3章 4話
約三時間後。時刻は完全に深夜だ。
春日井市駅に到着すると、両親が待ってくれてた。
「お帰り。社会勉強はできたか?」
「うん。……色々と、ね。帰ったら、相談があるんだ」
「分かってるわ。どうなったかの事情は、白浜さんから連絡があったもの」
凪咲さんの方か、お父さんの方か。
僕が波希マグロさんと話してる間に、状況を説明してくれてたみたいだな。
安心感がある慣れた車に乗り、自宅へ帰ってからリビングテーブルにつく。
「これから……夏休み。それと土日を利用して、東京に通おうと思うんだ」
「……彼女の事情は聞いた。何とかしてやりたいとは、父さんたちも思う」
「それで? 私たちにお金を貸してって? いいわよ。いつか返すなら」
「違うんだ。昔はお金を稼げない年齢だったけど、今はバイトだって――こういう仕事だってできる」
僕はスマホディスプレイに映る、新幹線内で登録だけ済ませていたサイト画面を見せる。
「これ、『イラスト有償依頼募集中』……。要は、お金をもらってイラストを描くってこと?」
「そう。これなら、僕のやりたいことに一石二鳥だから。アニメとか演劇関係の職業に就く夢、彼女に遭うって願い」
「だが、そんなに甘い世界でもないだろう。稼げるのか?」
「……無理、だと思う。僕の実力じゃ、本当に少しは足しになる額しか稼げないと思う」
速度、クオリティ。
依頼がくるかすら、実績的に怪しい。
そこで嘘をつくと両親は絶対に許してくれないから、素直に厳しいのは認める。
「じゃあ、どうするつもり? 現実的な案を言いなさい」
「うん。バイトに入る日を増やして、移動は新幹線じゃなくて夜行バスで行こうと思う」
夜行バスなら、高校生でも乗れる。
時間は七時間ぐらいかかるけど、液晶タブレットを持っていけば車内でイラストも描ける。
料金は往復でバイト二日分――早めに予約すれば、もうちょっと安くいけるプランだってあった。
「……なるほど、現実的な案が出せるようになったな」
「二人のスパルタ教育のお陰でね」
今回の白浜家を巻き込んだ教育は、今まで以上に強烈だったよ。
「でも、今回許した条件に、少し追加する必要があるわ」
「……はい」
これも予想はしてた。さて、どんな条件がくるか……。
「まず学校の成績を落とさないこと。これは絶対ね」
「うん」
学生が本分を忘れるなということか。
心配させるような我が儘を言ってるんだから、これは当然だ。
「あと――必ず、彼女さんを家に連れてきなさい」
「え?」
「母さん?」
そんなことを言っても……。波希マグロさんは人と顔を合わせられない。
今日だって扉越しでしか話せなかったのに、愛知県まで挨拶に来るのを求めるなんて無茶だ。
「これは後払いでいいわ。母さんたちが生きてる間なら、何年、何十年後でもいい。……そこまで根性と行動力を見せる相手なら、心も射止めてみせなさい」
「母さん……。でも、波希マグロさんは……。僕を恋愛対象とか――」
「――相手側から拒絶されたら、この条件はなしにするわ。でも、あんたが放り出すことは許さない。ストーカー化したら、ぶん殴るわ」
これは、条件と言うのかな?
不器用な励ましにしか、聞こえないよ……。
「お嫁さんの顔ぐらい、ちゃんと見たいのよ。それとも、あんた適当に放り投げる気?」
「僕は投げ出すつもりはない! だけど、結婚とか……。それは、相手の意見が大切で……」
「晴翔、その条件なら父さんも許可しよう。お前が好きになった相手なら振り向かせる根性を見せてみろ。相手が迷惑そうなら、潔く身を引け。何ごとにも責任とリスクが伴うと、注意を忘れず学べ」
「あ、一緒に生活できるような仕事に就く準備も忘れちゃダメよ。家庭を持つ責任って、そういうことだからね。堅実に足場を固めながら、挑戦しなさい。現実から目を逸らすのは、許さないから」
これで話は終わりとばかりに、二人とも寝る準備を始めた。
僕は……恵まれすぎだと思う。
普通、高校生が夜行バスでしょっちゅう遠出するとか言ったら、止めるだろう。
一回二回ならともかく、いくら特殊な条件が揃ってるとは言え……さ。
もっと反対されると思ってた。
勿論、大変なのはここからだけど……。
早速、有償依頼用のサイトを公開にして、SNSで告知をした――。
シャワーを浴びて自分の部屋に戻り、やっと一息をつく。
これから、やることやりたいことが目白押しだ。
椅子に座り、スマホを手に取る。
チャットアプリを開くと、凪咲さんから無事に着いたかの確認。
それと――。
「――波希マグロさんから、メッセージが来てる。……怒濤の如く」
―――――――――――
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