても確実な成長を感じながら、初めての夜行バスへ乗る。

 八王子までは、今から七時間ぐらい。

 イラストの依頼も終えたからな。彼女の家に着いてから演じたい台本を探して、浅い眠りについた。


「波希マグロさん、久し振り」


『七草兎さん! 来てくれて、ありがとう! バスの旅、疲れたでしょう?』


「腰とお尻は、ちょっとね。でも、新鮮で楽しかったよ。それじゃ、演じようか?」


『休憩は……。ううん、分かった! どの台本からやる?』


 僕が少しでも彼女と会話して、一緒に演技をしたいのを察してくれたのかな。

 実際、彼女の声は特別だ。

 演技が上手い下手より先に、特別な彼女というだけで凄く幸せな音として響く。

 電波のラグもノイズもない、扉越しのやり取り。

 この貴重な時間を、片時たりともムダにしたくなかった。

 そうして、とんぼ返りの日々が始まった。


 夏休みも、もう終わる。

 三年生の卒業記念公演に向けて裏方を必死でこなし、アルバイトやイラスト、レッスンや勉強に明け暮れる日々。

 不思議と、追われてるって感覚はない。

 むしろ、日々が充実して感じる。

 恋愛は全てのエネルギー源だって聞いたことがある。僕にとっても、そうだったらしい。

 波希マグロさんの場合は、声劇みたいだけど。

 僕が毎日、自分を成長させられてるのは波希マグロさんのお陰だ。


 絶対に口にはできない分、どんどんと膨れ上がっていく想い。

 その膨れ上がった想いを、将来に繋がる行動に繋げられる。


 でも――毎週のように何本も台本を演じてると、問題も起きる。


『う~ん。やりたい台本、なくなってきたなぁ……』


「君が兼ね役をしてくれても、限界があるからね」


『そうなんだよねぇ。少年声なら得意だけど、さすがに叔父さんキャラは難しいなぁ』


「僕も演技の幅があればいいんだけど……。万年、基礎クラスの僕には高度なことはできないや」


 僕と彼女を繋ぐ、一番の趣味がネタ切れだ。


『今日はさ、お喋りとかしない? これ……。面白くない話かも、だけど』


「……OK。波希マグロさんが辛くない範囲で、ゆっくりね?」


『うん。……本当、察しがいいね』


 君が自分の境遇について話そうとしてるのを、声色から感じたんだよ。

 僕が感情の機微に敏感だって言われるのは、この辺なのかもしれないな。



―――――――――――

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